そしていつもどおり奇妙な人の話 4
「で、どうする? ここでまた分かれる?」
公園の中を歩きながら智に言った。
あの木の板は直接公園の内部につながっている。結構大き目の誰もいない公園の中を歩くのはちょっと怖かったりする。だって急に妖怪が出てきて脅かされそうじゃん。
今もう、夕暮れどころか真っ暗になっているし。
あ、ただ今横を通った小鬼ぐらいなら大丈夫だけど。
「えー、っと……。もうちょっとだけ、お姉ちゃんと一緒に巡回したいなぁ」
「どーせまたはぐれることになるだろうけど」
「それに夜に女の子が出歩いてるとっ変なおっさんがスト―キングするかもじゃんっ!」
慌てて取り繕うように言った智の言葉にあたし達はぴたりと黙った。
夜の公園。
誰もいない、静かな場所。
横の通りは真っ暗で今、人通りがない。
もし襲われたら女の子の自分たちでは力では勝てない。
― ある意味妖怪より人間の方が恐ろしくね? ―
智も同じことを思ったのか、神妙な表情を浮かべていた。
「……よかったね。私達妖怪が見えて、妖怪の知り合いがいて」
「助けてくれる妖怪そこら中にいるしね。ただ助けを頼む相手は選ばなきゃいけないけど」
「うん」
そしてあたしらはその言葉で元気を取り戻して公園を出た。
「おぶってくれぇ」
と、思った所で再び妖怪に遭遇した。
岩に人の顔のような凹凸のある手足のついた者が、悲しそうな低い声であたし達を呼んでいた。
「あはははは、こうして油断した所に出てくるんだよね!」
「おぶされ石、おぶさるとだんだん重くなって圧死してしまう。よって……」
ばっとあたし達は走った。
「断るっ!」
「おぶってくれぇよぉぉ」
「捕まったらおしまい。捕まったらおしまい。捕まったらおしまいっ」
呪文のように呟く妹。私も何かしゃべろうか、そっちの方が疲れないし。そう思いながらいつ見ても人通りが少ない道をあたしは見た。
実はあたし達が通っている道は割と大通りではない。加えてあたし達が追われている系統の妖怪や百鬼夜行は今通っている細道や暗い人通りの少ない所に現われる。
確かに普通に堂々と道の往来で百鬼夜行が通ってるのもあるけど、それは人の服に身を包んだ動物妖怪とか傍目や触ったりしないとわからない妖怪たち。そしてほとんどの妖怪は目ざとい人や勘のいい人以外には見えないしわからない。
知り合いの陰陽師が妖怪が通る道を指定して結界を張っているのと、あたし達が誘導してるのもあるけど。ま、人がいない方が見えないものから脱兎のごとく逃げるあたし達を見て訝しがられることないからいいけど。
と思考を廻らしているとそろそろ人がいる大通りに来ていた。
だから次の道で左に曲がる。前方に車が通り過ぎた。ま、女子高生が走っているくらいなら変に思われないだろ。
「あー、そろそろ別れよっか」
「なんでっ」
泣きそうな顔をしながらこちらを見る智。そんなに離れたくないの? それとも増えたストーキング妖怪に対して?
