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第一話 目覚め

 私が住む国には後天的に超常の力を発現する人が稀に現れ、王様はそんな人を必死になって探して召し抱えています。

 かくいう私がそうなんです。

 私の名前はリアルシ。母や親しい人はリアって呼びます。


 私がその力を自覚したのは、胸が膨らみ始めた十三歳の時でした。その日、いつものように幼馴染のルウが私を迎えに来たんです。


「リア、そろそろ行こう」

「うん」


 私が住んでいる王都の片隅、お酒を出す店や娼館、安宿が肩を寄合うように立っている街。

 ルウと私は歩いてさらに街のはずれにある人通りがあまりなくて見窄らしい小屋があちこちに立っている地域へ行きます。

 ここは夜になると娼館で働けない私のような娘が集まる場所なんです。


 酔っ払った傭兵さん、商店の人、土木工事をする人、王城で働く人、たまに初体験を求める若い男の子。年齢も仕事も様々な男の人が私達の相手です。


「リアじゃないか!」


 ある晩のこと。

 私を見て驚いた声を上げたのはカブという男の子でした。教会で知り合ってから時々一緒に遊ぶこともあります。


 カブのお父さんは中心街の方で大きな食堂をやっていて繁盛しているそうです。だからカブはお小遣いもたくさん貰っていて、私がいくら断っても色々と贈り物をくれる男の子。


「ど、どうしてこんなとこに」

「カブ、そういう年頃になったものね。私もカブなら嬉しいな。お金はあそこにいる男の人に渡して」

「え?」


 カブの後ろに立つ眼帯の男の人。私達を仕切っている親分さんの配下、デニロさんです。代金の受け取りからトラブルの解決まで全て私達の世話をしてくれる人。

 私とそう変わらない年頃なのに大人顔負けの仕事っぷりで、女の子達はみんなデニロさんを頼りにしています。


「さ、お代を」

「う、うん」


 カブはデニロさんにお金を支払った後、俯きながら私の後をついてきます。


「ここよ、入って」


 粗末な小屋。これは親分さんが建てた私達の仕事場。


 でもカブは入り口に立ったまま入ってきません。


「カブ、どうしたの?」

「……」

「時間が決まってるけど……」

「こんなこと良くない」

「え?」

「リアはこんなことしちゃいけないんだ」

「なんで?」

「なんでって……その」


 ここにやって来てお金まで払ったのに、カブは肩を震わせながらずっと俯いています。変なの。


「リア! 家に帰ろう」


 急にカブは私の手を掴むと強引に引っ張っていこうとします。


「ちょっとカブ! 痛い」


 私がそう言った途端、カブは転びました。


「お客さん、何の真似で?」


 デニロさんです。デニロさんがカブの足を引っ掛けて転ばせたのでした。仰向けになったカブの顔を覗き込んで、こう言いました。


「この子をご自宅に連れ帰るおつもりで? なら別料金になりますぜ」

「べ、別料金なら払う。い、いくらだ」


 デニロさんは黙って指を三本立てます。私のお給金、一ヶ月分だ。そんな大金カブが払うわけないよ。


「わ、わかった。ほら」


 私は驚きました。そんな大金をカブが持っていることに。

 デニロさんにお金を払って、カブは私の手を引いてどんどん歩いていきます。


「ねぇ、カブの家に行くの?」

「ち、違うよ。リアの家さ」

「え……お母さんがいるから、それは困る」


 お母さんも客を連れ込んでいる時間です。


「それなら僕の家に……」

「カブの家族がいるでしょ?」

「か、かまわないさ」

「気にしないの?」

「君と話をするだけだから」

「えっ? しないの?」

「し、しないよ」

「変なの。女を買いに来て何もしないなんて」

「だって僕は……」

「お二人さん、仲が良いね」


 不意に男の人が後ろからカブと私の肩を抱いてきました。酒臭い。


「なっ」


 カブは身をよじりますが、男の人の力は強くて振り解けません。


「こんな時間にこの辺を、しかも身なりの良い子どもが出歩くのは感心しないね」

「だ、誰?」

「ふふふっ。しがない傭兵だよ。ほら仲間もいる」


 体格の良い大人が二人、ニヤニヤしながら暗闇から出てきます。


「お嬢ちゃんは充分育ってるねぇ。俺達と遊んでもらおうかな」


 そう言って傭兵さんは私を抱きかかえます。するとカブが傭兵さんに縋りつきました。


「やめろ! リアに触るな! ゲフッ」


 すかさず傭兵さんはカブのお腹を蹴り上げ、カブは背中から転びました。


「俺達は明後日には戦場行くんだ。だから、ちょっとな。わかれよ」


 カブはお腹を押さえてうめいてましたが、動かなくなりました。大丈夫かな。


「さぁて、あっちの林の中でいいか」


 口調こそ柔らかいんですけど、傭兵さんの目が怖いです。戦場で人を殺すのが仕事だからでしょうか。その気になれば私なんて簡単に殺されそうです。


 私は思い出します、親分さんがいつも言っていること。


『いいかルウ。金を払わない男とは決して寝てはいけないぞ。お前は俺の大事な財産だからな。デニロが大抵守っているが、いつもとは限らねぇ。もしも無理やりやられそうになったら、そいつを殺してでも逃げるんだ』

『はい。わかりました親分さん』

『よーしよし。良い子だ』


 親分さんは皆んなに怖がられていますが、私には仕事を回してくれてお金もくれるし、その上優しいから好きです。


 乱暴に私を肩に担ぎ、傭兵さんは街外れの林へ歩いていきます。

 いけない。

 このままだと親分さんの言いつけに背くことになっちゃう。


「先にやらせてもらう。お前達は人が来ないよう見張ってろ」

「早く済ませろよ」

「やり過ぎて殺すなよ。ははは」


 二人の傭兵さんにそう告げて、私を担いだ傭兵さんは林の中へ入りました。

 そして私を草むらの上に投げ落とすと、すぐに私の上に被さってきます。酒臭い息。

 いや!

