消えた一年生を探せ編!
東京都大会と夏祭りを終え、
吹奏楽部の日常は、少しずつ落ち着きを取り戻していた。
結月と蒼真は、周囲に気づかれないようにしながらも、
確かに“隣にいること”が当たり前になっていく。
恋人になっても、部活の時間は変わらない。
楽器を構え、音を合わせ、同じ目標へ向かう日々。
そんな穏やかな日常の中で起きた、
ほんの小さな異変――
「一年生が一人、姿を見せない」。
それは事件というほど大げさなものではない。
けれど、仲間を想う気持ちと、
先輩としての一歩を踏み出すには、
十分すぎる出来事だった。
(結月視点)
朝の部室は、少しだけ空気がひんやりしていた。
窓から差し込む光の中で、楽器のケースが静かに並んでいる。
「一年生、出席取るよー」
部長の声に合わせて、名前が読み上げられていく。
返事、返事、返事……。
「……あれ?」
最後の名前が呼ばれても、返事がなかった。
「今日もいないの?」
思わず口にすると、隣で譜面を見ていた蒼真くんが小さく頷いた。
「昨日も見なかった気がする」
その声が、いつもより少し近い。
付き合い始めてから、距離感が変わったのに、
それに慣れきれていない自分がいる。
「連絡、取れてないの?」
後ろの一年生が不安そうに聞く。
「うん……既読にもならないって」
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
ただの欠席ならいい。
でも、二日続くと、どうしても気になってしまう。
(蒼真視点)
放課後の金管練習。
音は出ているのに、どこか集中しきれない空気が流れていた。
「ねえ、あの子、今日も来てないよね」
一年生同士の小声が耳に入る。
顧問の先生も、スマホを見ながら首をひねっていた。
「まだ本人と連絡が取れてないんだ」
その一言で、空気が変わった。
俺はトランペットを下ろして、前に一歩出た。
「探した方がいいと思います」
自分でも驚くくらい、声ははっきりしていた。
結月がこちらを見て、小さく頷く。
「じゃあ、何人かに分かれて探そうか」
部長の判断は早かった。
こういう時の、先輩たちの頼もしさを改めて感じる。
(結月視点)
班分けの結果、蒼真くんと同じグループになった。
「はいはい、また一緒ね〜」
後輩の声に、顔が一気に熱くなる。
「ち、違うから!」
慌てて否定すると、蒼真くんが小さく笑った。
「効率いいでしょ」
その言い方が、なんだかずるい。
廊下を並んで歩く。
誰もいない校舎は、昼間と違って少し静かだ。
「……探偵みたいだね」
私が言うと、
「じゃあ結月は助手?」
「それなら蒼真くんは名探偵?」
他愛ない会話なのに、胸がふわっとする。
付き合ってからも、こういう時間はやっぱり特別だ。
(蒼真視点)
体育館倉庫の扉を開けた瞬間、
ほこりが舞い上がった。
「げほっ……!」
結月がくしゃみをして、目を細める。
「はい」
ポケットからティッシュを差し出すと、
「ありがとう……」
指先が一瞬触れた。
それだけなのに、心臓が跳ねる。
「探偵、向いてないな俺たち」
ごまかすように言うと、
「ふふ、確かに」
結月が笑った。
その笑顔を見ていると、
不思議と焦りが落ち着いていく。
(結月視点)
校舎裏に出たときだった。
「……あ」
フェンスのそばに、見覚えのある楽器ケース。
一年生の名前が、はっきりと書いてある。
「近くにいる……よね」
声が震える。
もし、何かあったらどうしよう。
「大丈夫」
蒼真くんが、落ち着いた声で言った。
「きっと、理由があるだけだ」
その言葉に、少しだけ救われた。
(蒼真視点)
古い音楽準備室の前で、足が止まった。
中から、かすかな音が聞こえる。
扉を開けると、
一年生が一人、必死に楽器を吹いていた。
「……あ」
こちらに気づいて、びくっと肩を震わせる。
「上手く吹けなくて……」
声は小さく、震えている。
「みんなの足を引っ張りたくなかったんです」
俺はゆっくり近づいた。
「一人でやる方が、しんどいぞ」
その言葉は、
過去の自分にも向けている気がした。
(結月視点)
私は、その子の前にしゃがみ込んだ。
「わたしもね、最初は全然音出なかった」
そう言うと、相手が少し顔を上げる。
「逃げたくなったこと、何回もあるよ」
それは本音だった。
「でも、一緒に吹いてくれる人がいて……
それで、続けられた」
沈黙のあと、
一年生の目に、少し光が戻る。
「……戻ります」
小さな声だったけど、確かだった。
(蒼真視点)
部室に戻ると、
みんなが一斉にこちらを見た。
「見つけた!」
誰かが叫んで、空気が一気に緩む。
「消えた一年生、無事確保!」
笑い声が起きた。
結月が、ほっとしたように息をつく。
その横顔を見て、胸が温かくなった。
(結月視点)
夕方の部室。
いつもの合奏が始まる。
音が重なって、
ようやく日常が戻ってきた感じがした。
片付けのとき、蒼真くんが小声で言う。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
目が合って、自然に笑う。
特別なことは何もない。
でも、この時間が、何より大切だと思えた。
小さな事件は、
部活の日常にすぐ溶け込んでいく。
けれどその中で、結月と蒼真は
「恋人」としてだけでなく
「先輩」として、少しだけ成長した。
音楽も、青春も、
一人では続けられない。
だから今日も、同じ場所で音を重ねていく。




