表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

夏祭り編

東京都大会が終わり、緊張の糸がようやく切れた吹奏楽部。

部員たちの間には、久しぶりに明るくて柔らかい空気が戻っていた。

そんなタイミングで、ふとしたきっかけで決まった“みんなで行く夏祭り”。

ほんの小さなイベントが、結月と蒼真にとって

思いもよらない大きな節目へと変わっていく――。

(結月視点)


東京都大会から数日たった放課後。

部室は、久しぶりに穏やかで、ゆるやかな時間が流れていた。


スティックの軽い音を響かせながら、打楽器の玲奈がのびをする。


「ふぅー、なんか今日だけ世界がゆっくりしてない?」


「気のせいじゃない」という蒼真くんの声が、金管ロッカーの前から聞こえる。

落ち着いた声なのに、どこか楽しそうだった。


わたしはクラリネットを磨きながら、ふうっと息をついた。

大会の緊張が抜けて、心にスペースができたみたいだ。


そんな空気の中、部長の麻衣先輩がスマホを掲げて言った。


「ねぇ!休日にさ、みんなで夏祭り行かない?」


「行くー!」「うち浴衣着るからね!」

あっという間に盛り上がる部員たち。


「結月も行くでしょ?」と先輩に聞かれ、

自然と笑顔になって答えていた。


「もちろん行きます!」


すると周りが、なぜかニヤニヤとこちらを見てくる。


「じゃ、蒼真も来るっしょ」


「まあ、行くけど」

その言い方が妙に自然で、


「お前、結月狙いだろw」

と先輩が言った。

周りの部員たちは「はい青春〜!」と盛り上がる。


「なっ……ち、違いますよ!?そういうんじゃ!」

叫ぶわたしを、みんながあったかい目で見る。


この日常が戻ってきたことが、なんだか嬉しかった。


◆ 夏祭り当日・校門前


(結月視点)


浴衣を着て校門に行くと、蒼真くんがこちらを見て目を丸くした。


「……結月、浴衣似合ってる」


その言葉に胸が跳ねた。

心臓が忙しく動きだして、息が少しだけ浅くなる。


「えっ……あ、ありがとう……。蒼真くんも、今日その服似合ってるよ」


周りがすぐに冷やかしてきて、わたしは慌てて否定する。


でも――

わたしの心のどこかは、ちょっとだけ嬉しかった。


◆ 夏祭り巡り


(結月視点)


「結月、あれ食う?」

「食べたい!」


焼きそば、かき氷、チョコバナナ。

屋台の灯りが揺れるたび、楽しい声が増えていく。


写真を撮ったり、ゲームをしたり、

いつもの部活じゃ見られない表情があっちでもこっちでも咲いていて、

みんなで笑い転げた。


ところが、時間が経つにつれて自然と集団は別れはじめ――

気づけば、蒼真くんとふたりで並んで歩いていた。


(蒼真視点)


夏祭りの喧騒を抜け、神社裏の小さな階段に腰を下ろした。

風に揺れる鈴の音が、少しだけ涼しい。


結月は静かに夜空を見上げていた。


沈黙が心地よくて、でも少しだけ胸がざわつく。


「……東京都大会、お疲れ」


ふいに言葉が口からこぼれた。


結月がほんの少しだけ驚いて、

柔らかい笑顔を向けてくれた。


「蒼真くんも。本当にすごかったよ、あのソロ」


頑張ったことを見てくれていた。

それだけで胸が温かくなった。


「結月だって……めっちゃ頑張ってた。

練習でも、本番でも、ずっと」


その表情は真剣で、

自分の言葉じゃないみたいに素直に出てきた。


結月の肩が小さく震える。


――言おう。今じゃなきゃ言えない。


「結月。俺……」


深く息を吸い、結月をまっすぐ見た。


「結月と一緒にいると、なんか落ち着くし、楽しいんだ。

気づいたら……すごく大事な存在になってて」


喉が乾いた。心臓が暴れている。


「だから……俺と、付き合ってほしい」


声は震えていたけど、迷いはなかった。


(結月視点)


蒼真くんの言葉は、

まっすぐ胸に届いた。


驚き、不安、嬉しさ……いろんな気持ちが混ざったけど、

最後に残ったのはひとつだけ。


「……わたしも、蒼真くんといると安心するし、嬉しいし……

もっとそばで支えたいって思ってた」


言葉を返すと、胸の奥があたたかくなっていく。


「だから……よろしくお願いします」


その瞬間、

夜空で大きな花火が開いた。


ぱあん、と鮮やかな光が結月と蒼真を照らす。


ふたりは顔を上げ、

自然と笑い合った。


言葉にしなくても、

気持ちはしっかりと伝わっていた。


(蒼真視点)


戻ると、部員たちは一瞬で空気を察した。


「おかえりー。なんか……雰囲気変わった?」

「おや?カップル誕生?」

「手繋いでるもんね〜」


結月は真っ赤になって手をぶんぶん振り回す。


「ち、ちがっ……ちが……っ!」


その慌てっぷりが可愛くて、

つい笑ってしまった。


みんなの笑い声が重なり、

夏の夜風が優しく通り抜ける。


あたたかくて、幸せで、

この夜がずっと続けばいいと思った。

東京都大会の緊張から解放された、小さな夏祭り。

その何気ないイベントが、

ふたりにとって大きな節目へと変わった。

大会で築いた絆が、

静かに、確かに形を持ち始めた瞬間。

花火の光の中で、ふたりは新しく歩き出す。

夏はまだ続く。

そして――音楽も、二人の物語も。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