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正岡家と妖怪 (短編集)  作者: 名城ゆうき
そしていつもどおり奇妙な人の話
4/21

そしていつもどおり奇妙な人の話

※もしかしたら他のシリーズものの「正岡家と妖怪」を読了後の方がわかりやすく、より楽しめるかもしれません。



もしもってあるじゃん?


現状に100%満足なんてヤツいないだろ

人間誰しもどこかで「もしも~だったら」

って、思うと思うわけ


え? 「思う」が二重にあって変な言い方?

いやいや、そこツッコミいらねぇって(笑)


とりあえずさ、もしもって

普通に

ありふれたことだと思うんだよな


とてもありふれていて……

― あり得たこと ー


***


「ということで、今日はここで終わります」

― よっしゃっ ―

 チャイムが鳴ると同時に夢の淵からがばっと起き上る。教卓の先生が教科書を閉じ、号令がかけられた。生徒たちが礼をすると、弾けたように皆しゃべりだした。

そんな中でもいち早く動き出す。

毛さきが少し跳ねた髪が揺れるよりも早く(イメージ)、一直線にある生徒が座るイスの前に走り出した。

「おっ疲れーっ!」

 ひまわりの花が咲きそうな無邪気な笑顔と共に、目の前の人物に向かって言った。

 視線の先には物腰静かな少年がため息をつきながら、教科書やらノートやらをカバンにつめている姿があった。

 相手の名前は吉良(にしき)という。あたしの幼馴染であり、ぞっこん恋愛中。幼稚園から高校二年の今に至るまで通算十年越しの恋。

 それにしてもいつも思う、こうしてちょっと教科書を入れるだけでもどうしてこんなにときめくんだろう。細くて長い指が繊細な手つきで動く。さらさらな黒髪。下に向くと目にかぶさるような長いまつげ。その間から見える、溶け込むような甘くて深いこげ茶の瞳。髪が撫でるようにかかる、襟の間から覗いた色白のうなじ。シャツからのぞく綺麗な鎖骨。血色のいい、くちびる……

「あやや~(くに)さんよだれダレダレ出てますよーん。パブロフの犬現象大発症っ。どうする錦!? このままテイクアウト!? じゃなくて食われるぞい!」

 頭を小突かれてはっと口をふきながら振り返ると、そこにはニマニマとしながら頭をぐしゃぐしゃと撫でてくるおしゃべりハイテンション男がいた。

「ちょっと正岡。いい加減その錦に対する妄想止めなっつーの。折角可愛い部類の女の子なのに台無し。残念なことこの上ない」

 次に隣りの席から呆れた顔で頬づえをつく男子生徒が言った。おまけに白けた視線付だ。

 先のが月原(わちばら)来流(きたる)。そして後は三成(みなり)ツユキ。クラスメート。錦の友達。

 瞬時に頭の中でそれらの単語が閃いた。

 それはよく見知った顔、耳慣れた早口。ダレたような少し乱雑な口調。

 だけど――……

― ……? ―

 ふと妙な違和感がした。

 なにかボタンを駆け間違えたような、ニット帽を裏表逆にしたような変な感覚。

 その原因がなにかわからずにしばし二人を見ていた。けどあまりにも月原が頭を撫で回すからそんな考えも霧散して、キッと睨みつけると手を外させた。

「ってつゆきんもしや邦さんに気がある!? なんとなんと実は三角関係発覚か!? 来流ちゃん知らなかったよ!? こんな間近なサスペンスに気づかなんだとは来流不覚っ!」

「月原っ! やめろっ。この手とその鳥肌が立つような話っ。あたしは錦命だっ」

「いや、正岡は勘弁。無理。女でも変態だし」

「って三成、何気に酷くね? なにその三拍子」

 思わず三成の言葉に若干傷つきながら突っ込むあたし。

「それに錦への愛を変態ですますなぞ不愉快だし」

「いやそこで愛とかきめぇよ」

「あたしの愛はきもさをも越す」

「おーい錦そろそろ警察呼べって。あ、救急車か?」

「あたしの錦愛をちんけな犯罪レベルにするなっ、せめて水爆級だっ。それに警察なんかであたしの愛は消えない。負けないっ。永久不滅の一億と二千年後も愛してるだっ」

「生きてねぇよ、しかも国家レベルの人災かよお前」

 その的確な指摘にあたしは一瞬言葉に詰まった。売り言葉に買い言葉で思わず人災宣言をしてしまった。それはただ、錦への思いを表す比喩で単なる例えだしまぁ他の言い方もあったかもしれないけど。けど……

