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最後の定期演奏会編

春は、終わりと始まりが同時にやってくる季節だ。

制服の袖は少し短く感じられて、

楽器ケースの重さだけが、なぜか変わらない。


三年生として迎える、最後の定期演奏会。

もう「次」はない。


それでも音楽は、

今日も変わらず前を向いて鳴ろうとしている。


これは、

マーチングバンドで出会った二人が、

“最後の舞台”に立つまでの物語。

(結月視点)


舞台袖は、思っていたよりも静かだった。

照明の熱と、客席のざわめきが、薄い幕越しに伝わってくる。


「副部長、最終確認お願いします」


後輩の声に、はっとして顔を上げる。


「うん。木管、リード大丈夫?金管は――」


自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。

手は少しだけ震えているのに。


譜面台の上に置いたクラリネットを見つめる。

この楽器と過ごした三年間。

泣いた日も、逃げ出したくなった日も、全部ここにある。


「結月」


名前を呼ばれて振り返ると、蒼真が立っていた。

黒い衣装に身を包んで、いつもより少しだけ大人びて見える。


「緊張してる?」


「……してる」


正直に言うと、蒼真は小さく笑った。


「そっか。でも大丈夫だろ」


「どうして?」


「結月がここまでやってきたの、俺知ってるから」


胸の奥が、じんわり熱くなる。


「蒼真……」


それ以上は言えなかった。

今言ったら、きっと泣いてしまう。


――――――――――


(蒼真視点)


開演のブザーが鳴る。

客席の明かりが落ち、舞台に光が集まる。


指揮台に立つ顧問の背中を見つめながら、

俺は一瞬だけ、結月の位置を確認した。


――いた。


当たり前のことなのに、それだけで安心する。


最初の一音が鳴った瞬間、

空気が一気に引き締まる。


体が、勝手に覚えている。

夏の大会、秋の文化祭、冬のコンテスト。

全部が、今の一音に繋がっている。


中盤、結月のクラリネットソロ。


柔らかく、でも芯のある音。

ホール全体が、その音に耳を傾ける。


「……すげぇな」


思わず、そう呟いていた。


トランペットで音を重ねながら、

俺は確信する。


この音楽は、ちゃんと届いてる。


――――――――――


(結月視点)


最後の曲。

フィナーレに向かって、音が積み上がっていく。


息が苦しい。

でも、苦しくない。


蒼真の音が、すぐ隣で支えてくれる。

視線を向けなくても分かる。


――一緒に、ここまで来たんだ。


最後の和音が響き、

一瞬の静寂。


次の瞬間、

割れるような拍手がホールを包んだ。


涙が、止まらなかった。


――――――――――


(蒼真視点)


カーテンコール。

何度も舞台に呼び戻される。


後輩たちの目が赤い。

三年生同士、何も言わずに頷き合う。


結月と目が合った。

泣きながら、でもちゃんと笑っている。


ああ、終わったんだ。


――――――――――


(結月視点)


舞台裏で楽器を片付けながら、

ぽろぽろと涙が落ちる。


「結月」


蒼真が隣に来た。


「お疲れ、副部長」


「……部長も、お疲れさま」


人がたくさんいるのに、

不思議と二人だけの空気だった。


――――――――――


(蒼真視点)


ホールの外。

夜風が、少し冷たい。


「音、ちゃんと届いたな」


「うん……」


結月の声は、まだ少し震えている。


手が触れそうで、触れない距離。

でも、離れる気はなかった。

最後の定期演奏会は、

終わりのようでいて、完成だった。


音は消えても、

積み重ねた時間は消えない。


マーチングバンドで出会った二人は、

同じ音を追いかけ、

同じ舞台に立ち、

同じ景色を見た。


これから先、

別の道を歩くとしても。


あの音は、

きっとずっと、胸の中で鳴り続ける。


――そして物語は、

静かに次のページへ進んでいく。

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