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正岡家と妖怪 (短編集)  作者: 名城ゆうき
季節もの小話3
20/21

今日も彼はやってくる2


「足速いなぁ錦は」


 すたすたと歩いていく錦にやっと追いついて邦雄は一息をついた。錦の手には通学カバンともう一つ、大きな紙袋がある。だから歩きにくい上歩幅は邦雄の方がある。そのため彼が錦に追いつくのなんて造作もない。

 追いつかれて観念した錦は溜め息をつくと、ピタリと立ち止まった。すると邦雄も同じく足を止めた。


「どした?」

 

 不思議そうに笑顔で聞く彼をよそに、カバンに手を入れると錦はずいっと手にしたものを突き出した。


「……これ」


 邦雄が視線を下にさげると、そこには金色の留めで結ばれた小さな袋。心なしかそれから香ばしいにおいが漂ってきた。そう、つまるところあれである。かのお菓子が入っているのである。

 その袋を受け取ると、邦雄はとてもうれしそうにまばゆい笑顔で錦に近づいた。


「あ、ありがとっ」


がっ


「……どういたしまして」


 邦雄の両手首をなんなく両手で受け止めるようにつかんだ錦。邦雄が抱きつこうとしたのである。それを予期したのだ。その手つきや反応はずいぶん手馴れている。長年の付き合いのなせる技なのだろう。

 彼の手を離すと、ふいに錦は考え込んだ。

 ……やっぱり計画は実行すべき、かな

 そう思うと錦は邦雄へ振り返った。


「それから」

「なんだ、錦」


 見ると柔らかで優しい眼差しを向けてくる邦雄。

 思わず顔をそらして、近くの壁に手をつく錦。

 バレンタインのプレゼントをもらえた邦雄はいつもの笑顔以上に輝いていた。嬉しさと幸せオーラ満開のため、さらに彼のまとう空気までも柔らかい。それは気の毒なことに錦の心臓にはかなり悪いものらしい。


「……っ」

「ん?」


 自分の行動によって錦が困っていることにはまったく気づかない邦雄。そのまま優しい笑顔を向ける。


「……じ…ない」

「ごめん、もいっかい言って?」

「学校で私の方をじっと見ないこと念を送らないぼうっとしないこと」

「え」


 急に長文を一気にまくし立てる錦に少々驚いた邦雄。普段あまり彼女は長いセリフをしゃべらないのである。錦は邦雄に詰め寄ると、きっと睨んだ。


「チョコも出したらすぐ食べるか家に帰るまでカバンから出さない見ない視線を送らないこと」

「う」

「これ、全部約束して」


 妙に迫力のあるきっぱりとした言い方にたじろぐ邦雄。これだけのセリフを睨まれながら言われたらたじろぐのも無理はない。すると錦は一瞬なにかを躊躇するような様子を見せたが、少しして邦雄の方へ顔を上げた。


「守ったら」


 一間の後、彼女ははっきりと言った。


「もう一つなにかあげる」

「……おっけ」


 そう邦雄がうなづくのを見届けると、錦はさっと向きを変えて学校へと足早に向かっていった。少し呆気にとられて彼女の去っていく姿を見ていた彼を残して。

 しばし静止していた邦雄はやっと学校へ向けて歩き出した。妙に何かを考えているようである。

 先程錦からもらった袋をじっと見ると邦雄はぽつりとつぶやいた。


「……もう一つ、もらえるのか?」


 その言葉には底知れない喜びがにじみ出ていた。






  *  *  *  





「……なにあれ」


 教室の中。

 バレンタインのためかやけにいつもより賑わっている。後からこっそり机に本命チョコを忍ばせようと企む者はさておき、朝から公言カップルのチョコ渡しや義理チョコの配布、友達にプレゼントの交換に励むクラスメイト達。

 そんな中、一通りクラスの女子一同より義理チョコ配布を追えた錦の友・三成つゆき(みなりつゆき)がつぶやいた。その視線の先にはぼおっと幸せそうに外を見る正岡邦雄の姿。心なしか、クラスメイトの何人かはあきれた顔でちらりと邦雄を見ている者もいる。

 そんな彼女の言葉に視線を邦雄へ向けると、朝っぱらからマシンガンハイテンショントークをぶっ放す別の友、月原来流わちばらきたる


「あははははははっ、クニさんどーしたのかなーっ!? 顔がうれしさにじみ出て染み出て洪水あふれてにやけてますよっ! これはこれはなに? もしやもしやあれですかい!?」

