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正岡家と妖怪 (短編集)  作者: 名城ゆうき
そしていつもどおり奇妙な人の話
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そしていつもどおり奇妙な人の話 6



「た、助かったよー」

 涙目にまたなりながらその大きな影に向かって言う智。智の方の妖怪達もなぎ払われたみたいだ。 

「ほんと、助かったよぬこ」

 あたしは心からお礼を言うと、相手――――ぬこは誇らしげに胸を張った。

 それは大きな翼を背に、顔が猫、体は獅子、足が虎、そしてしっぽが蛇の妖怪だった。

「その代わり、お前たちの伯母に言うがいい! 家賃はらえって!!」

「自分の口で言えよなぁ」

 不意にぬこのしっぽから声がした。しっぽの蛇がしゃべっていたんだ。前の猫の顔と蛇のしっぽは別人格で、でも二人で「ぬこ」らしい。

 そんなぬこはケンカを始めた。

「だ、だってやつはっ我輩をばかにするっ」

「人語を離せるようになったとは言え、舌足らずだし「な」は「にゃ」になるしなぁ。仕方ない」

「にゃ、にゃんだとおおお!!」

 ばっさばっさと羽根を揺らすぬこ。ああ、ちょっと風が涼しいわ。ちょうどいい、などとのん気にしていたのが悪かったのかもしれない。

「お姉ちゃん後ろっ」

 智の怯えた声と共にあたしは後ろを見た。そこには巨大な五階建てのビルくらいの大男がものすごい速度で接近していた。手をこちらに伸ばして。

― え、ちょ、見越しデカっ。こいつに精気吸われたら……って言うかそれどころか踏みつぶされるしっ ―

「危ないっ」

 パニックを起こして固まっていると智の悲鳴が聞こえた気がした。

 うわ、きっと次の瞬間恐ろしいことにっ。

 けれどなにも起こらなかった。

「――――っ?」

 ふわりと肌に伝わる温かい温もり。

包まれるような感覚。

そしてあのあたしのこの世で一番大好きな人の匂い。

「…………っつ」

 そこには無表情の少年があたしを腕の中に抱きしめながら覗き込んでいた。

「に、錦!? なんでここにっ!?」

「それよりも、怪我、ない?」

 心なしか強張った表情。真剣な声と強い力で言われてあたしはどきりとしながら答えた。

「ないけどっ」

「――よかった」

 その言葉に錦はほっと表情を和らげた。その顔が間近で、吐息が顔にかかって頭がくらりと来た。

 どうしてこう、錦はいちいちあたしの心を揺り動かすんだろう。普段は滅多なことじゃ動じないし。相手にもしてくれないのに、こんな時は、肝心な時はちゃんと来てくれて……。

 すると不意に会話をしていた隙をついて植物系の妖怪があたしの足に触手を伸ばしてきた。

 けど。 

「触るな」

 冷たく放たれた錦の言葉。

 射るように鋭い睨み。

 それに妖怪は一瞬固まった。

 さ、流石錦? ちょっと今のかっこよかったしときめいちゃったし。うわぁうわぁ。今叶うことならキスしたい、キスしたら駄目かなぁ、キスしたいっ。うーんどうしよう、この際勢いで抱きついてやったし、ついでにキスぐらいしても怒らないんじゃ……。 

「って、錦危ないっ」

 はっと声を上げると、錦はあたしを抱えたまま飛びずさった。

 三つ目のポリゴン物体や蛇体の女の妖怪が元いた場所に群がる。

 ぬこはというと、ケンカに没頭中。うわぁ、待ってよ。

「もう大丈夫だから。う、嬉しいけど今はあたし達のそばにいないほうがいいよ」

「そばにいる」

 錦はあたしの手を柔らかく、でも離れないように握るとあたしに視線を合わせた。透明で綺麗な焦げ茶の瞳にぶつかる。

「邦達の役目が、妖怪達の身回りと、気を与えることなら」

 そっと労わるように優しく頬に指をなぞる錦。そこは妖怪によって精気をたくさん吸われた、もとい喰われ紫に変色した痣。

「邦が怪我しないようにそばに、いる」

 え? 

