ある夏の物語 2
* * *
『8月21日 晴れ
友達に会いました。友達は汗をいっぱいかいて、木陰の下や木の上、空中に浮かびながら休んでいました。
今日は晴れです。ソーダーみたいな青い青い空が広がっています。その空に、ギラギラとイバルように太陽がいます。みんなはこんな暑苦しく笑う太陽から逃げるためにすずんでいるのです。でも、セミがミンミン太陽に負けないぞーとさけんでいて、すずしさ半減。それでも彼らがいるから夏って感じなんです。
とにかく、太陽はギラギラ笑っていて、セミはミンミンさけんでいます。そして、友達はそんな暑苦しさから逃れるために、木の下で休んでいるんです。
「おー……あちぃ」
「温暖化やばいんじゃねーか?」
カマイタチくんの言葉に天狗の遊佐之坊がうちわをパタパタさせながら言いました。カマイタチくんは木の枝からだらんとだれています。遊佐之坊はもっと気だるげです。彼は地面に寝そべってうつぶせになっていました。
「もう、ほんと。おら腐って発酵しそうだわ」
「あんたなんてほんと、腐ってそうだねー」
お水を飲むカシャボに毛倡妓さんが言いました。毛倡妓さんは見るからに暑そうです。後ろと前がわからないほど髪の毛が長いのです。ある意味あの、SADA子よりもすごいです。だから暑そうです。でも、カシャボは見た目、すずしい感じです。頭もてっぺんだけ髪の毛があるだけだし、服も青色です。でも……
「……のわぁっ!! おらの足くさっ! 腐ってる!?」
カシャボ、自分の足をにおって死にそうになっています。お馬鹿さんです。カシャボは元は池とか川から出てきたからちょっと水くさいのです。今みたいな夏はさらにドブくさくなります。体あらってほしいです。
「わたし水辺に戻るっ。蒸発しちゃうよぉ」
ぬれ女子さんが泣き出しそうになりながら髪をかきました。でも、いつもならびしょぬれのはずなのに、服も髪の毛も湿っているくらいです。ワンピースが乾きかかっています。
あわてて、手に持っていたおいしい水2リットルをかけてあげました。でも、なんだかまだ足りなさそうです。ぬれ女子さんはお家に入ってシャワーを浴びにいってしまいました。
「ちくしょう! すべてはオンダンカのせいだっ。オンダンカの!」
うんうんとうなづくみんな。みんな、だんだん暑さの矛先が温暖化に向けられてきています。それほど暑いのです。
「こう言うときにだなぁ……雪女とか雪ん子……つらら女とかがいやぁ……便利だったのによぉ」
「雪女、里帰り中だってさ」
毛倡妓さんの言葉に遊佐之坊はため息をつきました。でもね、そうじゃないと雪さん、つららさん死んじゃう。それに山の神様怒っちゃうんです。山の神様は雪女さん達のお父さんです。
「もうこうなったら……」
遊佐之坊とカマイタチくんは顔を見合わせました。
「いっそ思いっきり暑くなって祭しようぜ!」
カマイタチくんが飛び上がりながら言いました。すると、みんないっせいにピクリと反応しました。
「なぁに? 祭?」
「祭!」
「そう祭」
「やっりたーい!」
となりを見ると、いつの間に帰ってきたのかわかんないですけど、ぬれ女子さんがはねながらはしゃいでました。たっぷりびしょぬれで元気です。
「祭! 祭じゃ祭!」
次々と元気になっていくみんな。妖怪はどうしてかお祭りが好きなのです。
「みなの衆を呼べぇい!」
「ほいっさぁ!」
遊佐之坊の言葉にカシャボはビシッと敬礼をして、急ぎ足でどこかへ言ってしまいました。なんだかみんな、急に雄叫びを始めてお祭りをすることになったそうです。お祭りは大好きです。でも、何のお祭りをするんだろう。ま、いいや。とりあえずお祭りに行こうと思いました。
*
さっそくお母さんにお祭りのことを話しました。妖怪のお祭です。前から行きたかった。でもお母さんは笑ってだめって言った。ムカついた。お父さんとお母さんは仕事で手が空いてないのです。一人で行くと危ないからだめなのです。いいもん、お父さんがいるから。
