表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正岡家と妖怪 (短編集)  作者: 名城ゆうき
そしていつもどおり奇妙な人の話
5/21

そしていつもどおり奇妙な人の話 2


  ***



 あたしは急いでいた。

 すっかり今日が夜行日だってこと忘れてたんだ。十二月はこれだから大変だ。師走ってよく言ったもんだよ。師までも忙しくなる時期ってことだし。あー、もうスカートの間からのぞく足が冷たいっ凍えるっ。

 そんなことを考えながらあたしは空を見上げた。

 冬だから日が落ちるのが早い。だからもう、夕暮れ時だ。つまり、妖怪達が活発になる。まして十二月、年の終わり。仕事をする妖怪達も忙しい。

 それとなんであたしが関係あるのかというと、それはあたしの家柄だから。あたしの家、正岡家は平安時代から続く代々妖怪学者の家の出。と、言うのが一般人向けのあたしら。これだけでも十分特殊だけど実は、正岡家は妖怪と人間の友好関係を保つ役割を担っている。表ざたにはネタや文化の話にしかなっていない。けれど実際に妖怪は存在する。ただ、人によって見える人と見えない人感じない人がいて、混乱を避けるために表ざたになっていない。ちなみに特別錦と根岸はこういった事情を知っている。二人ともあたしの数少ない、一般人で妖怪が見える人間の知り合いだからだ。 

あたしは右に道をそれると公園を突き抜ける近道を通った。

 そしてあたしの家、正岡が妖怪達の見回り係になった。これには二つ理由があって、一つは正岡が昔から妖怪と仲が良かったこと。もう一つは妖怪を惹き寄せ易い体質だということ。後者は遺伝はするけど、惹きつけたり妖怪が見えたりする力の強さは血筋の濃さとは関係なく突発的。だから現段階でわりと力の強い――つまり先祖返りが顕著な正岡が動いているんだ。そしてかく言うあたしも。実は次期正岡当主という看板があったりする。

 で、それはそうと今日は夜行日。妖怪達がいつもより動く日。だからあたしは急いでいる。夜行日というのはひと月に一回、多ければ二回ある。普段から夕暮れから明け方にかけてが妖怪達の活動時間だけど、夜行日は殊更百鬼夜行や妖怪が跳躍(ちょうやく)跋扈(ばっこ)する。

 妖怪は昔に比べて気さくで陽気な奴ばかりだ。けど誰だって浮かれたらへまくらいするでしょ? 妖怪のへまは洒落にならない。加えて普通に人にとって害をなす悪さをする者もいる。

 だから……

「急がないと、あたしの管轄地域、妙に広いしっ」

 軽やかな足取りで公園に咲く桜の大樹を通り過ぎた。息はまだ上がっていない。いつも走るのには慣れてるから。あたしは小さい頃から妖怪に追いかけられる、もとい狙われる悪戯されることが多いんだ。けれど心なしか手に汗がにじむ。マフラーが走るのにちょっと邪魔っ。

 暗くなってくる景色とまるでかけっ子のように走っている感覚。

 自分の影が長くなっていく。

 ああ、ほら昼間よりはっきり、増えていく。

 木の間から現われる毛の生えた青白い球体。青いベンチが九十九神へとなり、うごめく。生温かい風が長い透明の帯に眼が一対ついたような妖怪へと姿を変える。魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)。草木の精霊。

「いつも(せわ)しないな。正岡の子」

 ふいに声がかかって走りながら横を見ると、そこには腕を組みながら宙に浮く赤銅の髪の女がいた。

手には一対の大扇。中国舞踊の衣装みたいなものに身を包んでいる。この公園の桜の大樹の精霊。

「オウヒメ様! こんばんはっ。てかちょっとその空中浮遊羨ましいんだけどっ」

「諦めろ、お前は人間だ」

 笑顔で言うと、相手に至極当然とばかりに神妙な顔つきで言われた。や、わかってるけどさっ。って、あれ、なんかここでもまた違和感が……。

「我もアヤカシどもの警邏を手伝う。貧相な体でこけて怪我でもしたら大事だ。歩くがいい」

 オウヒメ様がちらりと流し眼で悪戯好きな鬼火に目を細めると、相手は怯えたようにぱっとどこかへ消え失せた。

 ……相変わらず我口調。そして態度がでかい。そして何気に酷い。女の子に貧相な体って……はっきり胸がないって言われた方がいいしっ。でも錦なら見た目に捕らわれないから別にいいよもう。うん、流石あたしの錦。

 などと一喜一憂しながら自転車除けのバ―を飛び越えた。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 そこから彼女の言う通り歩くことにした。