「俺は……それくらいしかできないから」

 そっと静かに呟かれた言葉。無表情だけれども、声音には感情が伝わって来た。

 えぇー?!

 あたしは混乱した。なにこれ!? 錦が優しい?! いつも避けるのにそばにいるって!? うわなにこれ夢!? 夢なのこれ!?

 パニックを起こしているそばで、いつの間にかあたしは立たせられ、服についた砂を払われた。

「あとカバン」

 その言葉に錦を再び見る。彼の手にはあたしのカバン。

 そう言えば、持ってなかったよあたし。

「あ、ごめんっ忘れてたっ」

「俺を邦の所へ来さす布石じゃなく?」

「いやぁ、今回はそんなこと考える暇なかった……ってばれてる!?」

 慌ててカバンを受け取ろうとすると、錦はそれを制して自分で持った。

「……いつもは、そうだったんだ」

「え? え、いや違っ」

「あー、そろそろ恋愛小劇場はやめてくれないかな?」

 するとお姉さん系の笑いを含んだ声が隣りから聞こえてきた。

 横を見ると一つに束ねた亜麻色の長髪、180センチはある二十代後半くらいの女の人が智を抱えて笑っていた。

 あ、そっかこの人が見越しをどうにかしてくれたんだ。

この人は本当は狸。実は千年以上も生きてる、すごい実力を持った狸の仙人なんだ。今は人に化けている。名前は……

「焚乃さん」


― え? た、たたタキノ?! ―


 錦の言葉になぜか驚いてしまった。けどすぐにそれのどこがおかしいのか、どうしてか思い出せなくなった。

「お姉ちゃんらし過ぎてひどい通り越してあきれるよ。焚乃に助けられてなかったら私、一人リンチだよ」

 不意にふてくされたような声がしたと思ってそちらを見ると、智が膨れていた。

「私だって、私だって彼氏が近くにいてくれたら絶対助けに来てくれるもん」

「い、いやごめんごめん。しかし錦とお前の彼氏じゃ比べものにならないね。月とすっぽんなんていいもんじゃない。月ぐらいの大きさのダイヤと……まぁスワロスキー?」

「人の彼氏悪く言うなっ。スワロスキーってビーズじゃんっ。ビーズなら天然石の一級品並みだよ私の彼氏はっ」

「こらこら、二人ともじゃれない。いつもは大人しい智も自分の彼氏のことになるとムキになるね」

 言い合いになるあたしらに仲裁に入る焚乃。

「当たり前だよっあんな良い男を悪くいうなんて例え錦にぃ狂いで変態のどうしようもないお姉ちゃんだとしてもムカつくっ」

「おーい智。今お姉ちゃんにすごい暴言を吐いたの聞こえたんだけどー?」

「気のせいじゃないよ!」

「そっか気のせいじゃ……って智性格変わってるよ!? なにその爽やかな笑み!?」

「邦、声大きい。近所迷惑」

「ああ、邦の声響くしね」

「うん、その上きもい」

― え? なに? 三人でかかってあたし、いじめられっ子? ―

 錦にまで言われてあたしは落ち込んだ。なんだ、これ。あたし超悲しい。

「とりあえず、智ちゃんに謝りなさい」

 一人でしょぼくれてると錦が言ってきた。むー、錦は智に甘いからなぁ……気に入らないけど。と、思ったところで錦が睨んできた。わわっ。

「……ご、ごめんね智。思わず錦に対抗されるとつい込み上げるものがあって」

「いいよもう。お姉ちゃんの錦にぃ狂いは今に始まったことじゃないし。というかすでに不治の病級だしね。私の方こそ熱くなってごめん」

「いや、ごめん。言葉が痛いよ、智」

「え? これいつもの私の口調だよ? お姉ちゃんこそもっと普段は錦にぃ馬鹿なのにどうしたの? 大人しいよ?」

― いや、なんだか猛烈に我が妹に申し訳なくなってきた ―

 こんなことを思われていたのかと考えると少し落ち込んできた。

「じゃ、残りの警邏の続きを頑張りましょか」

 そんなあたしをよそに智が背伸びをしながら言った。けれど。

「や、もう九時好きたからもうお前らの担当終わり。もう襲われる必要ない」

