そしていつもどおり奇妙な人の話 3
「ねぇ、なんでこうさぁもうちょっと優しい小妖怪系とかと遭遇しないわけっ?」
「あたし達には凶暴な妖怪も呼び寄せるからだろっ。近寄れないんだよっ」
「せめてまだ厄神様とかの方がマシだよっ。あの人ら仕事じゃなければ危害加えないしっ」
やだよもーっと言いながら必死に走る智の隣りで、人の顔に耳の部分が翼の飛頭盤も、汗だらだらに飛んでいた。しかも中年のおじさんの飛頭盤。それを見ていたあたしは加齢臭漂う妖怪にシュールな感じがしてならなかった。
贅沢は言わない。追いかけられるのはもう少し、人面とかじゃない妖怪にしてほしい。まぁ、美人顔ならまだ許せるけど。そう、向こうで妖怪の警備の手伝いしてくれてる美男子人面犬とか。あー、鎌居達も加勢してくれた。後でお礼言おう。
もう少しで智の頭にかぶりつくそいつを蹴飛ばしながら、智の腕を掴むと道の角を右に曲がったところで視界に入った緑の中に飛び込んだ。
「うぷっ!」
体中に当たる緑や枝、枯葉、草に勢いよく引っ掻かれる。そして瞬時に智の口に手を当てながら息をひそめ、じっと動きを止めた。
風や妖怪達の騒ぐ声が通り過ぎていく。
そして静かになった通りに妖怪が誰もいないことを確認すると、あたしはやっと息をついて妹の口から手を離した。
「もーおねーちゃん苦しかったって……てか痛っ」
茂みの枝に引っ掻かれた手を智は押えた。それを横目に奥の方へ俺は進んでいってそこから先に抜け出した。
「まけたんだから文句言うなって」
そう言って出たところは四方が木の壁で囲まれた空間だった。茂みから這い出してくる智に手を貸してあげると、妹はまわりを始めてみて目を瞬いた。
「ここに来たの!?」
「うん。走ってたら公園のすぐそばまで来てたみたいだね」
スカートや髪についた枯葉を払いながらあたしは答えた。
そう、ここは公園横にある一角。住宅や色々な物が立って行くうちに出来てしまった、一本の木が生えている以外は壁ばかりの空間。ここは近所の子ども達が秘密基地として遊んでたりする場で、おそらく大人達の知らない場所。ちょうど茂みやら木の陰になっていて見えないんだ。そしてここへ入り込むには少々茂みの中をかいくぐったり、子ども達が作った木の板を外したりする以外は不可。
「懐かしーここにバトミントンとか置いてたっけ」
下に落ちているものを拾い上げると智が言った。
「って懐かしいっつうほど昔じゃないだろお前」
不意に上からそんな声が聞こえたかと思うと、木の上から三つの影が降りて来た。
「邦ちゃん達髪に葉っぱいっぱいついてるぅ」
「に゛ーに゛ー」
そこに現われたのはだぼだぼな長袖と破れたジーパンをはいた長髪の青年。性別不明の六歳くらいの着物に身をつつんだ子ども。そして全身毛もくじゃらで辛うじて目だけが見える、先ほどの子どもと同じくらいの背丈の者。
青年は覚、着物の子どもは座敷童子、そしてもう一人は倉わらし。
彼らは皆、妖怪だった。
「覚達ここにいたのっ!?」
「まぁね。こいつらがどうしても外に出たいてぇからあっしが連れだしたんだけど……百鬼夜行がなぁ?」
肩をすくめながらちらりと他の二人の妖怪を見やる覚。
「僕達轢かれそうになっちゃったよ! ちゃんと邦ちゃん達交通規制してる?」
座敷童子が空中に浮くと、つんつんと智の頬をつついた。倉わらしの方は「にーにーっ」と同意しながらぽこぽこあたしの足を叩いてくる。
「ご、ごめんねっ。ちゃんと凶悪なのは私達が惹きつけているつもりなんだけどっ」
智が宥めながら言う。あたしも涙目になっている倉わらしを抱きあげて落ち着かせるように撫でてやった。
「無事でよかったよ。あたし達も頑張るけど師走だし、夜行日なんだから必ず覚か誰かと出かけてよ」
「……ほんと、無事でよかったよね?」
不意にぽつりと座敷童子が言った。
「でなければ祟ってたよ?」
にこりと笑みを浮かべるその妖怪。
あたしと智は青くなった。や、やばいっ。座敷童子系統は怒らせると半端ないんだっ。あたしんちが潰される。
そんなあたし達を倉わらしがおろおろとした様子で見ていると、突然後方で笑い声が聞こえた。
「あーもう二人ともかっわいいなぁ。嘘に決まってるでねぇか!」
覚が腹を押さえながらひらひらと手を振った。
「覚にはばれちゃったねー? でも顔おもしろかったよぉ」
智の方を見ると座敷童子がくすくすと笑っていた。
笑い事じゃない。智とあたしは顔を見合わせるとはははと声だけで笑った。
「てぇことで、そろそろ巡回に戻った方がいいんでねぇか?」
片手であたしをもう片方で智をぐしゃぐしゃと撫でると、ふところから小さなペットボトルの水を覚があたし達に手渡した。
「うー……頑張る」
うな垂れながらそれを受け取る智。それにあたしもため息をついて水を一気にのどに流し込み終えると、うなづきながら一言。
「わかったけど……撫で撫でしてもらいたいのは錦なんだよ」
「ん、知ってる。あっしを誰だと思ってる?」
「心が読める大妖怪覚様」
「そうそ。父ちゃんに似ていい子でねぇか」
笑顔で言うとうなづく覚。ほんと、お父さんのこと好きだよねこの人。
「でぇじょうぶでぇじょうぶ。ここから半径五〇メートル以内はへま起こす妖怪いねぇから。したらあっしが……」
そう言うと指をすっとまっすぐにして閃かせた。
一陣の風と共にどこからともなく落ちて来た枯れ葉が細切れになる。
見ると、覚の指の爪は二〇センチほどの長さに伸びていた。
「ってやるまでもなく精神攻撃さね。だから心配するでねぇ」
いや、後者の方が怖いよ覚っ。
今の思考も読まれていることを理解していながらもあたしはつっこみを入れた。
「ま、智ちゃんと邦ちゃんなら大丈夫だと思ってるよっ」
「に゛ーに゛っ」
座敷童子と倉わらしが空になった智とあたしのペットボトルを受け取り、笑みを浮かべながら言った。
「んじゃ……」
あたし達は三人に笑顔で手を振った。
― 逝ってきまーす ―
「逝ってらっしゃーい」
内心涙がちょちょ切れながらあたし達はその場を木の板の間から出た。笑顔で手を振る覚と座敷童子。そして違う違うと首をぶんぶん毛と共に振りながら、心配そうにあたし達を見る倉わらしを横目に。