マーチングバンド全国大会編
全国大会の空気は、独特だ。
音の重みも、視線の数も、これまでとは比べものにならない。
三年生。
部長と副部長。
そして、恋人。
たくさんの役割を背負ったまま、
二人は同じフィールドに立つ。
これは、
最高の演奏のあとに訪れた、
少し騒がしくて、少し照れくさい、
忘れられない一日の話。
(結月視点)
本番前の待機エリアは、静かすぎるほど静かだった。
楽器のキーを押す指先が、少し冷たい。
顔を上げると、蒼真と目が合った。
何も言わない。
でも、ほんの一瞬うなずいてくれる。
――大丈夫。
それだけで、息が整った。
フィールドに出た瞬間、空気が変わる。
広い。
でも、怖くない。
演奏が進み、
私のソロが来る。
一音目を出した瞬間、
世界が、静まった。
音は、ちゃんと前に伸びていく。
逃げない。震えない。
――届いてる。
最後の音が消え、
拍手が降ってきた。
私は、やっと息を吐いた。
――――――――――――――――――――
(蒼真視点)
結果発表の時間。
呼吸が浅くなる。
発表者の声が、会場に響く。
「〇〇高校マーチングバンド――
金賞」
一気に、空気が緩む。
「よっしゃ……」
「やった……!」
でも、終わりじゃない。
会場のざわめきが、それを教えてくれる。
続けて告げられる。
「続いて、編成別最優秀賞――
〇〇高校マーチングバンド」
……一瞬、思考が止まった。
次の瞬間、
横にいた結月が、ふらっとしゃがみ込む。
「え、結月!?」
――――――――――――――――――――
(結月視点)
力が、全部抜けた。
「ちょ……待って……」
「立てる?」
「無理……腰……」
周りがざわつく。
「食事会場、どうする!?」
「時間来てるぞ!」
頭は分かってるのに、体が動かない。
本当は名前を呼びたいのに、こんな場所じゃ呼べない...
そのとき――
視界が、急に持ち上がった。
「えっ!?!?」
――――――――――――――――――――
(蒼真視点)
「しょうがねえな」
そう言って、結月を抱き上げた。
お姫様抱っこ。
「ちょっ!?!?蒼真!?」
「腰抜けてんだろ」
「下ろして!!」
周りから一斉に声が飛ぶ。
「うわああ!」
「全国大会でそれやる!?」
「部長大胆すぎ!」
結月の顔が、真っ赤だ。
でも――
腕の中で、ちょっとだけ力が抜けたのが分かった。
――――――――――――――――――――
(結月視点)
恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。
でも、
視線の高さも、聞こえる鼓動も、
全部が近くて。
(……嫌じゃないのが困る)
「歩けるってば……」
「嘘つけ」
冷やかしの声が続く中、
蒼真は当たり前みたいに食事会場まで運んでくれた。
結局、席も隣。
「全国、終わったね」
「……うん」
ご飯を一口食べる。
不思議と、すごく美味しかった。
全国大会は、確かに終わった。
結果も、称号も、
すべて手に入れた。
でも結月の記憶に一番残ったのは、
表彰の瞬間でも、拍手でもなく――
夜まで続いた緊張の先で、
当たり前みたいに差し出された腕と、
隣で食べたご飯だった。
青春は、
きっとこういう形で完成する。
少し騒がしくて、
とてもあたたかい終わり方で。