 いや!

 お金を払わない人はダメ!

 でも傭兵さんの力は強くて……私はされるがままでした。


 そして。

 私の首を絞め始めたんです。

 苦しい。

 息が、息ができない。


「よーし、よし。良い顔だ。この表情が堪らないんだよ。苦しいかい?」


 耳元で囁く声。

 頭がぼおっとして意識がなくなりそうになった時、私の中で何かが、そう、何かとしか言えないモノが雷みたいに光りました。

 今まで経験したことのない感覚。胸の奥から全身へと漲っていく何か。


 苦しさは消え、私の中で何かが変わりました。はっきりと。

 まず私は口の中に入ってきた舌を噛みちぎります。


「!!! ごふっ」


 傭兵さんは口の周りを血だらけにしてのけぞりました。私は汚い舌を吐き捨て、すぐに急所を蹴り、足元を探ります。


「おごっ」


 あった! 私は落ちていた小枝を拾うと折って先を尖らせ、蹲っている傭兵さんの首筋を深く切りつけました。


 傷口から血が勢いよく流れてよろめく傭兵さん、私に手を伸ばそうとして倒れます。

 不思議なことに私はどうすれば人を弱らせ、そして殺せるのかを前から知っているみたいです。


「ふふっ」


 なぜか笑いがこぼれました。

 私は愉快でたまりません。人を殺すことがこんなに楽しいことだなんて知りませんでした。 

 そうだ。

 あとの二人も早く殺さないと。

 私は尖った小枝を数本、後ろ手に隠してそっと近寄っていきました。

 二人は林のはずれで話をしていました。


「娼館に入れる金がねぇからってあんなガキとは」

「ボヤくな。戦でたんまり貰えるよう手柄を立てりゃいいのさ」

「簡単に言ってくれる」


 後ろからそっと近寄ったので簡単に急所を狙えました。

 人間って急所が多いんだなぁと考えながら、耳の奥へ小枝を突っ込んだり、首筋に突き立てます。

 ちょっとだけ声を上げた二人はすぐに動かなくなりました。


 カブが目を覚まさないので、デニロさんを呼びにいきました。

 血の匂いに気づいて三人の死体を見たデニロさんに、何があったかを説明したところ黙ってしまいました。何か考え込んでいるようです。

 カブを担いでデニロさんが家まで送った後、私は親分さんのところに連れていかれました。


 親分さんにもう一度何があったのかを話すと、二人とも難しい顔をして黙ってしまいます。


「リアは力に目覚めた、のか」


 うめくように親分さんは言いました。


「はい。おそらく人殺しに特化したものでしょう」


 デニロさんが答えます。そっかー。私、力が使えるようになったんだ。そうだよね。いくら酔ってるからって三人の傭兵さんを簡単に殺しちゃったもん。


「デニロ、これは俺とお前だけの話にしておく」

「はい」

「リアを王城に大したことねぇ金と引き換えに渡しても利は大したことない」


 そう言って親分さんは私の目を見ながらゆっくりと話してくれました。


「リア、これからお前は客を取らなくていい。お前はこれから俺の側で仕えるんだ」

「え? は、はい」

「色々とこれから働いてもらう。給金も今の十倍は出そう。いいな?」

「わぁ! ほんとですか! 嬉しい」


 私はお母さんを楽させることができる! と喜んで返事しました。


「力の影響だろうなぁ。人を殺すことを全く気にしちゃあねぇ」

「俺もそう思います」

「まさかリアが力に目覚めるとは」

「はい。大陸の南側じゃ魔導って呼ぶそうです」

「そうか。デニロ、力の情報を全て集めろ」

「わかりました」

「リアを家に送ってやんな」

「はい」


 その後二人で夜の街はずれを歩いて帰りました。

 急にデニロさんが立ち止まって私の肩を掴んでこう言いました。


「いいかリア。お前の力のことは母親にも言うな。もちろん誰にもだ」

「ええっ? お母さんにも?」

「そうだ。お前の母親が知ることで秘密が漏れる危険性が高くなる。下手すると殺される」

「は、はい」


 お母さんが殺されるかもと聞いて、私は怖くなりました。


「なに、リアの力のことを黙ってりゃそうはならない。安心しろ。それと母親に渡す給金は今まで通りにしろ。残りは俺が預かっておく。母親に怪しまれないためだ。いいな?」

「はい」

「今まで通りの生活をしろ。客は取らず、親分のそばに仕えるようになる」

「はい」

「母親にはこれまで通りにしろ。それと急な呼び出しがあると思うから、朝から夕方まではお前のそばに一人つける。そいつを通して連絡する。いいな?」

「はい」


 家に帰るとお母さんが待っててくれました。


「リア、今日は遅かったね」

「う、うん。お金持ちのお客さんの家へ連れて行かれたんだ」


 これはデニロさんの受け売りです。


「そうかい。お前はあたしに似て器量良しだから。その人、お前を贔屓にしてくれるといいねぇ」

「うーん、それはどうかなぁ」


 カブは怪我してないか少し心配です。


「さ、お食べ。今夜はスープだよ」

「はぁい」


 お母さんのスープはとても美味しくて私は大好きです。その後寝床に入った私は明日からの仕事って何やるんだろうと考えながらいつの間にか寝てしまいました。

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