 まだ余裕があったんだけどなぁ、体力的には。でもま、オウヒメ様がいてくれるんだったら少し余裕があるかな。

 あたしは息をつきながら桜並木道を下りた。一応、早歩き気味で。

 桜の木はもう葉が落ちて、寒々しい空気が間を通り抜けている。春は絶景の桜の名所で、秋は紅葉が綺麗(落ち葉が大変だけど)。けど冬も結構見物だったりすると思う。そろそろクリスマスで、電飾とかすごいんだよ。

 すると横で「どうでらぇ」と言いながら、のっぺらぼうで粘土人形のような妖怪が壁をすりぬけていく。おまけに後ろからちみっちゃい手のひらサイズの柿の妖怪たんころりんがついていく。植物系妖怪な上冬なのによく姿保てたな、アイツ。

「ってそうだ。あの二人はもう集合場所から出発したかな。ってか……この妖怪の出具合、あいつ大丈夫かな」

 そこであたしはあいつのことを思い出した。もうすでにあたりは妖怪でいっぱいだ。まぁあたしが惹きつけているせいもあるんだろうけど。実は夜行日はあたしの家族も見回りをやっているんだ。それで少し心配になった。

 力があたしより弱いアイツの所にあまり行かないとは思うんだけど……。

「うわあああん!」

 と、考えていた所で噂の相手の声が聞こえた。あー悲鳴が聞こえる。やっぱ狙われたか。

仕方がないと思いながら桜並木が終わる道を曲がった先を見た。そして相手に余裕の表情で手を上げる。

「よ、(とも)――――おっ?」

「お姉ちゃん逃げてぇっ」

 制服のままの自分に似た、涙目の年下の少女。あたしは元気系だけど相手は可愛い系乙女――――が、猛スピードで走っていた。

「あー……なんだっけ? 何がおかしんだっけ?」

 あたしは笑いながら言った。どこかがおかしい。そのことはわかる。これはずっとひっかかっていたことなんだ。ずっと今まで感じていた違和感。今、ちょっと待って……。

「だからお姉ちゃん逃げてよっ」

「もうなにっ? 智?」

「あーもう、とうとう錦にぃ狂いで頭がショウトしちゃったの?!」

「いや、狂ってないしもう今も最高潮に錦にぞっこんラブだし。妖怪が相手だろうと神だろうと錦への愛を想えばなんでもない」

「よかった……いつもの姉ちゃん……じゃなく話聞けよっ」

 必死に両肩を掴んで振ってくる妹。

「あれだよアレっ」

 指をさしながら言われたその言葉に二人で後ろを見て――――そして固まった。


 羽根となる部分が布状の一つ目ムササビ。

 手長足長。濡れ女。牛鬼。朱の盤。巨大骸骨のガシャクロ。

 けうけげん。空中を浮遊する一反もめん。


 妖怪たちが群れをなす。

 人はそれを――――百鬼夜行と呼ぶ。 


 中でもあたしらはまたもや一番悪戯好きな集団にまみえてしまっていた。中には疫病神までいる始末だ。


 しかも。

 こちらに向かってくる妖怪達の目が

 |いたいけな女の子に悪戯しようとするおっさん達(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だった。


「やべぇなおい」

 がたがたと震えながらしがみ付いてくる智に笑顔を向けると、あたしはぽんっと彼女の頭に手を置いた。

「ってことで、逃げよっか!」

「初めからそう言ってんじゃんっっ」

 涙声になる妹と同じく涙がちょちょぎれそうになるあたしはその言葉と同時に走った。オウヒメ様アテになんないじゃんっ馬鹿ぁぁぁあ!!

 二人して足には自信がある。息切れせずに五十メートルがあたしは六秒、智は七秒。智なんか二つ下なのにかなり速い。だから、普通なら逃げ切れるはずだった……人間相手だったら。

「これだから夜行日の百鬼夜行は嫌なんだよっ。浮かれ者が多いしっ」

「智、ってか警邏のあたしらが逃げちゃ駄目なんじゃなかったっけ?」

「あれは無理だよ姉ちゃんっ」

「あたしもそう思うよっ。だから逃げながらレッツ交通規制!」

 そう言うとあたしは顔を上げた。周りの景色を見なくても体が今どこにいるか把握している。もうすでに何年も育ってきた町だから。そして常人には見えない、妖怪達の隠れ路もわかる。

 あたし達が言う「隠れ(みち)」とはつまり、妖怪達がいる世界への「道」のことを言う。

「こっちって人通りある方じゃんっ。智、そこ道なりに左上がり右地下道で上がって左っ」

「わ、わかったああっ」

 あたしの言葉に智はうなづくとスピードを少し上げた。ちなみにこれが多分限界。そして道が分かれたところであたし達も二手に分かれた。さっき言った通り智は左、あたしは右だ。