「人間だってっ、やる気になれば一億と二千年後も生きてるかもしれないじゃんっ」

 まわりのクラスメートの「ねぇよ」という呟きや思念が聞こえた気がしたけど、あえて無視する。少し涙目になる。くそっ、みんな錦への愛をわかってくれないっ。

「あははは、邦さんどうしちゃったどうしちゃった? 元気がないぞぉ。おなかすいた? ビーフジャーキーいる? それとも遊んでほしい? 本当に困ったちゃんだねっ。子犬ちゃんっ」

「子犬ちゃん言うなっあとだから……だあああああああああ! 頭を撫でるなってばっ!!」

「どしてどして? 減るもんじゃないでしょー? むしろ増えるっ! 頭撫でられる子は頭よくなるんだよっ!? ほらよしよしー」

 なかなか手を外そうとしない月原に、あたしは手を払ったりかわしたりの攻防を繰り広げた。相手は相変わらずへらへらしてるし、三成は傍観を決めてるし、なにより錦が何事もなく身支度をしているのが悲しいよっくそっ。ということで、なんとかあたしは自分で月原の手から逃れた。相手の方が背が高い分手こずった。そしてすばやく身を引く。

「つーか頭撫で撫では錦の専売特許なのっ」

 非売品じゃっ! などと言いながら必然的に錦の腕にひっついた。わぁい生錦の温もりだー。錦の匂いー、肌すべすべー。と顔がゆるんだ所で上から再び溜息が落ちた。

「邦……」

 名前を呼ばれただけであたしは猛烈上機嫌。もう疲れたようなため息が萌えてなんのってっ。なんていうか艶っぽいんだってっ。

 けど不意に顔を上げると無表情で冷めた視線にぶつかった。あ、ごめん。

「ごっごめん錦っ。あたし錦以外に撫で撫で以外も触れられたくないから安心してよっ。あ、だからその代り撫で撫でして……」

「邦」

 最後の方はにやけながら言うと、錦に強い口調で遮られた。

 期待を込めた瞳で錦を見上げるあたし。

HR(ホームルーム)だから静かにしろ」

 しかし返って来たのは冷たい言葉だった。

その言葉に教卓を見ると先生がにこにこ笑いながらこちらを見ていた。そして日常茶飯事になっている錦とのやり取りに、クラスの皆は慣れた様子ではやしてくる。

 ちっ邪魔なところを。これだから空気を読めねぇやつらはっ。

「ということで、席戻れ正岡」

 後ろから錦の体から引き離されると同時に声がかけられた。

 あたしの親友の根岸だ。いつも自分に害がなければ我関せず人間。趣味は人間観察の神業的記憶力所持者。冷静に突っ込みを入れてくる友。

「離せっ根岸――――っ!?」

 心なしか声の高いのが気になりながら、振り返って友の手を振り払おうとしてあたしは固まった。

 目の前には髪の一部を後ろにくくった長髪の少女。それが怒気をはらませて真顔のドアップ。しかも相手の方が背が高いため、上からの威圧感付き。

「私今日日直だから早く仕事済ませたい。速く終礼済ませたい。早く帰りたい。わかった?」 

 あまりな迫力の根岸にあたしは思わずうなづいてしまった。

「ならさっさと席に着く」

 そう言い放つと根岸は錦と視線を交わした。頭を下げる錦に根岸はうなづきかえす。

 ちょっお前ら以心伝心みたいなあたしら心通じ合ってるんだぜっみたいな感じのアイコンタクトするなぁぁああっ。

 無言の抗議も虚しくただ、あたしはずるずると根岸に引きずられながら自分の席まで連れていかれた。

「邦さんどんまいまいー!」

 月原がひらひらと手を振りながら言ってくる。違う、あたしは錦に慰められたいのっ。

 そしてほどなくして終礼が始まった。早く終わってしまえっ。

と、そこではたと変になにかが頭のすみで引っかかった。なにか重大なことを忘れている気がする。