お父さんに聞いてみました。お父さんわ頭をなでていきたいのかぁ……といいました。お父さんと一緒にいきたいと抱きつきながら言いました。お父さんはいいよと言いました。
やった。
後ろでお母さんがお父さんを張り倒していました。でも気にしません。
*
結局、お祭りに行けました。お父さんは行けないみたいです。一緒に吟太郎さんが来ました。吟太郎さんは貒です。マミて言うのは豆だぬきの妖怪のことです。
そしてお兄ちゃんも来ました。…はくろ様のほうがよかったのに。
はくろ様は仙人で仕事があるからなかなか会えない。ちょっと不満です。
でも吟太郎さんは大好きです。綿菓子を買ってもらいました。
「妖怪祭名物、女郎ぎぬ菓子だ。面白いじゃろう」
吟太郎さんがこっちを向いて言いました。お兄ちゃんは今、友達のところにいっていていません。お兄ちゃんだけずるいです。でも、かわりに綿菓子を買ってもらってのでよかった。
お祭で買った綿菓子は吟太郎さんがいうとうり、面白くてとても不思議です。女郎ぎぬ菓子は引っ張ると、シャボン玉みたいにきらきら色を変えて糸が出てくるんです。そして、さくと、ふわぁと雲みたいにふくらむのです。始めは小さいのにお得な気分になります。
でも、どうやって作ってるんだろう。吟太郎さんに聞くと、にこりと笑っていました。吟太郎さんは今、人の姿に化けていないので、姿がかわいい。でも、おっきい。お父さんより大きい。見上げながらちょっと思いました。
「ああ……名前のとおりじゃ。女郎ぎぬ菓子。それはな、女郎ぐ――――――――――――っももももももっ!?」
「人間の女の子にそんなこと教えるもんじゃないわよ? 虫って嫌がられるんだから」
後ろを振り返ると、着物を着たきれいな女の人がいました。吟太郎さんの口には白いきらきらした糸が巻き付いていました。たぶん、この女の人がしたんだと思います。女の人は手がいっっぱい、6本あるみたいです。きっと女郎グモさんです。その後ろに同い年くらいの子がいました。手が6本あります。でも、かっこよくてきれいでした。
「きみ、正岡の?」
その子が聞いてきました。妖怪はけっこう正岡の人か、と聞いてきます。どうやら正岡は有名みたいです、妖怪たちの中では。
うんと答えると、その子はふーん……と面白そうに笑ってじーっと見てきました。そして――
プシッ
……なんか、おでこにくっついた。男の子を見ると笑っていました。指を私に向けて笑っています。指からはきらきらきれいな糸が出ています。それがおでこに伸びてくっついていました。この糸、なんだか見たことがあるのは気のせいかな。
「とっろぉ! つか、面白い顔ぉ! 正岡の娘最高!」
ゲラゲラ笑うくもの子。悪戯されたけど、笑っているその子の顔がかっこいいから、どうしていいかわからない。ほっぺたなぐったらもったいない気がする。
「こら、おやめなさい。この小娘、困ってるじゃないの」
女郎グモさんはほほえみながら言いました。女郎グモさんはやっぱりきれいです。黒いゆかたを着ている姿がお似合いです。きらきらきれいなゆかたで、ちょっと着てみたい。
すると、ふと女郎グモさんが綿菓子を見ました。
「それ、買ったんだ」
「おう、おいしかったってさ。な?」
吟太郎さんは聞いてきたので言いました。すっごくおいしくてきれいで大好きですって。
すると、変なことが起きました。くもの子が真っ赤になっているのです。
「な、な、なんでそれをっ」
「おいしくて、きれいで、だぁいすき……ってさ?」
なぜかにやにやしながら女郎蜘蛛さんが男の子に言いました。どうしたのと私が聞くと、その子はただぱくぱく口を動かすだけです。……金魚すくいの金魚みたい。それに顔が赤いし、りんごアメみたい。
「~っ」
じぃっと見ていると、くもの子は逃げていきました。私のおでこには糸がぶら下がっています。……おでこから毛が生えたみたいで嫌だ。
「思春期ね、うちの子も」
「若いなぁ」
女郎蜘蛛さんと吟太郎さんは一緒にうなづきました。どうして若いって言ったのかはさっぱりわかりません。大人の話すことは意味不明です。