 それに百鬼夜行も二つに分かれる。そうすると良い配分になる。智の方に四割、あたしの方に六割。あたしの方が妖怪を惹き寄せる力が強いから必然的にそうなる。

 双子坂と呼ばれる所を一気に駆け上がって、そこからしばらくしたところに左へ、そして地下通路に駆け下りる。

 反響する足音と妖怪達の声、風が駆け抜ける音。

 自分の熱い息がほっぺたにかかる。けれど止まらない。いち早く妖怪達の中でもスピードがある奴があたしの腕によだれを垂らしながら嘗める。

「くおわぁ」

 気持ち悪さと触れられた所に妙な浮遊感が漂う。今精気を喰われたんだ。思わず声が出た。

 その上そいつに乗っかっていた妖怪、首舐めの舌が巻きついてきた。瞬間、注射されたようにちくっと痛みが襲う。そして再び脱力感。わずかにそこが紫色の痣ができる。

「ちょっ、首舐めっ。規定以上の精気吸いすぎっ」

 横に振り払いながらあたしはスピードを上げた。これ以上は、ちょっと、無理っ。

― そろそろあそこに来るはずっ ―

 息が上がりながら目の前を見ると、待ち望んだ道に出た。

 そこは住宅街に入る細道。そこを突き抜けた先にT字路が見えた。正面にセメントの壁が見える。朱色で彩られた鳥居のマークがついた壁。

「妖怪の皆さま方ぁあっ」

 そこをあたしは直角九十度曲った。正確には一度正面の壁を蹴って勢いをつけ軌道修正をしながら右の路に飛び退いた。

 地面をスライディングして受け身を取って振り返り正面を見る。

「どうぞご自分の細道にお帰り下さいっ!」

 するとそこには壁に向かって行く二つ(・・)の百鬼夜行の集団。

 勢いづいた妖怪達は案の定、進行方向を急に変えることはできなかったみたいだ。セメントの壁に猛烈な速度でぶつかった――――ことはなかった。


 轟音と共に百鬼夜行は壁を突き抜けた。


「――――っ」


 まるで特急電車が走りさったような突風が吹く。はためくスカートと髪を押さえる。

 街灯の明かりが一瞬ふっと消える。

 目に砂ぼこりが入りかける。

 そして一陣の風が去った後、再び明かりが元の輝きを取り戻し、静かな夜道へ戻った。

 なんとか無事、一団の百鬼夜行は送り返すことに成功したみたいだ。

「さ、流石お姉、ちゃん。隠れ(みち)、覚えてたんだ……」

 すると少し離れた真向かい側で荒い息を整えながら智がこちらを見ていた。

「まぁな。智も覚えときなよ。ちゃんと百鬼夜行に交通規制を守らせないとやっかいだからさ」

 汗のにじんだ額を拭いながら立ち上がると、智の方に歩いて手を貸してあげた。実は双子坂はその名の通り、坂が二つある。丁度同じような作りの通りが二つあって、それはここで一つに繋がっていたんだ。だから智もここに来た。

「ってあーお前も喰われた?」

 妹の手の甲に紫色に線の入った痣を見ながら言うと、笑顔で彼女は言った。

「お姉ちゃんも」

 首を指さしながら言う智。

 そこでお互い笑みを交わした。

「一応、妖怪に精気を吸われることも正岡の仕事なんだから疲れるよね」

「まぁ常人より精気がありあまっているから、一般人に被害が出るより身内で勘弁してくれ方針なんでしょ」

「それにしても正岡の扱いひどすぎだしっ。警邏もとい生贄だよ特に私達はっ」

「諦めろ、正岡の力が強い者の宿命だよ」

 あたしと智はため息をついた。けれど意を決したように準備体操をしたりストレッチをすると、にっこり笑った。

「ま、妖怪と人間がうまくいくためだって言うなら」

「頑張ろうじゃない?」

 ぱんっと互いにハイタッチする。

「そうそう、正岡はそうでなくっちゃ」

「元気で瑞々しくて、新鮮なのが正岡のいいとこなんだからさぁ」

 と、思ったところで声がして後ろを振り返った。けれど誰もいない。

 智と怪訝な顔をする。けどそこであたしははっと気が付いた。

「智っ、上!」

「えへぇ!?」

 声をかけると同時に上から影が地面に向かって落ちた。

 地響きが起こる。

 間一髪で横に飛び退いたあたし達の目の前には首なし馬とおんもらき。物騒なのがそろって出た。

「「げぇ!」」

 智とあたしの二重奏が響くと同時ににたりとそれらが笑う。

 次の瞬間再び鬼ごっこが始まった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