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正岡家と妖怪 (短編集)  作者: 名城ゆうき
季節もの小話2
16/21

正月のお家参り



 1月3日、午前8時ジャスト。


 白い息が口から洩れる。

 青く晴れ渡った空。冷たくも透明で綺麗な色。


「……」


 鳥がちゅんちゅんと鳴く声。

 現在は午前八時。ちなみに一月三日だ。

 毎年とは言え、こんな朝早くから起きるのは正直辛い。辛いのにも関わらず緊張であくびさえ出ない。


「……あー入りたくねぇ」


 オレはため息をついた。

 目の前には年季の入った木製の大きな門。地面に丸い小石が敷き詰められた中庭。まっすぐ伸びた石畳。手入れのいき届いた大ぶりの松。方波見(かたばみ)の紋がついた瓦屋根。

 ここは正岡本家の屋敷、通称本家宅。

 豪勢な日本家屋が眼前にあった。

 毎年、オレらは元旦は父方、須並のじいちゃんばあちゃんの家で過ごす。そして二日は母方の正岡の実家にくる。そこまではいい。

 問題は今日三日の正月のイベント。正岡の実家ではなく、正岡の本家の屋敷に来ること。

 本家格のオレ達家族は絶対本家宅に集まらなければならない。ちなみに父さんは妖怪は見えるけど、正岡の血筋でないから付添い。オレと母さんは正岡次期当主と現当主だから参加は必須。弟の智紀も本家格だからよほど理由がない限り来なければならない。

 つまるところ選択権はなし。

 オレは再び前を見据えた。確かにここに来るとお年玉いっぱい貰えるからいいんだけどさぁ……。

 隣りにいる弟の智紀を見た。オレ以上に顔が引きつっている。母さんと父さんは準備とかで先に入った。くそっ寝坊するんじゃなかった。


「兄ちゃん、俺入んの嫌なんだけど」

「言うな、事態は変わんねぇぞ」


 懇願するように言う智紀にオレは爽やかな笑顔を浮かべた。けれど正直足は後ろに引きたがっている。出来ることなら今すぐ家に帰りたい。あ、やべもう錦にものすごく会いてぇ。


「とりあえずな、準備をしとけ」

「くっそぉ」


 智紀に言うとオレは靴から半分かかとを出した。それに同じくぶつぶつ言いながらもかかとを出すあいつ。

 オレ達がこんな行動を取ったのは別に、おかしくもなんともない。

 そうこれは毎年恒例行事、言わば儀式で、親戚もそんなオレらを行儀が悪いと咎めることもない。

 それには理由がある。

 正岡家にはその広さのわりに、手入れの人や家政婦以外の人はあまりいない。しかしかと言ってがらんとしているわけじゃない。ちゃんと大勢(・・)、そして誰か(・・)はいる。

 それは正岡の意味とその役割に起因する。

 正岡の屋敷は一般には平安時代から続く民俗学者もとい、妖怪学者という変わった家。須並のばあちゃん達はたぶん……この認識。

 妖怪の存在は日本の文化や昔の信仰ということしか一般では認識されていない。けれど、実際は妖怪は実在する。彼らだけでなく、精霊や天使悪魔と言った者達も。

 その中でオレ達は妖怪と人の関係を良好に保つ役割を担っている。実はちょっと日本の政治……国際関係もとい異類関係とも関連しているという、何気にすごいかもしれない家。

 本来は下流貴族の出だった正岡。なのに力をもった理由は、オレ達が妖怪を見る力と惹き寄せる力を持っている一族だからだ。

 ただ、正岡の血筋だからと言ってすべての正岡がこの役割を担っているわけじゃない。血の濃さと能力とは比例しない。ある種、突然変異的に能力が出てくるんだ。だから正岡の血筋が濃かったとしても一般人もいる。

 そして能力の高い順から「分家」と「本家」が分かれる。「分家」は五家。ほとんどの正岡はここに入る。けれど彼らより能力が顕著な残り数少ない者が「本家」に入る。そして正岡当主は「本家」の中でも一番能力を持つ人が選ばれる。それがオレと母さんだったりするんだけど……。

 けれどオレの家族なんて滅多にない例なんだ。さっきも言った通り能力と血筋は全く関係ない。

ちなみに正岡でも能力のない一般人は「分家」でも「本家」でもない。

 だから実際妖怪の仲介役の「正岡」と名乗っているのは、正岡の中でも能力がある人達のみ。

そんな少し変わった正岡家の屋敷にオレ達はいた。

 そう、話を戻すけど、この屋敷がオレ達が向かわないといけない今一番の厄介事かもしれない。

 実は屋敷には別の名前が存在する。

 



別名――――「妖怪屋敷」



 普段、あまり人が住んでいない本家の屋敷は人間の家というよりむしろ、大勢の妖怪達の家。

 その妖怪達が姿を見せるどころか怖すぎるほど静かな気配に身震いした。そう、これは毎年の行事、いや毎回本家の屋敷に来るときは挑まなければいけない、役割。

 唾を飲み込むとオレ達は意を決して叫んだ。



「――――明けましてぇぇぇぇぇ!」

「おめでとぉぉぉございますああああ!!」



 そして智紀と共に全力疾走で門を走り抜けた。


 次の瞬間。


ザザッ


 柱の陰や木の間、屋根の後ろから影が素早く動く。

 影がオレ達のすぐそばに現われる。


「おっかえりぃぃ」

「待ってたゾォォォォ」


 待ち構えていたように方々から妖怪がとてもいい笑顔で出現した。

 魑魅魍魎、座敷わらし、器物の妖怪九十九神。デカい鬼顔の獣のおとろし。

 山が近くにあるから、山姥やら狸の親戚のマミ、雪ん子とか。

 うわっ、件獣までなんでいる!? しかも三つ子とか!?

