マーチングバンド東京都大会編2
三年生にとって、東京都大会は特別だ。
それは「通過点」なんて軽く言える舞台じゃない。
ここまで積み重ねてきた時間も、
迷いも、涙も、逃げ出したくなった夜も、
すべてがこの一日に集まる。
部長として全体を背負う蒼真。
ソロという重圧を胸に抱く結月。
同じ場所に立ちながら、
それぞれ違う責任を背負って、
それでも同じ音を信じている。
この音が、どこまで届くのか。
その答えを知るための一日が、今、始まる。
(結月視点)
集合時間より少し早いはずなのに、もう体育館の前はざわついていた。
楽器ケースを肩にかけた部員たちの足音が、冷たい朝の空気に吸い込まれていく。
「……いよいよ、だね」
思わずそう呟いた瞬間、横から声がした。
「結月、寒くないか?」
振り向くと、蒼真がマフラーを少し直しながら立っていた。
部長らしく、もう周囲を気にしている表情だ。
「大丈夫。緊張で、あんまり寒さ感じないかも」
「それ、あとから一気に来るやつだぞ」
小さく笑われて、少しだけ肩の力が抜ける。
「……蒼真は?」
「俺? 緊張してるに決まってるだろ」
そう言いながらも、その声は落ち着いていた。
三年生。最後の東京都大会。
ここで終わるか、次へ進めるか。
「ソロ、頼むな」
「……うん。任せて」
短い会話だけど、それで十分だった。
(蒼真視点)
会場に入った瞬間、空気が変わるのが分かる。
他校のユニフォーム、聞こえてくるチューニングの音。
どれもが「簡単じゃない」って主張してくる。
「三年生、集合」
自然と声が出た。
円陣を組む部員たちの顔を見る。
顧問が前に立ち、短く言った。
「ここまで来た自分たちを信じなさい。以上」
それだけだったけど、十分だった。
「……行こう」
誰かが言う前に、みんながうなずいた。
(結月視点)
フィールドに出た瞬間、視界が一気に開けた。
観客席のざわめきが、遠くなる。
顧問の指揮棒が上がる。
一音目。
音が、ちゃんと前に進んだ。
「……大丈夫」
足運び、フォーメーション、周りの音。
全部が噛み合っていく。
そして、来る。
クラリネットソロ。
周囲の音がすっと引いて、世界が狭くなる。
(ここまで来たんだ)
オーディションで泣いた日。
一人で抱え込んで、壊れそうになった夜。
それを、黙って隣で支えてくれた人。
深く息を吸って、音を出す。
音は震えなかった。
まっすぐ、伸びていった。
(蒼真視点)
結月のソロが始まった瞬間、確信した。
「……いける」
顧問の指揮と、バンド全体の呼吸が一気に揃う。
三年生の音だ。
これが、俺たちの集大成。
最後の音が鳴り終わる。
拍手。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
(結月視点)
終わった。
足が少し震えているのに、心は不思議と静かだった。
蒼真と目が合う。
言葉はないけど、分かる。
「やり切った」
(蒼真視点)
結果発表。
会場が静まる。
「続いて、〇〇高校マーチングバンド――」
一瞬、息が止まる。
「――金賞」
歓声が上がる。
でも、まだだ。
「続いて、関東大会に出場する代表2団体を発表します」
「1団体目は――」
「――□△ジュニアブラスバンド」
名前は、違った。
結月の肩が、わずかに揺れる。
「代表2団体目は――」
「――〇〇高校マーチングバンド」
一瞬、理解できなかった。
次の瞬間、結月が泣き出す。
そっと、手を握った。
「行けたな」
「……うん」
周りに人はたくさんいる。
でも、誰も冷やかさない。
それくらい、重い瞬間だった。
東京都大会は、終わった。
でも、二人の青春は、まだ続いていく。
――次は、関東大会。
結果がすべてだと言う人もいる。
でも、この日、彼らが手にしたものは
賞状の文字だけじゃない。
三年生として、
仲間として、
そして隣に立つ誰かを信じ切れたという事実。
金賞は、その証明の一つにすぎない。
本当に大切なのは、
次の舞台へ進む勇気を、
確かに手に入れたことだ。
音は、関東へ届いた。
青春は、まだ終わらない。
次の一歩も、きっと――




