表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

その1

お越しいただきありがとうございます。

氷雨そら先生主催のシークレットベビー企画参加作品です。

お楽しみいただければ幸いです。

 誰かの悲鳴と怒号が聞こえる。

 それと同時にふわりと身体が浮遊感に包まれた。


 怖い顔をした男の人がわたしの方へ手を突き出している。


 あぁ、どうして……?


 信じて……たのに……。


 全身を襲った強い衝撃と共に、わたしの意識は闇に呑まれた。




「……さま……」


「お……さま……」


「エリアーヌお……さま……」


「あぁ、どうか……お目を開けてくださいませ……!」


 誰かの悲痛な呼び声に暗闇に囚われていた意識が浮上する。

 ずきずきと鈍痛を訴える頭とか全身とかのせいで、再び意識が闇に沈みそう。


「あぁ! エリアーヌ様っ!」


「……まってマーサ……なんだか全身が痛いの……」


 感極まった声でわたしを呼ぶのは、わたしの乳母で現メイド長でもあるマーサだろうと当たりをつける。

 どうやらあたっていたらしい。

 ぐすりと鼻を鳴らす音と共にバタバタと動き始めた。

 他にも人がいたらしい。


「エリアーヌ様の意識が……! 今すぐお医者様と旦那様をお呼びして!」


 マーサが誰かに命じている声がした。

 それにほっと息を吐きつつ、じわじわと痛む全身に思いを馳せる。


 どうしてこんなことになっているんだっけ……?


 誰かが近づいてくる気配がして、うっすらと目をあける。

 視界に飛び込んできたのは、綺麗な青い目だった。


「お義兄(にい)……様?」


 わたしの呼びかけに綺麗な青い目が瞬かれた。


「リア? 俺が誰か……わかるか?」


 不思議な質問だなぁと思いつつ、理解(わか)っていることを正直に伝える。


「お義兄様はお義兄様です。サミュエルお義兄様……」


 お義兄様の青い目が驚きに見開かれた。


「っ! 医師を! 医師はまだかっ!?」


 慌てた様子で部屋を飛び出していくお義兄様を不思議に思いつつ、どこか呆然としているマーサに問いかける。


「ねぇ、マーサ? ちょっと身体を起こしたいんだけど……。そう言えばメラニーはどこ? 彼女に手伝ってもらいたいわ」


「お……くさま……?」


 ギギギと軋む音がしそうな勢いでマーサがわたしを見つめる。

 でも奥様って?


