番外編其ノ三『暗い夜道編』
夜は、昼よりも静かで、
少しだけ心細い。
何も起きないはずの帰り道なのに、
暗闇は不安を連れてくる。
でも、その不安を口にできる相手がいることは、
思っている以上に特別だ。
これは、
怖い夜を一人で越えなくてよくなった、
ほんの短い時間の物語。
(結月視点)
部活がオフの日の放課後。
気づけば、校舎に残っていたのは私と蒼真くんだけだった。
「もうこんな時間……」
窓の外は真っ暗。
街灯の少ない道を思い出して、ちょっとだけ喉が鳴る。
「結月、帰る?」
「う、うん……」
教室を出て、昇降口へ向かう。
足音が、やけに大きく響く。
外に出た瞬間、
夜の冷たい空気が頬に触れた。
……暗い。
思ってたより、ずっと。
(あ、これ……無理かも)
(蒼真視点)
結月の歩くスピードが、明らかに遅い。
さっきまで普通だったのに。
「どうした?」
「……別に」
声が、ちょっとだけ小さい。
街灯の間隔が空く道に入った瞬間、
結月が立ち止まった。
(結月視点)
……言うか、言わないか。
でも、足が動かない。
「……蒼真くん」
「ん?」
一瞬迷って、
それでも正直に言った。
「……怖い」
言った瞬間、
顔が一気に熱くなる。
(うわ、言っちゃった……!)
(蒼真視点)
結月が、俺の袖を軽く掴んでいた。
その仕草だけで、
冗談じゃないって分かった。
「……そっか」
少しだけ間を置いて、
できるだけ自然に言う。
「じゃあさ」
結月を見る。
「家まで送ってやるよ」
(結月視点)
……え。
「い、いいの?」
「当たり前だろ」
即答だった。
心臓が、どくんって鳴る。
「……ありがとう」
声が、思ったより小さくなった。
歩き出そうとしたとき、
蒼真くんが、少しだけ距離を詰めてきた。
(蒼真視点)
夜道は暗い。
結月は、さっきよりも俺の近くを歩いている。
「無理すんなって」
「してないし……」
そう言いながら、
全然離れない。
「結月」
「な、なに?」
「怖いなら、ちゃんと怖いって言え」
少し照れながら言う。
「その方が、守りやすい」
(結月視点)
……破壊力。
「……それ、ずるい」
「なにが?」
「全部」
そう言ったら、
蒼真くんが小さく笑った。
次の瞬間。
指先が、触れた。
一瞬で、分かる。
(……手、繋ぐやつだこれ)
蒼真くんが、そっと聞く。
「……嫌?」
首を横に振るしかなかった。
「……嫌じゃない」
(蒼真視点)
手袋越しでも、
結月の手が少し震えてるのが分かる。
ぎゅっと、強くはしない。
ただ、離れないように。
「ほら」
「……うん」
結月が、少し近づく。
夜道は暗いけど、
不思議と怖くない。
(結月視点)
家が見えてきた。
「……あ」
「もう着くな」
ちょっとだけ、残念。
「……送ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
少し間が空く。
それから、私、勇気を出した。
「……また、暗いときあったら」
蒼真くんを見る。
「……送って?」
(蒼真視点)
即答だった。
「何回でも」
「……当たり前だろ」
結月が、安心したように笑う。
その顔を見て、
思った。
――夜が怖い理由、
俺が一つ減らしてやれたなら、それでいい。
(結月視点)
玄関の前で、手を離す。
名残惜しくて、少しだけ指が絡んだ。
「……おやすみ」
「おやすみ」
ドアを閉めても、
胸のドキドキは止まらなかった。
(青春って……ずるい)
そう思いながら、
私はしばらく、その場に立っていた。
特別な約束も、
大きな出来事もなかった。
ただ「怖い」と言えて、
「送ってやるよ」と返ってきた、それだけ。
それだけなのに、
胸に残る温度は、しばらく消えなかった。
青春の夜は暗い。
でも、隣に誰かがいれば、
それはもう、怖いだけの夜じゃない。
二人の距離は、
また少し、静かに縮まっていく。




