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正岡家と妖怪 (短編集)  作者: 名城ゆうき
そしていつもどおり奇妙な人の話
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そしていつもどおり奇妙な人の話 5



「誰――いたっ!?」

 鈍い音が頭に響く。

 驚きのあまり浮かした頭を下ろしてしまい、したたかに瓦屋根に打ったんだ。痛いよこれっ。

「ごめんねお嬢さん、驚かしちゃったかな?」

 男の人は申し訳なさそうに言いながらふところから携帯灰皿を取り出すと、片手に持っていたタバコをそれに擦り消して直した。そして手を差し伸べてくる。あたしは思った。


― めっちゃナイスな感じの三十路ガイっ! ―


 その人が黒のスーツをきっちり着こなしていたのもある。少しダレた感じが人懐こくさせたのもあった。

「い、いえっとんでもないです!」

 まぁ錦の方がいい男だけどね。

 と思った所であたしはなにか変な感じがした。まただ、なんだろう。

 けれどスカートがめくれてないか確認しながらその男の人の手を取った時――――そんなことがどうでもよくなった。

「おい、化野(あだしの)。余計なちょっかいは出すな」

 凛と高い声、でも人を威圧するような存在感。

 それはあたしの真後ろから聞こえた。

 あたしは固まった。

 灰色の袴姿、髪を一つに結んだ女性。現われたこの人も気配がなかった……いや今もなお、ない(・・)

 そしてあたしがさっき手を取った男の人も同様に、今も気配がない(・・・・・・・)ということに気づいた。

「なぁに? 別にちょっと手を貸してあげただけだって」

「不用意に関わるなと言ってるんだ」

 仕方がないなと肩を上げる男の人にしかめっ面の女性が冷たく言う。

 喉が渇く。もう水で潤っているはずなのに。


「ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷ……」


 不意に声が聞こえてはっと振り返る。


「らんらん……」


 すぐ真横にあたしと同じ背丈くらいの紫の服を着た少年が歌を口ずさんでいた。

 手には紅い蛇の目傘。

 それをくるくると回しながら。

 少年の顔が上がる。

 そして……


「らん?」


 にこっと微笑む相手。

 どちらかというと可愛らしい笑顔で、あたしも微笑みを返した。拍子抜けした、何を自分は手に汗を握っているんだろう。そう思ったはずなのに……心の奥でさっと血の気が引いた気がした。

 やっぱりこの子も気配が――――ない(・・)

 

 人の、いや、妖怪の気配ですらない(・・)

 なのに凍って押し潰されてしまうほどの


 威圧と存在感

 形容しがたい気配


 寒気がして足元が不安定になる。気絶しそうだ、わけがわからないのに……。あたしは自分の腕をさすった。足が震える。


 それは本来ならこの世界に属しない存在


「行くぞお前ら」


 女性の声ではっとすると、いつの間にか少年と女性は屋根の端に立っていた。

 行ってしまう。そのことにひどく安心している自分がいた。

 けど……

「あ、あ、あ、ありがとうございましたっ」

 あたしは女性のところへ行く男の人に向かって、しぼりだすように言った。

 それに振り返るその人。

 な、なんだか本当は謝りたい気分だけどっ……まぁ……手を貸してくれただけだけど、お礼を言わなきゃいけないと思った。

 ふっと笑うスーツの男。

 うん、無意味に怖い。……心の奥でもう一人のあたしは冗談じゃなく、死ぬ気がした。

「いい子じゃない?」

 だけど男はただ、頭を撫でてきただけだった。

「だねー!」

「いい加減にしろっ」

 少年の言葉に女性は我慢しきれないように舌打ちした。怖い、怒らせたよ。

 それにはいはいと答えながら瓦屋根を蹴って下に降りる男の人。続いて女性も下に飛び降りる。

 けれど不意に少年はくるりとあたしの方を向いた。彼の紅い目が甘く優しくあたしを見て細まる。

 ――――っ!

「おい!」

「はいはーい。じゃあちゃんと無事におうちに帰るんだよっ邦ちゃん?」

 女性の怒声に答えると、あたしにぱたぱたと手を振りそう言い残して少年は下に飛び降りた。

 そこであたしは瓦屋根の上に座り込んでしまった。力が抜けた。

「あの人ら、人間じゃない」

 呼吸が楽になったように胸がすっと軽くなった。汗ばんだ手が冷えている。

 厄神(やくじん)

