バレンタインはお菓子の日
一応妖怪視点です。
ぱたぱた……
ぱたぱた……
廊下を走り、弾む吐息。
胸に抱えたはち千切れんばかりの白い風呂敷を大事そうに抱える、幼い手。
走っているのは7歳くらいの子どもで少年とも少女とも言える面立ちをしている。髪は首にかかるくらいのショートで、黒髪がさらさらとなびいていた。服装はからし色のタートルネックで、厚い生地のズボンを履いた足は軽やかに床を蹴っている。その後をひらひらと尾のように首にかかった深緑と白の縞々のマフラーが揺れている。なにが嬉しいのか、風呂敷をちらりと見ると子どもは笑みを深めた。気のせいか子どもの目はきらきらと輝かせながら一瞬悪戯っ子の光を帯びた。しかしそれはすぐに目的地へ視線を向けられた。
右手に曲がり、その一番奥の部屋。
それが子どもの目的地。
「みーんなぁー!!」
子どもは勢いよく渡り廊下を突っ切ると、一番奥の障子の部屋の前で急ブレーキをかけ、ばっと障子を開いた。
するとそこには一斉にこちらを振り向く13個の顔。一番幼くて3歳、上は16歳くらいの少年少女が部屋の中でくつろいでいた。
一つ言えることは彼らは皆、娯楽にふけっていたと言うことだ。
高々と回りに本の山を積み上げながらたたみの上を寝そべり漫画を読む者。
テレビ画面に向かってWIIでゲームをする者。
何人かでトランプをする者。
丁度今しがたまで、色鬼をしていた者。
もうやりたい放題な状態だが、ここに咎める者は誰もいない。ここは正岡家本家の奥座敷。古来から妖怪を家学とし、ともに暮らしてきた一族の家。それにある程度の粗相は見逃される。それは――――彼らは全員、『座敷わらし』だからである。
よくよく見ると、座敷わらし特有の髪の毛が赤茶げた子どももいるし、むしろモップみたいな風貌をしている者もいる。そしてどの者も皆、子どもらしからぬなにかしら静かで深く老成した色を瞳に秘めていた。
「あ、ななちゃん」
「お、ななとだ」
「なんだその風呂敷き」
「つぅか、でかっ!?」
部屋の中にいた子どももとい、妖怪座敷わらし達はそれぞれ興味津々と今しがた入ってきた者――――ななとに言った。そんな彼らににっこり笑うと障子を閉め、彼は部屋の中心まで歩いてどさっと風呂敷をたたみの上に置いた。
解かれた風呂敷の上に広がっていたのはいわゆる山であった。それは皆、クッキーやチョコレート、プリンにケーキ、マフィン様々なお菓子でできた『お菓子の山』なのであった。
「本家からお菓子パクって来た」
「「「「わぁい!!」」」」
瞬間
皆が手にしていたものを置いて砂糖に群がる蟻よろしく集まりだした。
「あ、ちよさん御先にどうぞー」
「なんか今日はどっさりあるね」
「うわなにこの甘おいしいの!?」
「とりゅふー」
「なんか今日ばれんたいんらしーよ?」
「あ、バレンタインか」
「確か優しい牧師さんがころされた日―」
「そう考えるとチョコて、ちぬれって感じだねー」
「うおっぶらっでぃ」
「はあと型えぐぅ!」
「レバー食べちまったよ、レバー」
各々お菓子をほおばりながら感想を漏らす子ども達。言う事がいちいち生々しい。
そんな中、出遅れたのであろう、モップのような風貌をした者がおろおろと後ろから眺めていた。妖怪蔵ワラシの倉子である。しかし、どう考えても輪の中に入るのは無理そうだ。すでにある程度バリアみたいなものが出来上がっているのである。おいしいお菓子が目の前にあるのに食べられない。
「に゛ー……」
涙目になりながら力なく倉子はぽてぽてと部屋のすみに退散することにした。お菓子に群がっている者もある程度満足したら、波が引くだろう。そうしたらもらいやすくなる。それまで待とうというのだ。しかし、やはり一番おいしそうなものからなくなっていくのが常。しょんぼりとする彼女、倉子であった。
「倉子」
ふいに一人でミジンコの物まねをしていると、後ろから声がかかった。この部屋に風呂敷を持ってやってきた彼女の一番の仲良し、座敷ワラシのななとである。
「一緒に食べよ?」
にこりと微笑む彼はそう言うと、マフラーの中から小さなスーバー袋くらいの大きさの風呂敷を取り出して目の前に広げた。
そこには明らかにおいしそうなお菓子が並んでいた。
しかもおそらく皆が漁っている風呂敷の中よりも質も、一人当たりわりあてられる量よりもずいぶんと多い。
見上げるとななとの不敵な笑み。なんともずる賢い彼。
「に゛!」
しかし、そんな彼のブラックな側面に気づくことなく純粋な倉子はただ、曇りなき満面の笑みを浮かべて喜んだ。
「そうそう、みんなには内緒なんだけどね、これ……」
そう言うとななとはポケットからなにかを取り出した。いったいどれだけお菓子を隠しているんだろう。
倉子が覗き込むと、彼の手のひらには丁寧に折りたたんだ包みが乗っていた。少しばかりぼこぼことしているそれを彼女は不思議そうに眺める。するとななとは指でつまんで包みを広げた。そこには飛行機とくま、車と星型のチョコチップクッキーがこちらを向いていた。少しクッキーの焦げ具合が気になるが、なかなかおいしそうである。
「あやちゃんと一緒に作ったんだ」
少し得意げに言う彼。
「あまりうまくいかなかったんだけど、倉子にあげるね」
「……に゛?」
ふいに数が皆と合わないことに気づいた倉子は頭の上に疑問符を浮かべた。
「あ……あいつらには内緒だよ? 絶対。じゃないと大変だから」
「に゛に゛っに゛に゛に゛っっ」
倉子はぶんぶんとまるで箒のように体全体でうなずいた。
合点がついたのであろう。要するにこれらはこの部屋にいる座敷わらしに分けないで自分達で食べるのだ。そしてそれは口外禁止と言う。
ここにいる座敷ワラシを怒らせると怖い。いくら倉子もななとでも、数には勝てない。だから少し挙動不審になった倉子だが、ななとの方は大して心配するわけでもなく、ただ知られたらめんどくさいという程度らしい。
「ん、自分でもけっこういけるよこれ」
ほおばるとちらっとななとは倉子の方を向いた。そこには今しがた彼の作ったお菓子をかじる倉子。
「おいしい?」
もぐもぐと口を動かすと、にっこり彼女は彼の問いかけに笑った。
「に゛! おいしい、ありがと」
余程のことがない限り言葉を話さない倉子に満足そうな笑みを浮かべるななと。
各々幸せなひと時を過ごす、幸運を呼び寄せる子どもの妖怪達であった。