番外編其ノ六『完全デート編』
全国大会が終わって、数日が経った。
朝、目覚ましをかけなくてもいい休日は、久しぶりだった。
結月はベッドの中で、天井を見つめたままスマホを手に取る。
通知は一件だけ。
《今日、完全オフな。デートしよ》
短い文。
でも、その一言だけで胸が軽くなる。
完全オフ。
部長も、副部長も、ソロも、全国大会もない。
ただの高校生で、
ただの恋人として過ごす一日。
それが、こんなにも特別に思えるなんて。
(結月視点)
待ち合わせ場所に向かう途中、心臓がうるさい。
制服でもジャージでもない自分が、少しだけ落ち着かない。
「……早すぎたかな」
そう思った瞬間、視界の端に見慣れた姿が映った。
(蒼真視点)
改札前に立っていた結月を見た瞬間、言葉が詰まった。
私服。
いつもより少し大人っぽくて、柔らかい色。
「……可愛すぎ」
気づいたら、口から出ていた。
「ちょっと! そういうの言わないで!」
「なんで?」
「心の準備が……!」
結月は顔を赤くして、視線を逸らす。
でも、耳まで赤い。
(結月視点)
ずるい。
普通に言わないでほしい。
でも、蒼真が少し照れた顔をしているのに気づいて、
それ以上何も言えなくなった。
「で、今日はどこ行くの?」
「内緒」
「えー」
「ちゃんとデートだから」
“ちゃんと”って何。
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街を歩く。
他愛ない話ばかりなのに、楽しい。
「全国終わってから、初めてだね」
「こうやって歩くの」
「うん」
蒼真は自然に車道側を歩いていた。
気づいて、少し胸が熱くなる。
「……慣れてるの?」
「いや」
「じゃあ?」
「結月相手だけ」
言い方が、反則。
(蒼真視点)
昼ごはんは、小さなカフェだった。
向かい合って座るのが、なんだか照れくさい。
「全国終わった実感、ある?」
「……あるような、ないような」
少し考えてから、言った。
「今こうしてるのが、一番実感ある」
結月が黙ったまま、視線を逸らす。
でも、口元は少し緩んでいた。
――――――――――――――――――――
人混みに出たとき、
蒼真が一瞬迷ってから、手を差し出した。
「……繋ぐ?」
「……うん」
指先が触れて、絡む。
それだけで、心臓が跳ねる。
(結月視点)
こんなに近いのに、
まだ慣れない。
でも、離したくない。
――――――――――――――――――――
川沿いの道。
人が少なくなって、風が涼しい。
「全国のときさ」
「うん?」
蒼真が少し照れたように笑う。
「結月、腰抜けたじゃん」
「忘れて!」
でも、続く言葉は真剣だった。
「守りたいって、思った」
「……え」
「全国とか関係なく」
「結月だから」
胸が、ぎゅっとなる。
――――――――――――――――――――
夕暮れ。
空がオレンジに染まる。
「……私ね」
「うん」
「蒼真が隣にいないと、もう無理かも」
一瞬の沈黙。
「……一生隣にいるけど?」
顔が近い。
息がかかる距離。
「嫌ならやめる」
「嫌なわけないでしょ……」
額が、そっと触れ合う。
それ以上は、しない。
でも、それで十分だった。
――――――――――――――――――――
(結月視点)
帰り道。
手を繋いだまま。
「今日、夢みたい」
「覚めないようにする」
家の前で立ち止まる。
「またデートしよう」
「うん」
普通の言葉なのに、
胸がいっぱいになる。
音楽がなくても、
舞台がなくても、
二人はちゃんと隣にいられた。
それはきっと、
これまで積み上げてきた時間があったから。
青春は、
一瞬で終わるものじゃない。
こうして、静かに、
確かに続いていく。
次に音を鳴らすときも、
きっと二人は、同じ方向を見ている。




