春の定期演奏会編2
春の定期演奏会は、
舞台の上だけで終わるものじゃない。
拍手が鳴り止んだあと。
照明が落ち、ホールが静かになったあと。
そこから先に残る時間こそが、
本当の「余韻」なのかもしれない。
これは、
音を鳴らし終えた二人が、
次の一歩を見つけていく物語。
(結月視点)
舞台袖に戻った瞬間、
脚から一気に力が抜けた。
「……終わった」
思わず声に出すと、
周りから同じ言葉があちこちで聞こえる。
「お疲れさま!」
「やり切ったな!」
笑っている人も、泣いている人もいる。
その全部が、今まで積み重ねてきた時間の証だった。
楽器を抱えたまま顔を上げると、
少し離れたところで蒼真がトランペットケースを肩にかけていた。
目が合う。
言葉はなかったけど、
蒼真が小さくうなずいた。
――ちゃんと、届いたよ。
そんなふうに言われた気がして、胸が温かくなる。
(蒼真視点)
楽器を片付けながら、
指先がまだ少し震えているのに気づいた。
「緊張、やばかったな」
隣の金管のやつが笑いながら言う。
「本番前が一番きつい」
「分かる」
そんな何気ない会話の裏で、
頭の中にはさっきのステージが何度も浮かぶ。
音。
ライト。
客席の空気。
……そして。
後輩に囲まれて笑っている結月の姿。
前は、あんなふうに余裕なかったよな。
そう思って、少しだけ誇らしくなる。
(結月視点)
楽屋で三年生と写真を撮る。
「結月、来年頼むね」
「ちゃんと部活引っ張りなよ」
一人ひとりにそう言われるたび、
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
「……はい」
笑顔で返事をしながら、
心の中では何度も繰り返す。
(ちゃんと、できるかな)
不安と一緒に、
確かな覚悟も生まれていた。
(蒼真視点)
観客が全員帰ったあとのホールは、
驚くほど静かだった。
さっきまで音で満ちていた場所が、
今はただの空間になっている。
「……不思議だな」
思わず呟く。
「ほんとだね」
隣に立った結月が、
ステージを見上げていた。
「ここで吹いたんだなぁ」
「うん」
同じ景色を見て、
同じ時間を思い返す。
それだけで、少し安心する。
(結月視点)
ホールの外に出ると、
春の夜風がひんやりしていた。
「終わっちゃったね」
私が言うと、
蒼真は少し考えてから答えた。
「……でも、ここからだろ」
その言葉が、胸にすっと入ってくる。
「新体制、始まるし」
「うん」
「大変になるぞ」
「……だよね」
でも、不思議と怖くはなかった。
(蒼真視点)
「一緒に引っ張っていこう」
自分でも、自然に出た言葉だった。
結月が少し驚いた顔をして、
それから、しっかりうなずく。
「うん。よろしくね」
恋人としてじゃなく、
部活の仲間として。
同じ未来を見る存在として。
その感じが、今はちょうどいい。
(結月視点)
帰り道。
並んで歩く足音が、静かな夜に溶けていく。
「今日、楽しかったね」
「楽しかった」
短い会話。
でも、それで十分だった。
気づけば、手と手の距離が近い。
触れるか、触れないか。
その境目で、そっと重なる。
春の夜は、
少しだけ優しかった。
(蒼真視点)
家に帰って、楽器をケースにしまう。
ふたを閉じても、
耳の奥にはまだ音が残っている。
「次は俺たちの番だな」
誰に言うでもなく呟いて、
深く息を吸った。
定期演奏会は終わった。
音は消え、舞台は静かになった。
それでも、
あの日の気持ちは消えない。
終わりを知ったからこそ、
次へ進める。
春は、別れと始まりの季節。
二人の青春は、
また新しい音を探し始める。