そうしていると、お兄ちゃんが帰ってきました。……おでこに毛を生やしてどうしたんだと言われた。ムカついた。わざとしてるんじゃない。
*
……というふうなことがありました。その後鬼火と妖火の舞がありました。これは花火みたいだけどちょっと違っててすごくきれいでした。また、ハロウィンにもお祭りがあるみたいなので、妖怪の祭りに行ってみたいです。今度ははくろ様と一緒に!』
「ほー、あの時にそんなことがあったんだぁ」
ふむふむとナナトが面白そうに言った。その言葉を合図にあっしは映像を送るのをやめた。すると、あっしらの目の前には元の正岡の書物室があった。少々目が慣れるのを待つとあっしは首を鳴らした。ちょいと長かったな。肩がこっちまった。
倉子とナナトから離した左手を日記にそえると、あっしは文章の上に描いてある絵を見た。そこには鬼火舞を背景に、吟太郎さんと手をつないでいる綺子の絵が描かれていた。手には女郎蜘蛛ぎぬ菓子を持っているらしい。
確かにそういえばそんなことがあったような気もする。急に祭りを始める言い出したって事が前にあった。……何のための祭りかいなと思ってたけど、こういう経緯か。まぁあっしはそん時、祭りには参加しねかったけど。人ごみがそんなに好きではないんでね。まぁ鬼火舞だけは見たんだがよ。あれは綺麗だったねー。
ふと、何かを見落としている気がして、あっしはもう一度綺子の絵日記を読み返してみた。ノートの表紙を見、一からページをめくっていった。結構綺子はこういうことにはまめな性格なのか、毎日飽きずに絵つきで日記が書いてあった。しかしいくら探しても、やっぱりどこにもあれがない。
「覚~どしたの?」
「んー、担任の先生のしるしがねーんでさ。見ましたってしるしの。その上どこのページにも先生のコメントがねーの」
「……ん? あっ、そうだね」
「に゛に゛」
後ろから覗き込んできた倉子とナナトはお互い顔を見合わせるとうなづいた。ということは、この日記は提出してないのか。ま、どうでもいいけど。
最後のページになってノートを閉じようとすると、ふと目に「コメント」という字が飛び込んできた。しかも、綺子の字だ。
「おお? なんか書いてるね」
身を乗り出して言うナナトが口を出して読み出した。
「え~と、『これは本当のわたしの絵日記だけど、みんなのことを書いちゃってるから先生に渡せなかったのです。でも、これが本物です。だから残すことにしました。』……ってへーっ。そうなんだぁ」
ナナトのそばで倉子も綺子の文面を呼んで納得していた。確かにどのページにも妖怪のことについてばかり書いてあった。まったく、妖怪が綺子の生活の大半みたいだなぁ。むしろ、正岡家では妖怪に関する話や勉強は必須で、当然夏休みもある程度の時間そのことで費やされている。当然かも知れねー。で、当然一般の学校ではそういうことを話せるわけがねーわな。
「そういえば、あっしらのこと書かれたもの出したらだめなんだったな。妖怪のことはご法度ってね」
ポリポリとほっぺたをかくとあっしはあくびをした。だいぶ涼しくなってきたため、眠気が襲ってきたんだ。妖力を使ったせいもあって、ちょいだりー。って言うか、綺子は二つも絵日記を書いたってことかねー? しかも一つはでっち上げの。そりゃご苦労様さね。
「ねぇね! 覚! 次のもやってよ」
「もっともっと!」
隣でナナトと倉子がぐいぐい髪を引っ張ってきた。なぁんだぁ? 我侭なやつらだね。あっしは眠い。
「あぁん? もうしまいさね、し・ま・い」
そう言うとあっしは書物室の床にごろんところがった。ひんやりと冷たさが伝わってきて、なんだか気持ちいーわ。書物室に来てほんと、正解だったわ。
そのまま倉子とナナトの抗議の声を無視して、あっしは壁の小さな窓からもれてくる光に目を細めた。
綺子は正岡邦雄の母です。
ちなみに彼らがいる地下書庫は彼女の家ではなく、正岡本家の地下書庫です。