秋の文化祭編
夏の熱気が落ち着き、風が少し冷たくなってくる頃、学校中が文化祭ムードに染まり始める。演奏ステージの準備、出し物の企画、クラスとの両立——忙しいけれど、どこか心が弾む季節だ。結月は新しい曲に胸を高鳴らせ、蒼真は後輩たちの変化を楽しそうに見守る。笑い声と楽器の音が混ざる中、秋ならではの“特別な時間”が始まろうとしていた。
(結月視点)
※私は井上結月。クラリネット初心者だけど、夏の大会を乗り越えて、少し自信がついた高校1年生。
秋の文化祭では、吹奏楽部として初めて“自由に楽しむステージ”に立つことになる。
……そして、気がつけば蒼真くんのこと、前よりもっと好きになっている。
秋になって、校舎の木々が赤くなってきた。
教室の窓から入る風も涼しくて、ちょっと肌寒いくらい。
文化祭の準備が始まって、
吹奏楽部は体育館ステージで演奏することになった。
今日はその選曲会議。
「文化祭は、クラシックじゃなくてポップス中心でいいよな?」
「青春っぽいやつ! なんか明るいのー!」
「去年はアニメメドレーだったよね!」
みんな好き勝手に言っていて、
私はその流れについていくのに少しドキドキしていた。
そんな時。
「結月、どんな曲やりたい?」
突然蒼真くんが聞いてきて、
私は譜面の束から顔をあげた。
「えっ、あ……私は、明るいやつがいいかな。
お祭りっぽい曲とか、元気になる感じの……」
言いながら自分で照れてしまう。
でも蒼真くんは、ちょっと笑ってうなずいた。
「らしいな。結月、明るい曲が似合う」
「な、なにそれ……!」
顔が熱くなって、思わず譜面で隠した。
……蒼真くん、さらっと言うから反則だよ。
(蒼真視点)
※俺は中村蒼真。トランペット経験者で、トランペットパートのリーダー。
夏の大会で結月が吹いたソロを聴いてから、彼女が前よりもっと気になる。
文化祭は、ただ“楽しむ音楽”ができる場だから、結月にもたくさん笑ってほしい。
文化祭のステージは、夏の大会とは全然違う。
気楽で、自由で、緊張じゃなくて“楽しむ”ためのステージ。
だからこそ、結月にやらせたいことがあった。
――前向きに吹いてほしい。
楽しんで吹いてほしい。
それを堂々とできるようにしてほしい。
そう思って、選曲会議でもつい声をかけてしまった。
「結月はどんな曲やりたい?」
びっくりしてたけど、
彼女は少し考えてから答えた。
「明るいやつ……元気が出る曲がいいかな」
うん、やっぱり似合う。
「結月、明るい曲が似合うって」
俺が言ったら、
結月は譜面で顔を隠して真っ赤になった。
……かわいすぎだろ。
いやいや、俺は何を考えてんだ。
とにかく、文化祭は結月にとっても“新しい一歩”にしたい。
夏みたいに苦しい思いじゃなく、
ちゃんと笑って吹ける場にしたい。
(結月視点)
選ばれた曲は、
**「ハイテンションなポップス+ちょっとだけマーチング風のメドレー」**に決まった。
文化祭のステージは体育館で、
お客さんとの距離が近いから迫力が出るらしい。
練習が始まって数日。
「結月、そのフレーズ……指使い慣れたな」
蒼真くんが横から声をかける。
「えへへ。夏の練習でいっぱいやったからね」
「自信ついてきた?」
「……少しだけだけど」
「少しじゃねぇな。めっちゃ上達してるよ」
「も、もう……蒼真くん褒めすぎ……!」
でも、褒められるとやっぱり嬉しい。
クラリネットを吹く口が自然と緩む。
そんな私を見た蒼真くんが、
にやっと笑った。
「結月、笑って吹くと音まで明るくなるんだな」
