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マーチングバンド関東大会編

東京都大会を越え、関東大会出場が決まった日。

部室には確かに喜びがあったが、それ以上に、

これまでとは違う緊張感が漂っていた。


「ここから先は、簡単じゃない」


誰もがそれを分かっていた。

それでも音楽を止める理由にはならなかった。


結月と蒼真もまた、

恋人である前に、一人の部員として、

この舞台に立つ覚悟を固めていた。

(結月視点)


朝練の校庭は、空気が冷たかった。

息を吸うと、肺の奥までひんやりする。


「よし、じゃあ通すよー」


顧問の声が響き、

私たちはいつものフォーメーションにつく。


関東大会に向けた練習が始まってから、

一音一音が、以前よりもずっと重く感じられた。


――私、ちゃんとついていけてるのかな。


初心者だった頃の不安が、

ふと顔を出す。


そのとき、前方でトランペットの音が伸びた。

蒼真くんの音だ。

まっすぐで、安定していて、

全体を引っ張るような音。


その音に支えられるように、

私はクラリネットを構え直した。


(蒼真視点)


金管パートの練習は、正直きつかった。

ミスが出れば、その場で止められる。


「もう一回。音、揃えて」


経験者として、

引っ張る立場になったことを、

ここまで強く意識したのは初めてかもしれない。


ふと視線を上げると、

結月が譜面を食い入るように見ていた。


不安そうな表情。

でも、音は安定している。


「……大丈夫だな」


休憩時間、すれ違いざまに小声で言う。


「音、安定してきてるよ」


結月は少し驚いた顔をして、

それから小さく笑った。


「ありがとう」


それだけで、十分だった。


(結月視点)


大会前日。

宿泊先の部屋では、一年生たちが落ち着かない様子だった。


「眠れない……」

「失敗したらどうしよう……」


私は一人ずつ声をかけて回る。


「大丈夫。ここまで一緒に来たんだから」


それは、後輩のための言葉であり、

自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。


夜、廊下で蒼真くんと少しだけ話す。


「明日だね」


「ああ。やることはやった」


短い会話。

でも、その一言に、全部が詰まっていた。


(蒼真視点)


本番直前。

控えエリアの空気は、張りつめていた。


楽器を持つ手が、少し冷たい。

深呼吸する部員たち。


「ここまで来たんだからさ」


俺は、できるだけ落ち着いた声で言った。


「思い切りやろう。後悔しないように」


結月と目が合う。

言葉はなくても、伝わった。


(結月視点)


フィールドに出た瞬間、

光が眩しかった。


――始まる。


最初の音が鳴る。

身体が自然に動く。


フォーメーション、音、表情。

練習してきたすべてを、

ただ必死に出し切る。


途中、小さなミスはあった。

でも、音は止まらなかった。


最後の音が消えた瞬間、

一拍の静寂。


そして、拍手。


私は、ただ息を整えながら、

「終わったんだ」と実感した。


(蒼真視点)


結果発表の時間。

会場全体が、静まり返る。


心臓の音が、やけに大きく聞こえた。


結果発表人の声が響く。


「続いて、〇〇高校マーチングバンド――」


一瞬の間。


「――銀賞」


ざわめきが広がる。


銀賞。

悪くない結果。

でも、金には届かなかった。


隣を見ると、

結月は唇を噛みしめていた。


(結月視点)


悔しかった。

正直、それは否定できない。


「もっとできたかも」

そんな思いが、頭をよぎる。


一年生の中には、

泣きそうな顔の子もいた。


「ここまで来られたの、すごいことだよ」


そう言ったけれど、

自分の胸にも、同じ言葉を投げていた。


(蒼真視点)


帰りの準備をしながら、

銀賞の意味を考える。


勝てなかった。

でも、負けっぱなしでもない。


「次、もっと上行こう」


気づけば、結月にそう言っていた。


結月は少し驚いて、

それから静かに頷く。


「うん」


その一言が、前を向いている証だった。


(結月視点)


帰りのバス。

窓の外の景色が、ゆっくり流れていく。


疲れているはずなのに、

不思議と心は落ち着いていた。


――終わりじゃない。


音楽も、部活も、

まだ続いていく。


私は、そう思えた。

関東大会は、

栄光だけで終わる舞台ではなかった。


銀賞という結果。

届かなかった一歩。

それでも確かに残ったものがある。


悔しさも、誇りも、

すべて抱えたまま、

結月と蒼真、そして仲間たちは前へ進む。


青春は、

結果が出た瞬間に終わるものじゃない。

音が鳴り続ける限り、

物語は続いていく。

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