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正岡家と妖怪 (短編集)  作者: 名城ゆうき
そしていつもどおり奇妙な人の話
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そしていつもどおり奇妙な人の話 7


「派手にやったな……」

 横から再び冷静な声が落ちる。けれど助けてくれる気配がない。ひでぇ。

 そう思いながらなんとか起き上るとあたりを見渡す。

 そして目を張る。

 そこは学校だった。外はもう夕暮れになっていて、橙色の光が窓から差し込んできていた。

 え? オレ今学校っ?

 って言うか、寒っ。

「……邦雄(くにたけ)。大丈夫?」

 静かなソプラノの声にはっと横を見る。そこにはオレのこの世で一番大好きな人が立っていた。そしてその隣にはオレの親友。

 そう、いつものこの二人。

 吉良錦。そして根岸尋二(ひろかず)

 錦は超絶可憐な美少女で、根岸は相変わらずの我関せず男だった。

「そうだよなっ。錦は男じゃなくて、女だしっ根岸も女じゃなく男だよなっどう考えてもっ」

 オレは二人に詰め寄ると確認するように根岸の胸を叩き、錦の方のむ……

バシンッ

 ……を触ろうとしたところで顔面に猛烈な痛みが走った。痛い、錦痛いよ。カバンで殴る必要ないだろっ。

 顔を押さえながらしゃがみこんで悶えていると、上から冷やかな視線が注がれた。

「……吉良、こいつ保健室連れてくか」

「……うん。昨日夜行日で、精気吸われ過ぎておかしくなったのかもしれない」

「ちげぇって!! だからさっ、今のはちゃんと女かどうかの確認をっ」

「落ち着け正岡邦雄」

 再び詰め寄ろうとすると、根岸が真顔でそう言いながら腹に拳を入れて来た。

 ちょ、ひでぇなにこの仕打ち。オレ何か悪いことしたっけ?

「……落としてしまったか」

「……ううん。涙目になってるし、意識、ある」

 首を横に振りながら根岸に向かって答える錦。

 酷い、錦、までっ。

「手ぇつないだのに、あの時は手ぇ繋いでくれたのになにこの落差」

 ぶつぶつと呟きながらオレは時計を見た。四時四六分。そう時間は示していた。

「ったく、顔色悪くしながら寝てたから心配してやったのというのに……」

 ため息をつく根岸の言葉にオレは固まった。

 寝ていた?