「そう言えば、お父様とお母様は?」


 ()()()を呼びに行くよう指示を出していたはずなのに、この家の主であるはずのお父様が姿を現さない。

 それはとても……奇異に映った。


「先代様は……」


「え? 何を言ってるのマーサ? 先代のおじい様とおばあ様はもうずいぶん前に亡くなってらっしゃるじゃない。そうじゃなくて、お父様とお母様はどこかしら……?」


 わたしの言葉にはくりと息を吐くマーサ。

 慌てたように踵を返して、お義兄様が飛び出していった扉へと向かっていく。


「だだだだ旦那様ぁ!! 奥様がぁぁぁぁ!」


 そう叫びながら去っていくマーサを後目に、わたしは首を傾げた。


「……だから、お父様とお母様は……?」


 残されたメイドたちからの視線が痛い。

 何か恐ろしいものでも見ているかのような視線を送られてしまえば、こちらとしても首を傾げるしかない。

 そもそも窓の外はまだ明るい。なのに寝台で横になっている自分が解せない。

 ずきずきと痛む身体も、頭も、訳が分からない。


「えっと……誰かメラニーを呼んでくれる?」


 部屋の隅に固まっていたメイドに声をかけると、どこか上ずったような声が返ってきた。


「おく……いえ、メラニーはもう……この屋敷におりません」


「……え? どうして?」


 どうして急に? だってメラニーは今朝も……。

 朝の様子を思い出そうとして、ズキリと頭が痛んだ。

 ぞわりと浮かび上がった記憶の中で、わたしは味わったことのない浮遊感を体験していた。


 それはまるで……。


「リア! 医者を連れてきた!」


 怒りの感情に包まれた誰かの顔が記憶の隅に翻った途端、お義兄様の声により記憶は霧散した。

 ちらりと……頭の片隅に綺麗な銀髪が翻ったような……気がした。


「お義兄様……?」


 普段は艶々と輝きを放っている銀糸のような髪を乱したお義兄様が、白衣を纏った人物を引き摺るようにして近くに寄ってきた。

 よく見れば白衣の人は、我が家に昔から出入りしているお医者様だった。


「お医者様? ……わたくし、どこか悪いの?」


 心当たりのないわたしはひたすら首を傾げるしかない。

 そんなわたしを後目にお医者様はわたしの全身、特に頭部を中心に確認していく。


 そして、奇妙な質疑応答が始まった。


「えーっと、さて。エリアーヌ様。ご自分のお名前とお年はわかりますかな?」


「えぇもちろん。それがどうしたの?」


 昔から慣れ親しんだ、それこそわたしが幼い時からお世話になっているお医者様だ。

 そんな今更なことを聞くなんて……変なお医者様。


「念の為ですよ。このおいぼれに改めて教えてくれませんかの?」


「もちろん! わたくしはエリアーヌ・スヴェストル。このスヴェストル侯爵家の娘よ。今年で……十八になったわ!」


「リアッ……!!」


 叫ぶような声がわたしの名前を呼ぶ。

 振り向けは倒れそうなほどに顔を青褪めさせたお義兄様がわたしを見ていた。


「お、お義兄様?! どうしたの?! お顔が真っ青だわ! だ、誰か! お義兄様をお椅子に座らせて!」


 わたしの言葉に、扉の近くに控えていたらしいお義兄様の侍従が飛び込んできた。

 部屋にある椅子を運んでくる侍従を後目に、お義兄様がわたしの寝台横に膝をつく。


「お、お義兄様?! どうなさったの?!」


 縋るようにわたしの手を握り締めるお義兄様のいつにない様子に慌ててしまう。

 だってわたしたちは……決して仲の良い義兄妹とは言えなかったから。


 ……ううん、その言い方は違うわね。

 ぎくしゃくしていたのはわたしだけ。

 お義兄様はいつだってわたしにお優しかった。


 わたしがまだ小さい頃、遠縁から引き取られたお義兄様。

 男子しか家督を継げないこの国で、スヴェストル侯爵家で一人娘のわたし。

 暗黙の了解でお義兄様はこの家を継ぐために引き取られたのだと、誰もがそう思っていた。


 それはすなわち……。


 わたしはこの家をいつか出る存在だということ。

 この家に……不要な存在だと突き付けられたということだ。


 それでも……お父様の熱心かつ厳しい教育を受けながらも、お義兄様はわたしに優しかった。

 遠縁過ぎて見た目も何もかも違う、急にできた義理の妹に気を使ってくれた。


 だから、わたしが卑屈で素直になれなかっただけ。


 ……いつか離れ離れになってしまうこの素敵な人と、無意識に距離を取っていただけ……。


 なのに、これはどういうことだろう?


 お義兄様の距離が近い。めちゃくちゃ近い。

 身内だということを差し引いても近すぎる……。


「リア……。本当に何も思い出せないのかい?」


 わたしの顔を至近距離で覗き込む青い瞳。

 社交の場で宝石に例えられるその美しい瞳が心配そうに眇められてわたしを見ている。


 爪の先まで美しい指先がわたしの額に掛かってほつれていた前髪を梳る。


 あぁ、本当に距離が近い。


「え、えぇ、思い出せないというか……。本当にわたくしは18ではないの? もう20なの? 本当なのお義兄様……?」


 そう。

 驚いたことにわたしは知らないうちに20になっていたらしい。

 どおりでマーサがまた少しふくよかになったなぁと思っていたのよね。


 じゃなくて。


 どうやら屋敷の階段で足を踏み外したわたしは、ちょうど近くを通ったお義兄様に腕を掴まれ、下まで転がり落ちることは免れたものの、手すりに頭を打ち付けてしまったそうだ。

 結果、なんとここ2年ほどの記憶を失ってしまった……ということなんだけど……。


「あの……ね? お義兄様? 少し距離が近いと思うの……」


「いつも通りだよ。リア。ほら、あーん」


 甘ったるい笑みを浮かべるお義兄様に促され口を開くと、我が家の料理長自慢のポタージュが流し込まれた。

 ん、美味しい。ベッドに入ったまま食べる背徳感も相まってさらに美味しい。

 じゃなくて。


「あのね……? お義兄様? わたしが20だということは、そろそろこの家を出てどこかに嫁いでてもおかしくないのよね? なのになんでわたくしまだ……」


 そう。

 そうなのだ。

 まだ18のつもりだったのが、ここにきてどうやらわたしは20らしいという現実が呑み込めてきた。

 そうなってくると気になるのが自分の身の上だ。


 この国では18を以て成人と見做され、令息なら妻を迎え、令嬢ならどこかに嫁いでいく。

 嫁ぐのはまだ先としても、どこかの家と縁ずくために婚約者を立てるのが一般的だ。

 わたしも18になったからそろそろ婚約者の一人もできるのだろうと思っていた矢先の、今回の出来事だ。

 知らないうちに20になっていたわたしに、婚約者の一人や二人……。と思っていたら誰もいないらしい。

 いやなんで?

 スヴェストル侯爵家と縁続きなるのは、結構よいご縁だと思うのだけど……?

 え? そんなにわたしって令嬢として不適格だったかしら?


