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その3

「……寒いわ……」


 モソモソと腕を動かせば、慣れたぬくもりに触れた。

 慣れ親しんだぬくもりに身を寄せて、へらりと笑う。


 うーんこれこれ。

 これが欲しかったの。

 これが足りなかったの。


 どうやら2年分の記憶を失った階段落ちからこちら、寝台で眠りについてもどこかが、何かが足りなくて落ち着かなかったのだ。

 それが今、腕の中にある。


 頬を摺り寄せるようにすれば、ぬくもりにぎゅっと抱きしめられた。


 ……抱きしめられた?


「……へぁ?」


 動くぬくもりにさすがに不信感を抱いて目をあける。

 見上げた先にあったのは綺麗な青い瞳。

 輝石にも例えられるそれが、どこか面白そうに輝いていた。


「……お義兄さ……ま? ……お義兄さまっ?!」


 ガバリと身を起こせば、わたしに回されていたお義兄様の腕がわたしの身体を滑り落ちていった。


「おはよう。リア」


 そう言って笑うお義兄様は控えめに言って美しかった。

 寝起きでも美しいってどういうことかしら?

 わたしなんて髪の毛はぐしゃぐしゃだし、なんとなく顔全体がむくんでる気がするし……。


「あ……」


 驚いて口を隠す態で口元を確認する。

 よし、涎は垂れてない。


 ……じゃなくて。


「な、なんでお義兄様がわたしの寝台にいるの?!」


 そう。それだ。

 さすがにうっすらとだが血のつながりのある義兄妹とはいえ、一緒の寝台で同衾はよろしくない。

 むしろうっすらとしか血がつながってないんだからさらによろしくない。

 ちょっとだけ怒ったふりをしながらお義兄様を睨みつけた。

 んだけど、どこか飄々とした表情を浮かべたお義兄様が面白そうに口を開く。

 

「濡れ衣だよ。だってここは……私の寝台だし……」


「……へ?」


 くるりと部屋を見回す。

 ここは屋敷の中で一番広い寝室だ。

 一番広い、それすなわち当主の、当主夫妻の使う部屋であって、今はお父様とお母様が使っているはずの部屋だ。


 ここが……お義兄様のお部屋?


 頭の中で疑問符を飛ばしていると、わたしの髪が誰かに小さく引っ張られた。

 誰かも何もこの状況ではお義兄様しかあり得なんだけど。

 お義兄様の美しい銀髪とは全然違う、ありふれた紅茶色のわたしの髪。

 お手入れだけは頑張っているから艶々だけど……。


 まるで指通りを確かめるようにお義兄様の長い指がわたしの髪を梳る。

 ひと房摘ままれて、お義兄様の指にくるりと巻きつけられた。


「お、お義兄様?!」


 お義兄様の薄めだけど形良い唇に近づいていく紅茶色。

 髪の毛の先なんて神経が通ってないはずなのに、触れた唇からお義兄様の熱が移って、毛先から頭へ、額を越えてわたしの頬を熱くした。


「……リア……今の君は私の……」


 わたしの髪を解放したお義兄様が、肘をついて上体を起こした。


「ひぇ……っ!」


 お義兄様が身体を起こしたことによって、羽織っていたシャツが乱れお義兄様の真っ白い肌が露になった。

 それは神々しいほどで、とても……そうとても刺激が強かった。

 未婚の令嬢であるわたしが正視していいものじゃない。ないったらない。

 

「ひぇぇぇぇぇ」


「リア? どうした? 具合が……」


 見てはいけないものを見た気がして、顔を覆って伏せてしまったわたしの背中に温かいものが触れる。

 恐らくお義兄様の手のひらなんだけど……。

 さっきの光景が目の裏に焼き付いていて、お義兄様の手のひらからじんわりと移る熱に胸が高鳴る。

 ドッドッドと寝起きではありえない鼓動を抱えて、わたしはマーサが探しに来るまで、お義兄様のだという寝台の上で丸まっていたのだった。


 

