冬のアンサンブルコンテスト編
冬の気配が近づくと、部室の空気はいつもより静かで張りつめていた。大編成とは違う、少人数ならではの責任と緊張。結月は自分の音が“逃げ場のない場所”で響くことに震えつつも、仲間と作る音の温かさに救われていた。蒼真もまた、小さなアンサンブルだからこそ見える後輩の成長に心を動かされる。寒い季節に、熱い挑戦が始まる。
(結月視点)
※私は井上結月。クラリネット初心者だけど、秋の文化祭で少し自信がついた高校1年生。
冬は“アンサンブルコンテスト”っていう少人数の大会に挑戦することになって、
そこに蒼真くんと同じチームで出ることになった。
……楽しみなはずなのに、ちょっと怖かったりもする。
冬になって、グラウンドの端には霜が降りるようになった。
息を吐くと白くなる季節。
放課後の音楽室は暖房が効いていてあったかいけれど、
どこか空気が静かだった。
今日はアンサンブルコンテストのメンバー発表の日。
先輩がホワイトボードに名前を書き出していく。
「クラリネット:井上
トランペット:中村
サックス:藤森
ホルン:成瀬」
え――。
私と蒼真くん、同じチーム!?
心臓がどくんと跳ねた。
「結月、一緒だな」
蒼真くんがトランペットケースを肩にのせながら、
自然と私の横に来る。
「う、うん……! よろしく……?」
「よろしく。楽しもうぜ」
さらっと言われただけなのに、
耳の先まで赤くなる。
でも嬉しい……けど、
少人数アンサンブルは“誤魔化しがきかない”って先輩が言っていた。
私で大丈夫かな……。
(蒼真視点)
※俺は中村蒼真。トランペット経験者で、秋の文化祭で結月の成長を間近で見てきた。
冬はアンサンブル。少人数で、音の距離も心の距離も近くなる。
結月と組めるのは嬉しいけど……あいつ、すぐ自分を責めるからちょっと心配。
結月は発表のとき、
驚いた顔をして、それから嬉しそうにしてた。
その顔見て、
「この冬は良いチームになりそうだ」
って思った。
でもアンサンブルは、大人数と違う。
誰か一人が崩れると全員が崩れる。
結月は真面目だから、
プレッシャーを全部背負いこむタイプだ。
だからこそ、俺がちゃんと支えねぇと。
「結月、練習始まったら前みたいに声かけるから。
困ったらすぐ言えよ」
「う、うん……頼りにするっ」
そう言って笑う結月の顔は、
冬の窓際の光みたいにあたたかかった。
(結月視点)
アンサンブル練習は、
最初から難しかった。
4人しかいないから、
自分の音が全部丸聞こえ。
「結月、ここのロングトーン、あと2カウントしっかり伸ばしてみて」
「は、はいっ……!」
先輩の藤森さんは優しいけれど、
細かくて、緊張する。
でも、やっぱり一番聞こえるのは蒼真くんの音。
トランペットの明るい音が
真っすぐ響いてきて、
私のぐらついた音と並ぶと余計に差を感じる。
――私、足引っ張ってないかな。
練習が終わった帰り道。
「結月、今日の練習どう思った?」
蒼真くんが歩きながら聞いてきた。
「えっと……もっと練習しなきゃって思った」
「そうだな。でも焦る必要はねぇよ。
結月は、ちゃんと前に進んでる」
「そうかな……」
「そうだよ。俺が保証する」
優しい声に胸が少し軽くなった。
でも同時に、
“追いつかなきゃ”
って気持ちも強くなる。
それが少しずつ、私を追い詰めていくなんて
そのときは思っていなかった。
(蒼真視点)
数日たつと、
結月の様子が少し変わってきた。
いつもより口数が少ない。
休み時間も楽譜を見てる。
自主練にもこもっている。
「結月、今日帰り……」
声をかけようとすると、
「ごめん、今日も練習するから!」
そう言って走って行ってしまった。
……なんか、嫌な予感がした。
結月は“迷惑かけたくない”って思うと、
一気に自分の殻に閉じこもる。
本番一週間前、通し練習が行われた。
曲の中盤――
