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三年生引退式編2

別れの日は、いつも静かにやってくる。

分かっていたはずなのに、心の準備は追いつかない。


共に音を重ねてきた先輩たち。

背中を追いかけ、支えられ、導かれてきた時間。

そのすべてに区切りがつく日が、今日だった。


部長と副部長として。

そして、恋人同士として。


それぞれの立場を胸に抱えながら、

二人は同じ体育館へ向かう。


これは、

「さよなら」を受け止める一日と、

その涙を、一人にしなかった物語。

(結月視点)


体育館に向かう廊下は、やけに長く感じた。

床に反射する光がまぶしくて、視線を落としたまま歩く。


「……結月」


名前を呼ばれて、顔を上げる。

隣を歩く蒼真くんが、少しだけこちらを見ていた。


「大丈夫か?」


「うん……大丈夫」


そう答えたけど、自分でも声が震えているのがわかった。

今日は三年生の引退式。

わかっていたはずなのに、胸の奥がずっとぎゅっとしている。


「泣いてもいい日だと思うけどな」


蒼真くんは小さく笑って、でも声は優しかった。


「やだよ、副部長だよ? しかも恋人が部長で……」

「余計に我慢しなくていい理由だろ、それ」


その言い方が、ずるい。

安心させるみたいに、当たり前みたいに言うから。


体育館の前で足を止める。

扉の向こうから、ざわざわとした音が聞こえた。


「……行こっか」


「うん」


一瞬だけ、指先が触れる。

誰にも見えないくらいの距離で。

それだけで、少し息がしやすくなった。


(蒼真視点)


三年生が整列する姿を見て、背筋が伸びる。

あの人たちがいたから、今の部がある。


横を見ると、結月は前を向いているけど、唇を噛んでいた。


(……無理してるな)


引退式が始まる。

名前が呼ばれ、拍手が響く。

一人ひとりの顔を見ていると、胸が熱くなる。


代表の先輩が話し始めた。


「楽しかったことも、辛かったことも、全部含めて――」


その声に、結月の肩が小さく揺れたのが見えた。


(来るな……)


でも、止められるものじゃない。


(結月視点)


拍手の音が、遠くに聞こえた。


「ありがとうございました」


三年生が深く頭を下げる。

その瞬間、我慢していたものが、一気に溢れた。


(終わっちゃう……)


目の奥が熱くなって、視界が滲む。


「……っ」


息を吸おうとして、うまくできなかった。


(蒼真視点)


結月が、完全に泣いていた。


周りには部員がたくさんいる。

でも、今はそれどころじゃなかった。


何も言わずに、一歩前に出る。

結月の前に立って、そっと引き寄せる。


「……蒼真……」


小さな声。

胸元に額が触れる。


「我慢しなくていい」


背中に手を回す。

強くはしない。ただ、離れない。


周囲の空気が変わったのがわかった。

誰も何も言わない。

冷やかす雰囲気じゃない。


(結月視点)


蒼真くんの制服の匂いがした。


「……先輩たちが……」

「うん」


それだけで、全部伝わる気がした。


涙が止まらない。

でも、恥ずかしいとか、そういう気持ちはなかった。


「俺たちが、続ける番だ」


耳元で、静かな声。


「先輩たちの音、守ろう」


私は何度も頷いた。

言葉にしたら、また泣いてしまいそうで。


指先が、そっと絡む。

誰にも見えない場所で。


(蒼真視点)


結月が少し落ち着くまで、動かなかった。


三年生が体育館を出ていく。

その背中を見送りながら、強く思う。


(引き継ぐ)


部長として。

そして、結月の恋人として。


「行こ」


小さく声をかけると、結月が顔を上げた。

目は赤いけど、ちゃんと前を見ている。


「……うん」


(結月視点)


体育館を出ると、春の風が吹いた。


涙はまだ残っているけど、心は不思議と軽かった。

隣には蒼真くんがいる。


「……ありがとう」


「何が?」


「一人にしなかったこと」


少し照れたように、でも真剣な顔で言う。


「当たり前だろ」


その言葉が、胸にまっすぐ届いた。


三年生の背中は、もう遠い。

でも、音は消えていない。


私たちが、続ける。

別れの日は、どうしても涙が出る。

それは弱さじゃなく、想いがあった証。


引退する背中を見送りながら、

新しい一歩が始まる。


隣にいてくれる人がいるなら、

その一歩は、きっと前に進める。


音は、受け継がれた。

そして青春は、次のページへ。

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