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その5

「……とりあえず、落ち着いた場所で話そう」


 どこか気まずげな表情になったサミュ様がわたしをエスコートするように促した。

 わたしの腰に回された手はしっかりとしていて、わたしを大事にしてくれているようだけど……?


 サミュ様の私室に通され、大きなソファに腰を下ろす。

 お茶の準備に来たマーサに記憶が戻ったことを伝えると、飛び上がるようにして喜んでくれた。

 ……うん、マーサを疑ったことは死ぬまで内緒にしよう。

 とても悪いことをしてしまった……。


「……で、メラニーのことなんだけど……」


 妊婦も飲めるお茶に口をつけてからサミュ様がおもむろに口を開いた。


「……彼女はどうしてか、私とずっと相思相愛だと思っていたらしい。って待て! カップをこっちに向けるな! 落ち着け!」


 ぬるくなっているとはいえお茶をかけられるのは嫌だったのか、サミュ様がお手上げと言わんばかりに両手を上げた。

 仕方ないと、カップをソーサーに戻す。だけどカップの把手に指は掛けたままだ。

 そんなわたしの手元をチラチラ見ながら、サミュ様が続きを口にした。


「本当に彼女とどうこうって事実はないんだ。これっぽっちも! 俺が君に一途だったのは、記憶が戻ったんならわかるだろう?!」


 サミュ様の一人称が俺になっちゃった。

 これはちょっと本気で余裕がないってことね。

 確かに、なんだかんだとサミュ様はわたしをずっと想ってくれてたそうだ。

 ……婚姻式の夜、いわゆる初夜でその想いを情熱的にぶつけられた記憶まで浮かび上がってきて、頬が熱い。

 カップの把手から指を外す。こ、これは別に……っ! 熱くなった頬を押さえるためだからね!


「だけど、向こうはそう思ってなくて……。というか勝手に思い込んでいたらしい。俺と相思相愛だと。いつかリアを亡き者にして、自分を後妻に迎えてくれるはずだと……!」


 忌々しいと呟くサミュ様の顔は怒りに歪んでいた。

 こう見てみると、わたしが二度ほど階段から落ちた時に見せていた歪んだ表情は心底焦っていたからの表情だということが分かった。

 それがわかるほどに表情が違っている。

 それをどこかこそばゆく思いながら、続きを促した。


「だが、いつまでたってもそんな気配がない。ただリアがなかなか妊娠しないことで優位な立場に立っていると思い込んでいたらしいが……。それも結局、俺のせいだし……」


 そう言えば……とまた記憶が湧き上がってきた。

 わたしが18になって直ぐ夫婦になったわたしたちだけど、最初の1年は避妊していたのだ。

 ……サミュ様が、義兄妹ではなく、恋人として、愛し合う夫婦としての時間をちゃんと持ちたいとおっしゃってくれたから……。

 その時を思い出して、再び頬が熱くなった。

 そんなサミュ様のお言葉を汲んで、というかわたしも新たな関係を楽しみたくて頷いて。

 でも約束通り1年で避妊を止めた。その結果、無事妊娠したわけなんだけど……。


「リアが妊娠したというのを聞いて、焦ったらしい。リアが階段から落ちたのは……メラニーが突き飛ばしたからだ」


 ひゅうと喉が鳴る。

 だけどどこか予想もしていた。

 わたしが階段から落ちてから屋敷を出されたメラニー。

 さすがにわたしのうっかり階段落ちでメラニーが監督不行き届きの責任を問われる訳がないのだ。

 だからこそ……。

 あのサミュ様の表情なのだろう。夢で見た、いや実際に目にしていたサミュ様の形相を思い出す。

 わたしはメラニーに背を向けていて見えなかったけど、前から歩いてきてたサミュ様には見えていたはずだ。

 メラニーがわたしを突き飛ばした瞬間を。


 そしてなんとかわたしを庇って……。

 だけどわたしは頭を打った衝撃で2年分の記憶を失っていて……。


 居ても立っても居られなくなって、対面のソファに座っていたサミュ様の隣に陣取る。

 僅かに震えるサミュ様の手をぎゅっと握り締めた。


「大丈夫ですよ。サミュ様がかばってくれたから、大事に至りませんでしたし。お腹の赤ちゃんも無事……なんですよね?

