マーチングバンド関東大会編2
関東大会。
それは、全国大会へ進むための、最後の関門だった。
三年生にとっては、この舞台で終わる可能性を含んだ場所。
部長として、蒼真は全体を背負って立つ。
副部長として、結月は仲間を支え、そしてソロを吹く。
逃げ場はない。
でも、信じてきた音がある。
その音が、本当に通じるのか。
答えが出る一日が、静かに幕を開ける。
(結月視点)
会場に入った瞬間、空気が違うと分かった。
東京都大会よりも、さらに張り詰めている。
「……すごいね」
思わず呟くと、隣で楽器ケースを持っていた蒼真が小さく頷いた。
「関東だからな。ここまで来たバンドしかいない」
その声は落ち着いているけれど、いつもより少しだけ低い。
部長としての顔だ。
私は副部長として、周りの一年生や二年生の様子を確認する。
「大丈夫? 寒くない?」
「はい、大丈夫です!」
返事は明るいけど、手は少し震えている。
……私だって同じだ。
クラリネットをケースから出し、そっとキーを触る。
(ここまで来たんだ)
ソロ譜を胸に抱えながら、深く息を吸った。
――――――――――――――――――――
(蒼真視点)
ウォーミングアップエリア。
各団体の音が重なり合って、頭が少し痺れる。
「三年生、あとで円陣な」
そう声をかけると、自然と集まってくる。
この代で、ここまで来た。
顧問が前に立ち、短く言った。
「自分たちの音を、出し切りなさい」
それだけだったけど、十分だった。
「……行こう」
誰かが言う前に、全員が前を向いた。
――――――――――――――――――――
(結月視点)
フィールドに出ると、観客席の広さに一瞬だけ息を呑む。
でも、顧問の指揮棒が上がった瞬間、余計なことは消えた。
一音目。
音は、ちゃんと揃っていた。
(大丈夫……)
足の動き、フォーメーション、周りの音。
すべてが噛み合っていく。
そして、ソロ。
周囲の音がすっと引く。
(副部長だから、じゃない)
私はただ、奏者としてここにいる。
深く息を吸って、音を出す。
音は震えなかった。
真っ直ぐ、前へ伸びていく。
その瞬間、観客席が静まった気がした。
――――――――――――――――――――
(蒼真視点)
結月のソロが始まった瞬間、背中に電流が走った。
「……来た」
音が、バンド全体を引き上げる。
顧問の指揮と、全員の呼吸が完璧に噛み合う。
(三年生の音だ)
最後の音が鳴り終わり、拍手が響く。
「……終わったな」
そう呟いた声は、自分でも驚くほど震えていた。
――――――――――――――――――――
(結月視点)
結果発表。
会場が静まり返る。
「〇〇高校マーチングバンド――」
「――銀賞」
頭が真っ白になる。
(……え?)
周りの音が遠くなる。
誰も声を出さない。
「……結月」
蒼真の声が、すぐ隣から聞こえた。
そのとき。
「先ほどの結果に、訂正があります」
会場がざわつく。
「〇〇高校マーチングバンド――金賞」
一瞬、意味が分からなかった。
(……金賞?)
胸が苦しくなって、息が詰まる。
――――――――――――――――――――
(蒼真視点)
でも、まだ終わらない。
「全国大会出場団体を発表します」
六団体。
「一団体目――△△ブラスバンド」
違う。
「二団体目――□✕マーチングバンド部」
まだだ。
「三団体目――◇◇高校吹奏楽部」
呼ばれない。
手のひらが汗で濡れる。
――――――――――――――――――――
(結月視点)
指先が冷たい。
(お願い……)
「四団体目――〇〇高校マーチングバンド」
……え?
次の瞬間、涙が溢れた。
「……呼ばれた」
蒼真が、そっと手を握る。
「行けたな」
「……うん」
周りに人はいるのに、誰も冷やかさない。
それくらい、重い瞬間だった。
一度は突き落とされ、
それでも拾い上げられた音があった。
関東大会は、結果以上に
「信じ続けること」を試す舞台だった。
副部長として、部長として、
そして一人の奏者として。
彼らは、最後の舞台へ進む。
全国大会。
本当の終わりが、そこで待っている。
でも今はただ――
この音が、確かに届いたことを、胸に抱いて。