「バレンタインとは言え今日の正岡、変? ま、いつも頭のねじはぶっ飛んでるけど」


 しらけた視線を幸せそうな邦雄に送ると、つゆきはチョコクッキーを口の中に放り込んだ。ちなみに錦が作ったものである。さっそく友達に渡したらしい。


「あれ、何持ってんだろ」


 そばにいた他の友達が邦雄の手に握り締められているものを見た。そこには先程錦が渡した袋があった。錦が彼女らに渡した包みとは違うデザインだ。


「なになにうお!? なんとあれはチョコではありませんか隊長! やはりチョコですよ隊長! なるほど、それでクニさん幸せ満開桜満開春うららなのでありますね!」


 ちらりと「隊長」を見る来流。そこには普段と変わることなく無表情の吉良錦が自分の机で彼女の分のクッキーをほおばっていた。するとふうと溜め息をつく錦。


「ん?」

「あれ、普通に、戻った?」


 まわりで邦雄の様子を見ていた者が意外な感じで声を上げた。

 彼らの視線の先には上機嫌なものの、先程みたいにぼおっとしたり、上の空、あちらの世界に飛んでいますな雰囲気はなくなっている。そして手には袋もなくなっていた。


「なんなんだ、あれ」

「……予防対策」 


 急に態度が普通になった邦雄につゆきが不気味なものを見たような表情をすると、錦はほっと息をつきながら言った。


「予防対策?」

「これで念と視線は私には向かない」


 静かに言う錦を見つめしばし、沈黙する友達とクラスメイト達。


「ああ……」

「……なるほど去年は大変だったもんね」


  同情の眼差しを向けながら皆は意味がわかったらしい。変な暴走を起こさないように錦はあえて先手を打ったと言うことを。


「あっつい視線で始終見つめてたよね。チョコを」

「でもでもいつまでもつかなクニさんは! あの男は錦ちゃんを見てるのが生きがいみたいな感じだし? いや待て待て、錦隊長が対策を立てたからにはそうとも言い切れない? うーん?」


 いやだいやだと手を振るつゆきと首をかしげながら話す来流。イベントのためかつゆきはいつも以上にうっとおしそうで、来流はいつも以上にハッスルしている。


「なんというか、いつも大変だよね吉良さん」

「俺達もなにかあったら協力するしガンバ」


 いつの間にかクラスメイト達は錦を励ますように声をかけてきていた。

 日頃の邦雄の暴走っぷりを見ている彼らは今日は特に暴走するんじゃないかと秘かに思って注目していたのである。何気に知れ渡っている錦と邦雄である。

 しかしバレンタインだというのにこの日だけ妙に正岡邦雄は大人しかった。そんな珍事に驚きを隠せぬクラス一同。一部ではそんな邦雄に物足りなさを感じた者もいたとかいないとか。実は期待していたとかいうクラス一同。

 後にこの珍事の話は学年中に広がったという。何気に有名人な邦雄であった。



  *  *  *  


 時間はそれから早くも過ぎ、放課後。

 学校から帰った邦雄は自室でいつもになく上機嫌な様子でベッドに腰掛けていた。


「ふーん」


 この上ないほどの嬉しさがにじみ出たその声。顔にも気持ちが隠しきれないようで笑みがこぼれている。


「ブードゥードール、か」


 指につりさげた物を目の位置まで持ち上げると、彼はさらに笑みを深めた。そこには輪っかのひもがついた人型の小さな人形があった。おそらく携帯のストラップかキーホルダーの類だろう。ひもをぐるぐる巻きにして作った、ある意味わら人形ともミイラとも似ているようなそれは、くりくりとした真ん丸い黒の目がついていて意外にどことなく可愛い。

 学校から帰った後、約束を守った邦雄は錦に家の前で包みを渡されたのである。自分の部屋の中で開けろということで、急いで邦雄は自室にこもった。そして出てきたのが今彼が手にしている人形なのである。


「ちまたで売ってるやつか」


 邦雄が人差し指でつつくと、ぷらりと横に揺れる人形。

 たまに女子が携帯やカバンにつけているのを邦雄は見かけたことがあった。それでこの人形の存在は知っていた。だが本来、ブードゥードールとは個人的に作られる呪具的なもの……などと彼は考えていたが、そこで邦雄はその考えを止めた。

……錦がくれたやつならなんでもどんなものより最高にいい

 顔をゆるませると、彼はじっと人形を見た。

 真ん丸い黒い目で無表情にこちらを向く人形。


「こいつ、錦みたいだな」


 くすりと笑うと、オレンジの体の人形を見た。

 オレンジ……

 災難事故からの守護、だっけ

 錦がそうと知って買ったものかはわからないが、どちらにしてもお守りをくれた事実は変わらない。そのことが勝手ながらもとても嬉しくて胸が温かくなった邦雄。


「かっわいー」


 錦だけに向ける柔らかで優しい笑みを彼は人形に向けたのだった。





「邦雄が不気味だ」


 邦雄の部屋の外に影が二つ、焚之助と邦雄の母――綺子の姿があった。少し部屋のドアが開いて微妙に中が見える状態だったため、おやつを持っていってあげようとした焚之助ははたからしてみれば小さな人形を愛でる邦雄の姿を一部始終を見てしまったのである。誰からもらったか予想はついたとしても、見た目はかなり危ない。そんな感じで中に入るのをためらっている所綺子が現れたのである。


「いつものことじゃない」


 くすくすと笑う綺子は楽しそうに自分の息子を見た。だがその息子はというといっこうにこちらに気づく気配がない。


「いつくっつくのかなあの二人は」

「くっつくの確定なんだな」


 一緒になって笑う焚之助はそっとドアをノックした。



(完)



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