後ろにいるおぶされ石とジェット婆、河童をちらりと見る。河童と、管狐、ぬらりひょん、その他は調子にのって列に加わっているだけ。あ、よし行け河童。そのままジェット婆をナンパするんだっ。
「少なくてもジェット婆とおぶされ石はなんとかしないと。他はまぁ、強いて言うなら無害だし」
「わ、私特にあの妖怪達やだっ」
「うん、だから別れよっかって」
「だからなんでよぉっ」
涙目……って言うかむしろ涙と鼻水流しながらこちらを見てくる妹。うわ、智、今正常に頭働いてない。小さい頃ジェット婆とおぶされ石にはトラウマ体験あったからなぁ。
などと思い出しながら微笑んだ。
「十中八九あたしの方にくるから……妖怪寄せ、あたしの方が力強いし」
ポケットから出したハンカチで涙と鼻水をふきおわると、智はきょとんとした顔をした。
言葉が届いてない。
「だからあたしが囮になるっつってんのがわかんないのかああああああああああ!!」
「は、はいぃ!」
あたしの叫びにやっと理解した智は三叉路に差し掛かったところで右の位置に折れた。あたしはそのまま直進。
あたしはため息をついた。後ろを見なくてもわかる。ジェット婆とおぶされ石は付いてきていた。しかも思ったより智についていく妖怪は人間の子どもの悪戯ぐらいしかしない妖怪達。姉心ながらほっとした。
ほっとしたよ。
「でもあたしだってあいつらトラウマなんだよぉぉぉおおおっ!!」
かく言う自分自身も小さい頃彼らによりトラウマ体験をしたことを必死で内心誤魔化そうとしていたあたし。今度こそ我慢が出来ず心の内を暴露しながら猛スピードで走った。
息が上がる。もう冬の寒さなんて関係ない。
あたしはしたたる汗をぬぐいながら有らん限り地を蹴った。
けれど、さっき覚達に会った時の少ない休憩では少し辛いものがある。少し体が疲れ始めた。喉もすでにカラカラ。
水分補給しないでこのまま行くと、脱水症状になる。
あたしは意を決めると近くの神社に向かうことにした。神社には結界が張ってあるし、お手洗い場などで水を飲める。
けれどその前にくるりとあたしは後ろを振り返った。
……後悔した。なにあれ、ジェット婆とおぶされ石はさることながらショウケラに手の目に火車に鬼蜘蛛とかまで何故にっ!?
もうこうなったらさっさと隠れ路に戻してやるっ。……鬼蜘蛛は単体じゃなきゃちょっと無理そうだけど。
そう決めるとあたしは角を曲って深呼吸をした。
息をある程度整えると目の前を見据える。目指すは四百五十メートルほど先の住宅街の袋小路。そこに隠れ路の鳥居の印がある。
そしてあたしは一気に走る速度を上げた。
ここを右……左……まっすぐ……そして左っ。
T字路の所であたしは再び正面の壁を蹴り、左にスライディングして急転換した。砂が顔にかかって危うくすべって転ぶ所だったけどなんとか踏ん張る。
そして息を吸って吐くと七十メートルほど先まである程度走って立ち止まると後ろを振り返った。
荒れた息を整えながら前を見ると、急転換できなかった妖怪がT字路の正面の壁にあった隠れ路に消えていく。しかし鬼蜘蛛と数匹の子鬼がなんとか踏みとどまり、こちらの道の方に向いた。
妖怪達の目が鋭く光る。
来なよ。
あたしはにっこり笑いながら立っていた。それを挑発と取ったのか相手はにたりと嬉々として勢いをつけて走って来た。
後十秒……九秒……八……七……
鬼蜘蛛の口がなにやら動く。
六……五……四っ
粘り気のある糸が放出される。あたしはそれに触れるギリギリの所で足に力を入れて後方に飛んだ。
三……
壁に飛び移り、更に二段跳びですぐ後ろの瓦屋根の一軒家の屋根に飛び乗る。
二……一……
そして尻もちをついた所で眼下を見た。
「さっさと隠れ路に帰りやがって下さいっ」
爆風と共に奥蜘蛛と子鬼達が壁の奥へ消えていった。
風や粉塵が顔にかかる。
そして……
「はぁあ……」
あたしは大きなため息をつくとそのまま瓦屋根の上に大の字に転がった。
長い間走り続けて火照った顔と体に瓦が気持ちいいくらい冷たい。誰も咎めないことをいいことに思う存分息を吐いてあたしは休んだ。あ、そういやマフラーどっかいった。
よくここの家の壁の前にある隠れ路は使うから、ここの家の人には謝礼が出ていて多少の騒ぎには目をつむってもらっているんだ。つまり今あたしが寝そべっている屋根の家の人は正岡家の関係者。正確には正岡家と仲がいい陰陽師で神主の一族の分家の流れの人。妖怪と正岡家のことを知っている。
その上神主の流れがあるのもあってここは結界が張ってある。
妖怪は入ってこれない。
ということで、あらかじめ屋根の上に設置してあったペットボトルをおいしく飲み干すと、しばしあたしは和やかな安らぎの時を満喫した。
けれどその時なにか変な、音のようなものが気がして不意に寝転んだ体勢で顔を少し上げた。
「へぇ? こんなところに人がいるなんて珍しいねぇ」
え!?
いつの間にか目の前に興味深そうにこちらを見る男の人の顔があった。
気配なんてしなかった。