新入生歓迎パレード編
春は、始まりの季節だ。
制服の袖は少し長く、校舎の中には期待と不安が入り混じった空気が漂っている。
三年生が去り、
音を受け継いだのは、二年生と三年生になったばかりの彼ら。
今年の新入生歓迎パレードは、
「見せてもらう側」から「見せる側」へと変わった証。
部長と副部長として。
そして、恋人同士として。
二人は同じ音を、同じ方向へ届けようとしていた。
(結月視点)
校庭の隅で、私は譜面を抱えながら深呼吸していた。
「結月先輩、クラリネット列の位置大丈夫ですか?」
後輩の声に、すぐ顔を上げる。
「うん、もう一歩右寄せてみよっか」
自然に言葉が出てきたことに、自分で少し驚く。
入部したばかりの頃は、先輩に話しかけるだけで緊張していたのに。
ふと視線を上げると、
少し離れたところで蒼真くんが全体を見渡していた。
指揮棒を持つ姿は、もうすっかり「部長」だ。
目が合う。
「緊張してる?」
口の動きだけで、そう聞かれた気がして、
私は小さく首を振った。
(大丈夫。隣にいるから)
(蒼真視点)
パレード開始まで、あと十分。
列の最前で立ちながら、胸の奥が少しだけざわついていた。
三年生がいない初めての大きな行事。
「部長、いけそう?」
同級生に声をかけられ、うなずく。
「ああ。問題ない」
そう言い切れたのは、
後ろで結月がしっかり隊列を支えてくれていると分かっているからだった。
(頼もしくなったな)
副部長として、
そして――恋人として。
(結月視点)
通り沿いには、新入生や保護者、地域の人たちが集まっていた。
カメラを構える人も多い。
「うわ……思ったより人多い……」
思わずつぶやくと、隣の後輩が笑う。
「先輩たち、かっこいいです!」
その言葉に、胸がきゅっとなった。
(私たちも、誰かの“きっかけ”になるんだ)
前方で、蒼真くんの指揮棒が上がる。
(蒼真視点)
「――行くぞ」
小さく声をかけて、指揮を振り下ろす。
最初の音が、街に広がった。
足並みが揃い、
音が前へ進んでいく。
観客の拍手。
新入生の歓声。
視界の端で、結月がしっかり前を向いて演奏しているのが見えた。
(この音だ)
(俺たちの音)
(結月視点)
息を吸って、音をつなぐ。
歩きながら演奏する感覚が、心地いい。
沿道の新入生と目が合う。
キラキラした目。
(あ、一昨年の私と同じだ)
自然と、背筋が伸びた。
パレードが終わる頃には、
胸がいっぱいで、少しだけ目が熱くなっていた。
(蒼真視点)
最後の音が終わる。
「――止め!」
静寂のあと、
大きな拍手が湧き上がった。
「すげー!」
「かっこよかった!」
声が飛ぶ。
振り返ると、結月がこちらを見て、ほっとしたように笑った。
(結月視点)
片付けが一段落した頃、
制服の袖を引かれる。
「お疲れ、副部長」
「部長こそ、お疲れさま」
自然にそう返して、
二人で小さく笑う。
「どうだった?」
「……楽しかった」
素直に言うと、蒼真くんが少し照れたようにうなずいた。
「だな」
その一言が、全部を表していた。
春の音は、誰かの心に残る。
それは憧れになり、
いつか同じ場所へ立つ理由になる。
先輩から受け取った音を、
今度は自分たちが手渡す番だ。
部長と副部長として。
恋人として。
そして、ひとりの奏者として。
新しい季節は、もう動き出している。