 ちょっと2年分ほど忘れてしまいましたけど、こうして思い出しましたし……」


 ぎゅぎゅっとさらに身を寄せれば、サミュ様の腕が回されて抱きしめられた。

 反対の手が、わたしのお腹をそっと撫でる。


「あぁ、この子は無事だった。あの瞬間、君も……この子も失っていたかと思うと、今でも手が震えるよ……。本当に……何を勘違いしていたんだか……」


「あの後もメラニーが屋敷に来ていたみたいですが……?」


 そう問いかけてからしまったと口を噤む。

 あの時サミュ様に窓へ近づかないよう言われていたんだった……っ!

 案の定、ギラリと青い目を煌めかせたサミュ様がわたしを睥睨した。


「……ほぉ? どうしてメラニーが屋敷に押しかけてきたことを知っているのかな?」


「いひゃい……いひゃいでふわ……。にんふにやひゃひくしてくらひゃい……」


 何を言ってるかわからないな? と首を傾げるサミュ様。

 ほっぺたを引っ張るのは止めてくださいな。


「まぁ、あれを見ていたということは、メラニーの訳の分からない叫びも聞いていたと思うが、そんなことを彼女に言ったことも、思ったこともないことを我が血に誓おう」


「いきなり重いですわサミュ様」


 血に誓うのはもっと特別な……いえ、愛情は特別なんですけど……。

 むしろサミュ様なら言いかねないと、記憶が戻った今なら信じられる。

 ……色々疑ってしまったことは、お墓までもっていこう。

 

「俺の愛を信じられなくなってた君が悪い」


 ……バレてる気がする。


「と、ともかく! メラニーはあの後どうなりましたの?」


「どうもこうも……。あの後も、憲兵の屯所で妄言を繰り返していたし、その中には君の命を脅かす話もあったから……。普通に二度とお目に掛かれない場所へ行ってもらったよね。メラニーの妄言に騙されて、実家の男爵家も調子に乗ったことを吹聴していたようだし、やっぱりご家族は一緒にいてこそ……だよね?」


 そう言って冷たく笑うサミュ様に、ちょっぴり怯えてしまったのは内緒にしておこう。

 

 ……バレてる気がするけど。


 逃げを打った身体が少しだけソファから浮き上がってしまったのを目ざとく見つけられ、ぐっとソファに戻された。

 

「で?」


「で? とはなんですか?」


 吐息がかかりそうな距離までサミュ様の整った顔が迫る。


「ちゃんと思い出してくれた? 俺は君の義兄ではなく夫であることを……」


 ちゅっと僅かな擦過音と共に唇が奪われた。

 そうだ。

 今ならこんなことをしても許される仲なのだわたしたちは。


 記憶を失っている間のことを思い出す。

 お義兄様の奥様を見たくないがために、早くどこかに嫁ごうとしていたわたし。

 それは本当に18になる直前のわたしと同じ思考だった。


 結局のところ、記憶があってもなくてもわたしはお義兄様が、サミュエル様が好きでたまらないのだ。


「もちろんですわ。旦那様。……でもあの日のやり直ししていい?」


 コテリと首を傾げれば、同じ向きにコテリと首を傾げるサミュ様。


「あの日……?」


「そう。階段から落ちる前、愛しい旦那様にお伝えしようとしていたことを……改めてお伝えしてもいいですか?」


 そう言ってサミュ様の手をとって、自分の下腹部へと押し当てる。

 さっきまでなんにも感じてなかったけど、記憶が戻った今は、お腹の中に確かに存在を感じた。


「旦那様……子供ができました」


 お腹にあてたサミュ様の手を自分の手で覆って、僅かに震える唇で笑みの形を作る。

 じんわりと目尻を濡らす水滴の気配を感じながら、愛しい旦那様を見上げた。


 その先に在ったのは。

 同じように青い瞳を潤ませる愛しい愛しいサミュエル様の満面の笑みだった。


最後までご覧いただきありがとうございました。

ご評価、お星様、ご感想、いいね等々お待ちしております。


本企画主催の氷雨先生! 素敵な企画をありがとうございました!


という訳で、逆シークレットベビー物でしたー。

ベビーの存在を隠されているのが夫ではなく妻の方だったという……(汗)

最初の案だともうちょっとサスペンス色が強かったのですが、企画期間中に書き終わらなさそうということで、シンプルに終わらせてみました。

改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!

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