 焚乃の言葉にあたしと智は時計を見た。針は九時五分をさしていた。

「なぁんだもう終わりだったんだ」

 智は安堵に笑いながら言った。同時にあたしと智の腹が鳴る。

「あたし超お腹空いたぁ」

「私もー」

 智とあたしに焚乃といつの間にケンカが終わったのかぬこが笑って見ていた。

「じゃあ、家に帰ろうか」

 焚乃がそう声をかけると、あたし達はうなづいた。

「では我輩はこれで帰るとする」

「達者でな」

 猫の顔と蛇のしっぽでぬこが言うと翼をばさっと広げた。

 そして空中を一度旋回すると、その妖怪は夜空の向こうへ去っていった。それをあたし達は下から見送った。

「邦」

 不意に呼ばれて振り返ると、錦がそっと手を握った。

――――え?

 驚いている間に錦は素知らぬ様子で歩を進めたので、あたしも彼に続いた。多分あたしの家に向かっているんだと思う。カバンも錦が持ったままだし。

信じられなかった。あの錦が自分から手を繋いでくれた。横で焚乃と智が顔を見合わせて笑っている。

 錦は本当にあたしに勿体ないほどいい男だった。彼に会えたことが奇跡で何事にも代えがたい宝物。あたしは、幸せだ。

 こんな気持ちを錦は知っているんだろうか。こんなにも泣きそうなほど嬉しくて好きなんだ。叶うならずっと一緒にいて、その柔らかな笑みを一人占めにしたい。錦はそんなあたしのことをどう思っているんだろう?

 できれば錦もあたしのことを特別な女の子として見てほしい。

 ただ一人の、かけがえのない存在なんだって思ってくれたら……


 死んでしまうほど嬉しいな。


 


 ……………………


……ってちょっと待って。


 あたしは不意にひっかかった。

 そう、なにかが間違えている。ずっとずっと引っかかっていたこと。思い出せ。重大なことのはず。

 立ち止まってあたしは錦を見た。

 不思議な顔でこちらを見つめてくる彼。

 あ、まただ。変な違和感。

 どこだ? どこが「違う」? 

「邦?」

 ハスキーで静かな声があたしを呼ぶ。それもなぜかぼやけて聞こえる。初めから、付きまとうこの、変な感覚。あたしはどうしたんだろう?

 いつもと、違うこと。あたしはいつものように錦にアタックしてて、いつものように妖怪達の巡回をして……。

「どうした邦? そんな神妙な顔して」

 焚乃が気が付いて振り返る。智もあたしの方を向く。

 そう、いつもどおりのはず、はずなんだ。

 ただ、一つの重大な「違い」を除いて。

 あたしは……なにか、変なのかな。

 どんどん感覚がぼやけていく。スカートの下の足が寒いはずなのに……もうそう感じない。

 ヤバい、あたし、今日女の子の日だったっけ? そう、もうすぐだったし……女の子の………女の子の…………おんなの………… 

 そこで不意に強い違和感がした。

 え? ちょっと待って。

 だってあたし、あたしってさ

 回りの景色がぐらりと歪む。

 

 雑音。

 なにかが頭のすみで嗤った。

 混濁する景色。


 あたしは……


 頭の中を一陣の風がざっと通り抜ける。



― ユメジカラマヨイコンダンダネ ―


 何かの強い意志があたしをどこかへ連れて行く。


― ホラ チャントジブンノセカイ(・・・・・・・)ニカエリナヨ ―

 

 あたし(・・・)は……




「だって、女じゃなくて男じゃんっ」





「そりゃそうだろ」

 そう叫ぶと横から冷静な声が聞こえた。

 少し息が荒くなりながら、ばっと体を起こす。

 けれど……

「うあわあぁああっ!」


 ガタンッガラッドカッバタンッ


 机とイスがからまって頭やら足やら腕やらを強かに打ち付けるという惨事が起こった。

 いてぇなにこれなんなのこれっ!?


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