 ぐるぐると思考を持て余していると、ふにりと唇に何かが触れた。

 ちらりと視線を落とせば、お義兄様の長い指の先に小さくちぎられたパンが挟まっていた。

 口をあけて迎え入れるように催促してくるパンの塊に、しぶしぶと口を開く。


 そう。

 お義兄様の縁談だって……。

 義理の兄になっただけあって、お義兄様はわたしより2つ年上だ。

 それこそ、わたしが16、お義兄様が18になった段階でどなたかをお迎えするなり、少なくとも婚約者を立てると思っていたのだけど……。

 そんな気配は微塵もなく、訊ねても曖昧に微笑まれ……。

 気が付けばわたしが18になっていたから、いちおう直系であるわたしが片付くまでお義兄様の婚姻を待っているのかと思っていたのだけど……。

 それから2年、22歳になったお義兄様の隣に妻の気配はない。スヴェストル侯爵家ってそんな不人気だっけ?

 それでもお義兄様の隣にまだ誰もいないのは事実だ。

 それにどこかほっとしてしまう自分に嫌気を抱きながら、口の中のパンを飲み込んでいく。

 口に出してはいけない想いと共に。


 そんな消化の悪いモノを飲み込んだせいだろうか。

 次にお義兄様が差し出してきたフォークの先に刺さった肉料理の匂いを嗅いだ途端、吐き気がこみ上げてきた。

 う……っとなって口元を押さえると、お義兄様が慌てたように肉料理を下げた。


「ご、ごめんなさい。お義兄様……」


「いや、構わない。……リア、実は……」


 お義兄様が何か言いかけた途端、部屋の扉がノックされた。

 扉近くに控えていたマーサが対応すれば、どうやら相手はお義兄様の執事だったらしい。

 どこか深刻な表情を浮かべた彼が会釈をしてお義兄様を促した。


「お義兄様、わたくしは大丈夫だから……」


「そうか。……マーサ、後は頼んだ」


 聞いたところによると、お父様とお母様は今領地に滞在しているらしい。

 なので、お義兄様はこの家の仕事を一手に引き受けているそうだ。

 長年、この家の次期当主としてお父様の指導を受けていたお義兄様だから、大丈夫だと思うけど……。

 それはわたしの世話という例外がなければという話だ。

 わたしが階段から落ちて以来、甲斐甲斐しくまめまめしく手ずからわたしの世話を焼くお義兄様。

 誰か止めてくれればいいのに、家令も執事もマーサたちも、誰一人止めやしない。

 それどころか、どこか微笑まし気に、若しくはそれが当然であるかのように気にしないのだ。


「……なんだって?!」


 ぼんやりとお義兄様について考えていると、扉の方からお義兄様の大声が届いた。

 いつも冷静で穏やかなお義兄様が声を荒らげるとは珍しい。

 なにかあったのかしらと首を傾げてお義兄様を見ていると、足早にこちらへと近づいてきた。

 お義兄様の突いた手がぎしりと寝台を軋ませる。

 わたしの顔を至近距離で覗き込む青い瞳にはどこかギラギラとした不穏な光が瞬いていた。


「お……義兄様……?」


「今度こそ……っ!」


 引き寄せられぎゅっと強く抱き締められる。

 突然の抱擁を驚くとともに、鼻腔を擽っていくお義兄様の香りに、どこか懐かしさと落ち着きを感じた。

 

 あぁ、この腕の中なら……。


 わたしの知らないわたしがそう呟いた気がした。


「……マーサ、状況が変わった。リアを部屋から出さないように……。あぁ、窓の側にも近づけるな。あと、なるべくリアから離れるな」


 抱擁を解いたお義兄様が、厳しい声でそう伝えると、マーサが心得たように礼をとった。


「あ、あの、お義兄様? マーサはメイド長だし、わたくしに付きっ切りという訳にはいかないでしょう? メラニーを呼び戻してくれれば……っ!?」


 つい最近までわたし付きだったメイドの名前を出した瞬間、お義兄様の整った顔が思い切り歪んだ。

 その変化に驚いていると、冷たい一瞥が降ってきた。


「リア……その名は……二度と出すな」


「え、えぇ……わかったわ……お義兄様……」


 お義兄様の迫力に押され、コクコクと頷く。

 だけど頭の中は疑問でいっぱいだ。

 目が覚めてからこちらおかしなことばかりだ。


 いなくなってしまったメラニー。

 お義兄様に仕事を任せて領地へ行ってしまった両親。

 20になったのにまとまっていないわたしの縁談と、お義兄様の縁談。

 過保護なマーサ。

 そして時折込み上げる気持ち悪さ。


 全てが……かみ合ってない気がする。

 

 ざわざわと落ち着かない気持ちを抱えたまま、わたしはじっと窓の外を見やるのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