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冬の合宿編

年の瀬が近づき、空気が一段と冷たくなった頃。

吹奏楽部は、春の定期演奏会に向けた

冬の強化合宿を迎えていた。


二泊三日、音楽だけに向き合う時間。

逃げ場のない環境で、

自分の弱さも、仲間の強さも、

すべてがはっきりと見えてしまう。


結月と蒼真もまた、

恋人である前に、同じ舞台を目指す部員として、

この合宿に臨もうとしていた。

(結月視点)


バスの中は、思ったより賑やかだった。

一年生ははしゃいでいて、

二年生以上は少し落ち着いた様子。


私は窓際の席に座り、外の景色を眺める。

山の方へ向かうにつれて、空気が変わっていく。


蒼真くんは、少し離れた席。

目が合えば小さく手を振るくらいで、

あまり話せなかった。


――合宿だもんね。


着いてすぐ、荷物を置く間もなく練習開始。

体育館に響く音は、すぐに張り詰めたものになった。


「音程、甘い」

「集中切れてるぞ」


顧問の声が飛ぶたび、

背筋が伸びる。


(蒼真視点)


初日から、かなり詰めてきた。

基礎、合奏、セクション。

休憩は短く、指摘は細かい。


金管パートは、特に厳しかった。


「引っ張る音を出せ」


その言葉の重みを、

いつも以上に感じる。


ふと視線を動かすと、

結月が必死に譜面を追っている。


音はまだ不安定。

でも、逃げていない。


――声、かけたいけどな。


今は、我慢だ。


(結月視点)


夕方になる頃には、

指も唇も感覚が鈍くなっていた。


ミスをして、名前を呼ばれる。


「井上、もう一回」


……胸が、ぎゅっとなる。


夜の自由時間。

みんなが部屋に戻る中、

私は一人、音楽室に残った。


――もう少し。


音を出すたび、

自分の足りなさがはっきりする。


(蒼真視点)


音楽室の灯りが、まだついていた。


「……やっぱりか」


中に入ると、結月が一人で吹いていた。


「無理すんな」


そう言うと、

結月は少し驚いた顔をして、楽器を下ろす。


「ごめん、ちょっと……」


「謝るな」


隣に立つ。


「一人で抱え込むなよ」


恋人としてじゃなく、

先輩でもなく、

同じ部員として言ったつもりだった。


(結月視点)


窓の外は、うっすら雪。

音楽室は静かだった。


「合宿、正直きつい」


気づいたら、そう口にしていた。


「私、まだまだで……」


蒼真くんは、すぐには何も言わなかった。


「でもさ」


少しして、静かに言う。


「ここまで来てる時点で、逃げてない」


その言葉に、

胸の奥がじんわり温かくなる。


「……ありがとう」


(蒼真視点)


二日目。

音が、少し変わってきた。


結月の音が、安定している。

無理に前へ出ず、

でも、ちゃんとそこにある音。


合奏が噛み合った瞬間、

空気が変わるのが分かった。


――合宿、意味あるな。


(結月視点)


最終日の通し練習。

身体は限界に近い。


でも、不思議と音は出た。


最後の和音が揃った瞬間、

鳥肌が立つ。


蒼真くんと、一瞬目が合う。


何も言わないけど、

同じことを感じているのが分かった。


(蒼真視点)


帰りのバス。

ほとんどの部員が眠っている。


窓の外は、夕焼け。


「……楽しかったね」


結月が、小さく言った。


「ああ」


疲れてるはずなのに、

心は不思議と軽かった。

冬の強化合宿は、

決して楽な時間じゃなかった。


でも、音に向き合い、

仲間と向き合い、

自分と向き合った三日間は、

確かなものを残してくれた。


結月と蒼真、

それぞれの成長が、

やがてひとつの音楽になる。


春の定期演奏会へ向けて、

物語は、また一歩進んでいく。

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