クラリネットの私のパートで音が止まり、
合奏が中断された。
空気が、重くなる。
「ご、ごめんなさい……!」
結月が顔色を失って、
クラリネットを抱えたまま音楽室を飛び出した。
俺は迷わず後を追った。
結月が向かう先は、
いつも気配を消して一人で練習していた屋上。
冬の風が冷たく吹く中、
結月はフェンスの前でうずくまっていた。
(結月視点)
「……なんで、私……」
膝に顔をうずめて泣いていた。
自分でも止めようと思ったのに、
涙が勝手に出てくる。
「迷惑かけてばっか……
私がいると曲が止まる……
どうして出来ないの……」
胸の中の苦しさがあふれてくる。
ドアが開く音がして、
私は顔を上げられなかった。
「結月」
蒼真くんの声。
泣いてる顔なんて見せたくないのに、
足が動かない。
彼はゆっくり近づいて、
でもすぐに触れたりはしなかった。
「……逃げたくなったら、ここ来るって知ってた」
「……ごめん……」
「謝るなよ」
蒼真くんの声は、
冬の風よりあったかかった。
「迷惑かけたくなかったの……」
私はかすれた声で言った。
「私のせいで曲止まったら、
みんなに迷惑だし……
蒼真くんにも……がっかりされたくなくて……」
言葉にした瞬間、
涙がまたあふれた。
「もっとちゃんとできるはずなのに、出来なくて……
自分が嫌になるよ……」
嗚咽が混じるほど泣いても、
蒼真くんは黙って聞いてくれた。
そして――
(蒼真視点)
「……迷惑だとか、がっかりとか、
そんな風に思ったこと一回もねぇよ」
結月が顔をあげる。
涙でぐちゃぐちゃなのに、
必死で話してる目だけは真っ直ぐだった。
「俺は結月の音が好きだよ」
彼女の目が大きく開く。
「上手いからじゃねぇ。
結月の音は、ちゃんと誰かに届こうとしてる。
それがすげぇんだよ」
風で結月の髪が揺れた。
「結月が頑張ってるの、毎日見てるから知ってる。
だから――一人で背負うなよ」
「……でも……」
「頼れよ、俺に」
言ったあと、
胸がどきどきした。
これ以上踏み込んでいいのか迷ったけど、
結月は泣きながら笑った。
「……そんなこと言われたら……
がんばるしかないじゃん……」
その笑顔は、
泣き虫で、でもちゃんと前を向いてて――
俺には誰よりまぶしかった。
(結月視点)
屋上で泣いたのを見られたのは恥ずかしいけど、
胸のつかえが全部とれたみたいだった。
「じゃあ戻ろっか。
……寒いし、風邪ひく」
「う、うん……ありがとう。蒼真くん」
「おう」
音楽室に戻ると、
メンバーがあたたかい目で迎えてくれた。
そこからの練習は不思議なくらい心が軽くて、
音が伸びた。
仲間の音と重なるのが、
怖くなくなった。
(蒼真視点)
本番当日。
雪がちらつく音が聞こえる静かな朝。
結月の手が少し震えていた。
「緊張してる?」
「ちょっとだけ……」
「大丈夫。横にいるから」
結月は小さくうなずいた。
本番は――
完璧じゃなかった。
でも、
気持ちが伝わる演奏だった。
終わった瞬間、
結月がふっと笑った。
「……楽しかった」
その一言で全部報われた気がした。
(結月視点)
結果は銀賞。
すごく大きな賞じゃないけど、私は満足だった。
帰り道、空からゆっくり雪が落ちてきた。
蒼真くんが歩きながら少し照れた声で言う。
「結月と同じチームで良かったよ」
胸がまたあったかくなる。
「……私も。
蒼真くんと一緒でよかった」
冬の空気の中、
その小さな会話だけで十分だった。
アンサンブルの冬は、
きっと忘れられない季節になる。
数分間のステージを終えた瞬間、胸に残ったのは結果よりも、自分たちで音をつないだ実感だった。結月は“怖かった響き”が“誇れる響き”へ変わったことに気づき、蒼真は仲間の音に寄り添う喜びを深く噛みしめた。冬の冷たさと、音楽のあたたかさが混ざった季節。小さな舞台で積み重ねた経験は、きっとこれからの大きな力になる。