「え!? 笑ってた!? わ、私そんな余裕ないよ!」
「いや、今のすごい良かったよ。
本番もその感じで行けたら最高だな」
なんて、さらっと言う。
……ほんと、蒼真くんってずるい。
(蒼真視点)
結月の上達が、
正直びびるレベルで速い。
文化祭のメドレーは、クラリネットは結構難しいパートが多いのに、
彼女は噛みしめるように理解して、
丁寧に丁寧に仕上げてくる。
「結月、ここタンギング軽めにするとノリ出るよ」
「こう……?」
「そう、それ。ちょっと跳ねる感じ」
「うわ、ほんとだ音がかわった……!」
目をきらきらさせて俺の方を見る。
その顔を見るたびに胸があったかくなる。
練習の帰り、
夕陽が差し込む廊下で結月が言った。
「夏はさ……ずっと怖かったけど、今は吹くの楽しいよ」
「……ほんとに?」
「うん。蒼真くんと、みんなと一緒に吹けるの嬉しい」
ああ――
その一言だけで、今日が全部報われた。
「じゃ、文化祭はもっと楽しくしようぜ。
結月が笑って吹けるステージにしよう」
「うんっ!」
結月は、秋の空みたいに澄んだ笑顔でうなずいた。
(結月視点)
文化祭当日。
体育館の中は人でいっぱい。
ざわざわした声と、出店の匂いが漂ってくる。
「結月、緊張してる?」
「ちょ、ちょっとだけ……」
「ちょっとだけか。成長したな」
「からかわないでよ!」
けど蒼真くんの笑顔を見ると、
胸の震えが少し落ち着く。
ステージに並ぶと、
ライトが当たって観客がかすんで見える。
でも私は深く息を吸って――
クラリネットを構えた。
「いくぞ!」
先輩の合図。
曲が始まる。
明るいリズム。楽しいメロディ。
夏とは違う、弾むような空気。
私は吹きながら思った。
――あ、楽しい。
体育館いっぱいに音が広がっていく。
観客が手拍子して、笑って、盛り上がっている。
蒼真くんのソロが始まった瞬間、
みんなの目線がトランペットへ集まった。
強くて、明るくて、会場を明るくする音。
“すごい……やっぱり蒼真くん、かっこいい”
そして二人のパートが重なる瞬間。
蒼真くんが、ほんの一瞬だけこっちを見てくれた。
その一瞬でもう胸がいっぱいになって、
私は自然と笑ってしまった。
吹き終わったころ、
体育館いっぱいの拍手が響いた。
(蒼真視点)
舞台袖に戻ってきた結月は、
汗を少し浮かべながら、眩しいほどの笑顔をしていた。
「蒼真くん! めっちゃ楽しかった!!」
「おう、見てた。結月、ずっといい音だったぞ」
「えへへ……ありがとう!」
「夏よりぜんっぜん余裕あったよな」
「……うん。夏の時より、全然怖くなかった」
結月は少し照れながら続けた。
「だって……隣に蒼真くんいたから」
その一言で、
俺は思わず言葉に詰まった。
「……そっか。じゃあ俺、文化祭でも役に立てたな」
「うん、大助かり!」
結月はクラリネットを胸に抱いて笑う。
その顔を見て、俺はひっそりと決めた。
――次はもっと、結月が安心できる場所をつくろう。
音でも、言葉でも、何でもいい。
彼女が笑って吹けるなら、それでいい。
文化祭の喧騒を抜ける秋風の中、
結月の笑顔はどのステージライトよりも明るかった。
文化祭の喧騒が過ぎ、校舎には少しだけ寂しい静けさが戻った。成功も失敗も、全部ひっくるめてかけがえのない思い出になった。結月にとっては自信につながる一歩で、蒼真にとっては仲間との絆を再確認する時間になった。忙しく笑って駆け抜けた秋の日々。ページを閉じても、あのステージの余韻はしばらく心に残り続ける。