 そこではたと思い出す。

 ばっと顔を黒板の前に向ける。そこには誰かが置いていったのか、四角い鏡がこちらを向いて自分を映していた。

 夕暮れ。

 時間。

 鏡。

 キーワードが一つのピースに当てはまる。

「ああああああ―――ーっ!」

 オレは頭を抱えながら叫んだ。

 そんなオレの突然な行動に唖然とする二人。

 大股で鏡の方を近寄るとオレは黒板から鏡をひったくった。

「てめぇ、鏡返しっ。出てこねぇとこの鏡ぶっ壊す!!」


『わわ、待て待てっ』


 そんな声が聞こえたかと思うと、鏡の中からしめ縄を巻きつけた顔ぐらいの大きさのある光る球体が出て来た。

「枕返しのマネ事しやがってなんか言うことあるかてめぇ」

『スマンスマン。丁度いい時間にいい条件でいるものだから出来心でー』

「鏡のお前が枕返しの真似すると碌なことになんねぇんだよっ」

 鏡というのは他の次元や世界に渡るのに使いやすい。合わせ鏡、三種の神器、卑弥呼の鏡。ただでさえ古来呪具として使われていたくらいだ、その力は侮れるものじゃない。

 それが妖怪になって、オレを性別逆な世界に送り込んだ。枕返しと同じ、夢という媒体を使って。

 それがどんなに危険なことか悪戯をする本人はあまり気にしない。

 下手したら帰れなくなっていた、永遠に。

 そしてあのまま帰れなかったら本来その世界に属さないオレは、死んでいたかもしれない。

「ったくよ」

 オレはため息をつくと立ち上がった。それにあわあわと一挙一動に敏感に反応する鏡返し。

「とってくわねぇよ。どっから来たか知らねぇけど正岡本家の宝物庫に連れて行ってやる。他にお仲間もいるし」

 そう言うとそれに安心したように鏡返しは元気よく光り跳ねると、鏡の中に戻って行った。

 それにしても学校にいつの間にこんなもんがまぎれこんだんだ? まぁそういうのが集まりやすい場ではあるけど。

 オレは鏡を手にとって、ポケットからハンカチを出すとそれをかぶせた。万が一再び不用意に悪戯をしないように。

「で、用事は済んだのか?」

 そんなオレの様子を見ていた根岸が何事もなく聞いてきた。錦もオレを見て同じことを問いかけていた。

 この二人は一般人で唯一オレと妖怪とのつながり、秘密を知る存在。錦も根岸も今の出来事を見て、騒ぐことはない。それほどもう、長い付き合いだから。

「ああ」

 自分の席のカバンに鏡を入れながら答えると笑った。

 うなづく根岸。それにふいにオレはじっと見た。

……うん。

 目でなんだと問う根岸。不思議そうに見やる錦。

 オレはぷっと笑うとぽんぽんと根岸の肩を叩いた。

「いや、お前やっぱお母さん似なんだな。女だとそっくりまんま」

「は?」

「ちなみに根岸が女だったら長身でデキる感じの女子だったぞ」

 訝しげにこちらを見る根岸に親指を立てた。心なしか根岸の腕にサブいぼできてら。おもしれぇ。

 滅多にない根岸の動揺っぷりに内心爆笑しながらオレは錦のほうへ向いた。

「んじゃいこっか錦―?」

「保健室に」

 冷静な声でこちらを本気で心配そうな表情で見てくる錦。え? 錦まで引いてる? 引いちゃった?

「熱あるかもしれん」

「いやそれはもういいからっ」

 気味の悪そうな目を向けてきながら言う根岸。こちらもかなり真剣だった。

「冷静に考えてみろっ。オレが変な発言するのは日常茶飯事だろっ!?」

 それに黙る二人。

 顔を見合わせた。

「それもそうだな」

「……確かに」

 いや、言ったの自分だけどそこで正気に戻られるほどだと、オレも傷つくっていうか。と、悩んでいるといつの間にか二人が教室の出口に出ていた。

「置いてくぞ」

「ちょ、待てよっ」

 慌ててカバンを肩にかけると、オレはかけよって錦と根岸の間を割り込んだ。それをため息をつきながらちらりとこちらを見る錦。超ご機嫌でオレは錦の手を取ると歩きだした。

「……手」

「ん?」

 嬉しそうに首をかしげながらオレは錦を見た。オレの穢れのない純粋な笑顔にしばし黙り込む錦。

「……………」

 眉間にしわをよせ、空いた手でこめかみを押さえる彼女。

 あ、今なんかものすごい不満げな表情。やっぱ錦少年と同じように手をつないで帰るっていうのは無理かぁ。

 内心少ししょぼーんとして手を離そうか迷っていると、不意に錦が息をついた。

「一分間だけ」

 その言葉にばっと振り返る。無表情で前を歩く彼女。

 つれなくて、なかなか振り向いてくれなくて。でも愛おしくて可愛くて、誰より大切な存在。

 オレが愛して止まない錦は、今ここにいる。

 少し強く錦の手を握りしめる。

 それに錦がオレを見る。そんな彼女に柔らかい笑顔を向け、オレは言った。

「オレさ……錦が女で、オレが男でよかった。だって、抱きしめることが出来るし、守ってあげられるから」

 そして少し照れくさくなって顔をかいた。

 また呆れた顔を浮かべるだろうか。それでもまぁいいや。錦を好きなのは変わらないし。そう思っていた。

 けれど錦の反応は少し違っていた。

「――――……そう」

 そう言うと、錦は少し眩しそうにそして少し、微笑んだ。


 そして珍しい彼女の微笑みにオレは抱きつこうとしたが、片手で顔面を押さえられ止められた。

 そこは錦少年と同じにしなくていいのにっ。




 ***


もしもってあるじゃん?


現状に100%満足なんてヤツいないだろ

人間誰しもどこかで「もしも~だったら」

って、思うと思うわけ


え? 「思う」が二重にあってへんな言い方?

いやいや、そこツッコミいらねぇって(笑)


とりあえずさ、もしもって

普通に

ありふれたことだと思うんだよな


とてもありふれていて……

― あり得たこと ー


だけどさ

やっぱ思うんだ


今の自分以外

自分は「あり得ない」んだって





***



「錦、オレさでも一つだけ鏡返しに感謝してることがあるんだ」

 隣りで歩く男がしゃべる。一応俺の親友、正岡邦雄。

 実はというまでもなく、俺はずっと奴の隣りにいるのだが正岡は構わず吉良にしゃべりかけている。いつものことだから気にはしない。ただ、吉良が少し気にしている。正岡はそれがわかっているけど、俺がなにも言わないから気にしない。

 そう思っている今も正岡はしゃべり続けている。

「オレ、やっぱり錦好きだわ。例え男だったとしても」

 突然正岡が寝言を言いだした。いや、それもいつもと変わらないか。俺は無視した。

「それは、まぎれもない真実だ」

「……救急車」

「いやいらねぇってっ」

 吉良が携帯を取り出しかけたところで正岡が慌ててそれを制する。

いい加減聞き飽きた夫婦漫才。

 そろそろ俺の存在を二人とも忘れてきたな。

 まぁ、でも……。

 俺は思った。それでもこの場所は飽きなくて済むから、別にいい。

 俺、根岸尋二は夕焼けに染まる空を見上げながら、奴らの好きなようにさせていた。

 橙色の空。

 綺麗だな、夜ご飯なんだろう。





(終)


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