◇ ◇ ◇



「それにしても……お父様とお母様のお部屋が、お義兄様のお部屋って……どういうこと?」


 あの後わたしが寝台にいないことを心配したマーサが、お義兄様に報告に来て……。

 お義兄様の寝台で恥ずかしさに身悶えているわたしを、どこか微笑ましげに見つめてわたしを回収してくれた。


 なんとなくお義兄様と顔を会わせるのが気まずくて、部屋で朝食をとってほっと息を吐いた今。

 やっと思考が正常に働きだしたのか、当然の疑問が浮かんできた。


 今朝、わたしが目を覚ました部屋はこのお屋敷の主寝室。当主であるお父様とその妻であるお母様のお部屋だ。

 そのはずだ。

 なのに……今日目にした部屋の内装は記憶にある物と違っていた。

 落ち着いた雰囲気が好きなお父様とお母様の趣味で、あの部屋は落ち着いた色味で纏められていたはずだ。

 だけど今朝見た部屋は、白や薄桃色など柔らかでかつ華やかな色で纏められていた。

 それは……お義兄様の趣味……ではないわね。お義兄様もどちらかと言えば両親に似て落ち着いた雰囲気を好む。

 なので、この家であの華やかな、はっきり言えば少女趣味な部屋の内装を好むのは……わたしだけだ。


 いやでも待って。

 主寝室の内装がどうして外に嫁ぐはずのわたしの趣味なのよ。

 そんな訳ないわね。


 そうすると考えられるのは……。


 お義兄様が実はやっぱりご結婚されてて……。

 でもそうなるとその女性の存在と一度も顔を会わせていないのは不自然だ。

 わたしの義姉にあたる人だもの。わたしが階段から落ちたならお見舞い位来てくれるはずだと思いたい。

 ……もしかしてわたしが小姑っぽいことをしていて、嫌われてるとか?

 そんなことをすればマーサたちが黙ってないだろう。わたしが怒られること必至だ。


 じゃあ……どういうこと?


 階段から落ちて目を覚ましてからおかしなことばかりだ。

 自分の記憶に自信が持てない。


 もやもやとした気持ちを抱えながら、文机に向かう。


 記憶がないとはいえ、本当に二年経っているなら友人たちと手紙のやり取りをしたりしているだろう。

 そこにわたしの今の立場や、お義兄様の奥様、わたしの両親のことが書かれているかもしれない。


 だって……。


 このままじゃ疑ってしまいそうだ。


 当主の筈の両親は領地に行って姿を見ていない。

 その代わり当主然と振舞うお義兄様。

 だからってお義兄様はあくまでも当主代理のはずだ。

 主寝室の内装を変えることまでする必要はない。

 だけど変えられていた内装。


 ぞわりと背筋に寒気が走る。

 

 いつか見た悪夢がよみがえる。

 もし……お父様とお母様がいなくて……。

 わたしもいなくなれば……。


 一番得をするのは……誰?


「そんなまさか……」


 一つ頭を振って、不吉な考えを振り切る。

 だってあの優しいお義兄様がそんなことをするなんて……。


 そこまで考えて、ふとこの間の門での出来事を思い出す。


『奥様より私を愛していると言ったじゃないっ!』


 メラニーの絶叫が木霊する。

 メラニーは確か男爵家のご令嬢だったはずだ。

 もし……お義兄様とメラニーが恋仲だとしても、婚姻を結ぶのは難しいだろう。

 こういう言い方はなんだが、我が家にとって利がない。

 お父様も難しい顔をなさるだろう。


 だから……。


 だから?


 だから、お父様を……?


「だから違うってばもう……」


 変な考えを振り払うようにして文机の引き出しを開ける。

 いつものわたしなら、ここに手紙を入れているからだ。


 だけど……。


 文机の引き出しは空っぽだった。

 

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