 これまでそれに何度か気づいて、思い出しそうだったけど一体なにを気にしていたんだっけな。あたしは考え込んだ。

 先生の声、周りの音がぼやけて聞こえる。

 なにか、頭のすみで捕えた気がした。

 けれどそれが何かわかる前に目の前にどんっとノートの山が出現した。

「え? なにこれねぎっちゃん。今終礼でしょ?」

 突如目の前に現れた根岸に思わず愛称で呼ぶ。

「は? もう終礼終わったし」

 ずばりと言う彼女にまわりを見ると、その通りで部活に向かったり、帰る生徒がだべっていたり、掃除当番の生徒が作業を始めていた。

 うそーん。

「あとこれ宿題、センセんとこによろしく」

 肩を軽く叩かれ、手を上げて去ろうとする根岸にあたしは慌てて気をとりなおし、腕を掴んだ。

「ってなぜにあたし?!」

「暇そうだから」

「違うしっ」

「ああ、そっか」

 思い出したように手を打つと、彼女は労わるような視線を向けて来た。

「今日はあれ(・・)か」

「は?」

「悪かったわ。他の人に頼むよ。あまり無茶しないようにね」

 机からノートの束を持ち上げ笑うと根岸は別の生徒の元へ去っていった。なんの話をしてるんだろうあの子。あたし、用事あった? なにか忘れてたっけ? ってあれ、なんで根岸笑ってたんだろう。

「邦」

 すると錦があたしの名前を呼んだ。また呼んでくれたっ、それだけでもう幸せっ。って言うかあのハスキーな声で呼ばれたら理性飛びそうだっ。でもやっぱりもっと呼んで!

「なに!?」

 勢いよく笑顔で振り返りながら抱きつこうとすると、なんの躊躇いもなく片手でおでこを押さえ止められた。あたしの手は錦に届く手前ですかすかとかすめるだけ。

でもその冷静な顔も好きっ。

「……急がなくていいの?」

 静かに言う錦。

「錦のことをさしおいてすることなどなにもない!」

「だからさ……」

 渋い顔をすると錦は息をつき、おでこから手を離してあたしの耳に口を近づけた。

「今日夜行日でしょ? 妖怪の見回り、行かないの?」

 周りには聞こえないように小さく届く声。生温かい息が耳を撫でる。錦の短い髪がくすぐるようにかかる。

 ……理性、手放して錦襲いたい。

 って……

「あ、あぁぁあ!」

 頭を抱えながら叫ぶとあたしは理性を取り戻した。錦が言った意味をやっと理解したんだ。そうか、根岸も今日が夜行日って知ってたからああ言ったのか……。

「錦ありがとっ。ごめん先帰るっ」

 名残惜しげに手を掴んで彼を見つめるとあたしはダッシュで家に向かった。急がないとアイツは先にもう見回り行ったかな。

 そんなあたしを錦が黙って見ていた。






 背が少し小さめの少女がイノシシのごとく猛烈な勢いで教室から飛び出すのを見届けると、ふいに錦少年は彼女の机にカバンが置いてあることに気づいた。

「正岡のカバンだね」

 彼の所にやってきた長身の少女――根岸が言った。日直の用事をもう済ませたのか手元にはカバンを持っている。仕事の手早い少女である。

 それにひょいと机に置いてある幼馴染の荷物を手の空いた方に持つと、錦は根岸に言った。

「俺が持ってく」

「いつもお疲れ」

「そちらも」

 その言葉に互いを見合わせると、二人は笑みを浮かべた。それをクラスメートは珍しそうな、どちらかというと驚愕の顔で見ていた。というのも錦は普段無表情が常で、滅多に表情を出さないからだ。しかも少し笑っただけなのに、ギャップも加勢してそれは悩殺微笑とちまたで噂になっていたレア現場だったのだ。

 しかしそれも束の間で、どちらからともなく錦は彼の、根岸は彼女の用事をすべく離れた。



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