 色々とつっこみたくなっているとそのうち数人がオレと智紀に飛びかかる。


「お年玉ちょぉだい!」


 語尾にハートマークがつかんばかりに嬉しそうな声が落ちる。無邪気な子どもの垢嘗め。しかしその目は明らからに獲物を狩る者。

 実は正岡の役割は妖怪の仲介、良好に保つという仕事の他に、もう一つ義務がある。それは正岡は妖怪が見える、引き寄せるという能力に加えて、普通の人間よりも生気が並はずれて多いという理由からだ。

 妖怪は人の生気を糧とする。だけど一般人が襲われると後遺症が残ったり、場合によっては死にいたることがある。

 だからつまり――――正岡、特に「本家」は妖怪に生気を吸われるという義務がある。 


「年明けて早々やめんかあああああああ!」

「先に俺らにご馳走食べさせてからにしろってえええ!」 


 オレと智紀は横に飛びずさりながら、他の妖怪達が襲いかかるのを身軽な動きで交わした。


「だからっ本家にくんのやなんだよっ」


 妖怪達を振り払うとオレは全速力で走った。

 いくら義務だからと言っても、血眼な彼らに生気を好きなだけ吸われるのは正岡と言っても勘弁だ。

義務とは言え監査の役人も逃げることを多少は許してくれる。いくら「正岡」でも不死身ではないし、下手したら死ぬ。

 オレは突撃してくる妖怪達をジグザグに避けたり、後退したりしながらなんとか玄関に近づいた。続いてすでに生気を吸われて、多少腕に薄紫の痣を浮かばせた智紀がやってくる。

玄関から先には安全地帯がある。他の本家の皆が集まる部屋、宴会の間に飛び込めばいいんだ。そこは妖怪達は生気を吸うことが出来ない結界が張ってある。特に正月ということで、配慮されたんだ。

 ただし、それまでの難問が三つある。


一. 玄関に入る時はちゃんと挨拶をすること。

一. 靴はちゃんとそろえて中に入ること。

一. 廊下は走ってもいいが、物を壊さない。そして大きな音を立てない。


 それがオレ達が正月で守らないと咎められる厳しい決まり事。

 そして「宴会の間」は365日妖怪達に生気を吸われ続けさせられる「本家」の人に対する情け。



「「「「待ってぇぇぇぇい!!」」」」



 笑顔で接近してくる妖怪達の間を縫って、玄関の扉をオレ達は開けた。


「明けましておめでとうございます! 正岡邦雄です! お邪魔します!」

「明けましておめでとございます! 正岡智紀でっす! お邪魔します!」


 オレらはものすっごく笑顔をふりまきながら玄関に音を立てずに飛び乗ると、

素早く靴を揃えて体を回転させながら廊下を走った。

 これが事前にかかとを靴から出した理由。

 ちゃんと靴をはいてれば時間のロスどころか、もろ、妖怪に押し倒され生気を吸われ放題になっている所。


「生気喰わせろぉぉ!」

「お年玉ぁぁぁ!」


 後ろからよだれを滴らせながら追いかけてくる妖怪達。うわぁやめてくれ、正月は飢えてるのはわかったからせめて今日は休ませてくれ! 

 オレ達は音を立てず疾走する。

 一年の計は元旦にあり。

 今日は元旦じゃないけど今年もやはり、変わらず妖怪に追いかけられる一年を過ごしそうだ。っていうか暗示させるまでもなく事実だし義務だし。

 追いかけられるなら錦だったらいいのにっ。むしろオレが追いかけるしっ。

 そんなことを思いながら自嘲じみたため息をつく。


「つか、せめてものすごい形相で追いかけずに明日まで待てって―のっ!」


 オレが疾走しているのに追いついて生気を少しばかり吸った河童に拳をお見舞いして宴会の間に入るオレだった。なんとか智紀も中に転がり込んだ。

 そしてふと明日のことを思い馳せた。

 三が日が明けた明日は妖怪達にとって通称、「お年玉の日」。年明けから三が日までは生気を吸えなかった妖怪達が解放される日なんだ。つまるところ、生気吸い放題の日。ちなみに正岡本家限定。


「明日、生きてるかな俺ら」

「死んでるな」


 智紀の言葉にオレは答えながら二人してその場にうなだれた。

 須並の元旦は夢のように楽しかったのにっ。正岡の本家宅ときたらっ。


「一生三が日でいいよもうっ。早く真帆に会いてぇ!」

「早く錦に会いてぇ、癒されてぇ、抱きつきてぇ!!」


 そんなオレらに中にいる親戚は憐れみの目を向けたり、慰めにきたり、冷淡に見ていたり、もしくはまったく気にされていない様子だった。






ある年の正岡兄弟達の三が日でした。

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