 その単語が頭の奥にかすめた。たぶん、あれはその中でも高位じゃないだろうか。

「年末は……神の使いまでくるから怖いよ、ね」

 あははとあたしは本日二度目になる空笑いを浮かべた。心臓がばくばくしたー。 

 そこでしばらく落ち着いてから深呼吸をすると、まわりに見ている人がいないか一応確認した。

 よし、いない。そして怪我をしないように屋根から壁へ、壁から道路へ降りていった。ほんとスカートの下にスパッツはかかせないよね。


「おねえちゃあああん」


 制服に着いた砂を払っていると、近くで智の声が聞こえてあたりを見渡した。でもさっきまで見なかったはずなのに……。けれどすぐに妹の姿を見つけた。


― ってどこ走ってんのお前!? ―


 セメントの壁の上をものすごい勢いで走ってくる智。後ろにはちゃっかり妖怪を憑けて。

 そう言う自分はさっきまで屋根の上に乗っていたのだから責めることができないんだけど。

「ってなんでまた合流!? 別の町内回ってたんじゃないの!?」

「隣りの隣町まで行ったはずなのに一回転しちゃって戻ってしまってっ」

 息も切れてきている智に、あたしは笑みを向けた。二十分かそこらでよくそんなに速く回れたもんだよ。

 そして再びあたしも走り出すことになる。

「って休んでないの智は?」

「や、休んだけどっすぐに憑いて来たのっ」

「あたしも休んでいて行こうと思ったらすぐに来たんだよねー」

「ご、ごめん折角囮になってもらったのにっ」

「あれはなんとかしたからいいけどさ……」

 後に来た厄神がある意味……怖かったという言葉を飲み込んだ。言っても信じてもらえないだろうし。あれは一般人が滅多に会える部類じゃないから。

「ってやばっ、一般人いるよっってあれ……?」

 不意にこちらにものすごい勢いで走ってくる人影。それにあたしは見覚えがあった。

数寄屋(すきや)先輩?」

 その言葉と同時にその大学生くらいの人の顔が見えた。ちなみにあたしは目もいい方だ。

 数寄屋先輩だ。そう確信したけど、あたしはその人のやけに切羽詰まった泣きそうな顔が気になった。よくよく見てみると、後ろに小学五年生くらいの女の子が走りながら先輩を追いかけていた。

 って言うかうわ、あの女の子先輩についていけてる……すご。

「えーと……。数寄屋先輩!」

 とりあえず声をかけると先輩も気づいたみたいだ。

 けど。


「すまない正岡っ。話はあとだあああああ!」


 そして疾風の如く去る先輩。そしてその後を女の子が――……



「米を喰わんかあああああ!」



「へ?」

 あたしは口をつりあげて笑った。

いや、正確には女の子ではなかった。

 女の子が突如、巨大な楕円形の物体につぶらな瞳とマッチョな腕と足の付いたモノに変身して走って行ったんだ。

 たぶんなんとなくだけど、あれは……米。

「なんでこんな時に米に変身するんだっ。しかも巨大化!? ざけんなっ戻れ今すぐ戻れぇぇ!」

「読者サアアアアアアアアアビスッ!!」

 などと先輩の悲鳴とドスの利いたおっさん声が遠くで小さく聞こえた。

 しばし固まるあたしと智と妖怪達。

「あれ、なに?」

 一番最初に言葉を発した智にあたしは答えた。

「多分、米妖怪……もしくは米殿下」

「……数寄屋先輩って?」

「高校受験した時のカテキョ。高校の先輩、今は大学生」

「そっか……私、初めて米殿下見た」

「うん、実はあたしも……米バージョンは」

 それ以上は誰もしゃべらなくなった。妖怪でさえもあの殿下に圧倒されたらしい。固まったまま動かない。

 って言うかチャンス。

 と思いながらあたしは次々に妖怪達をすぐ横にある隠れ路の印のついた壁に投げ込んだり蹴ったりした。それに慌てて思い出したように同じことをする智。

「ふう……完了」

 二人して一連の作業を簡単に終えると時計を見た。もうすぐ九時をさす。つまり任務終了時間。男だったらあと一時間あったけど、女の子は配慮されて九時までになっていた。

「そろそろ神社に行く?」

「やったよーもーくたくただし」

 気が抜けて、実に嬉しそうに笑う智にあたしは一緒に笑った。

 けれどそこで気を抜いてはいけなかった。

 あたし達がいつの間にか来ていたのはT字路でも三叉路でもなく、一番厄介な四辻。妖怪が出てこやすい場所。

 地面が揺れる気配。嫌な予感。

 不意にあたしは前を見た。そして後方を見る。


「ま、待ってっ!?」


 私は叫んだ。智の顔がさっと青くなる。


 左は人通りの多い通りに続く。そして運が悪いことに右は確か、工事で行き止まり。

 そして前後から来る妖怪達。


 実質、あたし達は袋の鼠だった。


「ってちょっとタンマタンマタンマっ挟み撃ちはなしっ」

「いっただきやーす」

 酒天童子と般若が良い笑みを浮かべてあたし達に飛びかかって押し倒した。

「うわぁセクハラああああ! 訴えてやるっ」

 次々と押し寄せてくる目比べやパソコンの九十九神、琵琶の妖怪、物の怪達。それらがあたし達に触れながらどんどん精気を吸っていっていた。

「に、錦にも触れられてないとこ触ろうとすんなぁぁぁ!」

 胸に触ろうとして来たスケベな酒天童子に蹴りを入れると、奴とその周りにいた妖怪は壁に向かって吹っ飛んだ。

「うわ、姉ちゃん錦にぃに関わることだとすごいな、ほんと」

「うん、そうだな」

 うなづきながらあたしを見ていた智が不意に後ろを見た。そこにはほっこり、まったりしている顔が馬、体が人間の妖怪がいた。

「ってどさくさまぎれて規定外の精気喰わないでよっ」

「いやぁごめんごめんついおいしくて」

 まるで顔がつやつやで温泉に入っているかのように満足げに言う相手に智は拳をお見舞いした。

「ああもうっ! ここは隠れ路への入り道と出で道と両方使えたんだったっ。どうにかしないとやばいっ」

 そうあたしは叫ぶものの一向に減る傾向のない妖怪の群れ。

「精気吸いすぎだってばああああ!!」

 顔や腕、手足の三分の一が紫色の痣に染まりながら智は叫んだ。

 その時。


「あやつの子にはれんち(・・・・)にゃことをするにゃああああああああああ!!」


 オオワシが羽ばたいたような羽音と共にそんな声があたりを響いて、超音波みたいなものが妖怪達をなぎ払った。




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