表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/31

番外編其ノ四『新幹部決定編』

春の定期演奏会が終わり、

吹奏楽部は一つの節目を越えた。


ステージの上で輝いていた先輩たちは去り、

部室には、少しだけ静かな空気が残る。

次に名前を呼ばれるのは、

音を追いかけてきた“後輩”だった。


これは、

役職が決まる日の物語。

そして、二人が

「並んで前に立つ」ことを選んだ日の話。

(結月視点)


その日の朝、

いつもより制服の襟が気になった。


「……落ち着け、私」


教室で席に座っていても、

心ここにあらず、という感じだ。


「結月、副部長とか向いてそうじゃない?」


前の席の友達が、軽いノリで言う。


「ちょ、やめてよ……!」


笑ってごまかすけど、

胸の奥が少しざわつく。


ふと顔を上げると、

斜め前の席の蒼真と目が合った。


一瞬だけ、

お互い何も言わずに視線を逸らす。


(……今日だよね)


分かっているからこそ、

触れない。


(蒼真視点)


放課後、部室に集まると、

いつもより空気が静かだった。


三年生がいないだけで、

こんなにも雰囲気が変わるんだな、と思う。


「なあ蒼真、誰が部長になると思う?」


金管の同級生が、半分冗談で聞いてくる。


「さあな」

「お前じゃね?」


「どうだろ」


笑って流すけど、

内心は落ち着かない。


楽器ケースを足元に置きながら、

結月の方を見る。


譜面を持つ手が、

少しだけ強く握られているのが分かった。


(結月視点)


顧問の先生が部室に入ってくると、

一気に空気が引き締まった。


「では、新幹部を発表します」


心臓の音が、やけに大きい。


「まず、部長」


一瞬、時間が止まる。


「部長――中村蒼真」


拍手が起こる。


私は、反射的に蒼真を見る。


驚いた顔。

でもすぐに、覚悟を決めたような表情。


(……やっぱり)


胸の奥が、じんわり熱くなった。


(蒼真視点)


名前を呼ばれた瞬間、

頭の中が真っ白になった。


拍手の音が、少し遠い。


「……はい」


立ち上がって前に出る。


責任、期待、不安。

全部まとめて、肩に乗った気がした。


視線を感じて振り向くと、

結月がまっすぐこっちを見ていた。


その目に、

変な迷いがないのが、救いだった。


(蒼真視点・続き)


「続いて、副部長」


一呼吸。


「副部長――井上結月」


その瞬間、

思わず小さく息を吸った。


(……よかった)


結月が目を見開いて、

一瞬固まってから立ち上がる。


拍手の中、

少し緊張した足取りで前に出る姿を見て、

自然と口元が緩んだ。


(結月視点)


……聞き間違いじゃ、ないよね。


前に出ながら、

足が少し震えているのが分かる。


「副部長として、頑張ります」


声は、ちゃんと出た。


後輩たちの視線が集まって、

急に立場が変わったことを実感する。


(私、本当に副部長なんだ……)


(結月視点・続き)


発表が終わると、

後輩たちが次々に声をかけてきた。


「副部長、よろしくお願いします!」

「結月先輩、頼りにしてます!」


そのたびに、

「こちらこそ」と答えるけど、

内心は必死だった。


不安が、じわじわ広がる。


そんなとき、

蒼真と目が合った。


何も言わず、

小さくうなずいてくれる。


それだけで、

少し肩の力が抜けた。


(蒼真視点)


顧問の先生が言う。


「部長と副部長は、しっかり話し合って部をまとめてください」


「はい」


結月と同時に返事をする。


部室の端に移動して、

並んで立つ。


「……副部長、頼むな」


少し冗談っぽく言うと、

結月が眉をひそめた。


「部長こそ」


それから、

小さく笑う。


「よろしくお願いします、部長」


「こちらこそ」


(結月視点)


部活が終わり、

校舎の廊下は静かだった。


「……正直ね」


歩きながら、

ぽつりと口に出す。


「ちょっと、不安」


蒼真が足を止める。


「うん」

「……私も」


え、と思って顔を見ると、

蒼真は少し照れたように笑った。


「俺も不安」

「でもさ」


一拍置いて。


「一人じゃないのは、心強い」


(蒼真視点)


結月が、静かにうなずく。


「……うん」


恋人として。

そして、部長と副部長として。


並ぶ立場は変わったけど、

隣にいることは変わらない。


部室の鍵を閉めながら、

そう思った。


「ここからが、本番だな」


「うん。頑張ろ」


夕方の空は、

少しだけ明るく見えた。

役職が決まるということは、

名前を呼ばれる側から、

名前を呼ぶ側になるということ。


責任は増える。

迷いも、不安も増える。


それでも、

隣に同じ景色を見る人がいれば、

一歩前に進める。


新しい幹部。

新しい季節。

二人の青春は、

また次の音を鳴らし始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