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0−1:僕の出会い

「……稼ぎたい」


真っ暗な部屋の中、僕は愛用しているパソコンの前で、ぼそりと呟いた。

蛍光灯は点けていない。モニターの青白い光と、冷却ファンの低い唸り声だけが部屋を支配している。

窓の外からは遠くに走る車の音がかすかに聞こえるが、ここはほぼ密閉された小さな宇宙だ。


誰にも知られないこの時間が、僕にとっての“活動時間”だった。


僕の名前は『結城奏ゆうきかなで』。春から高校二年生になる十六歳。

昼間の僕は、どこにでもいるごく普通の生徒だ。

テストの点は平均より少し上。運動神経は悪くもなければ特別良くもない。

部活には所属していないから、放課後は大抵すぐ帰宅する。

クラスでの存在感は薄く、「ああ、いたね」くらいのポジション。

僕を形容するなら、「クラスに一人はいる、ちょっと地味なやつ」がぴったりだろう。


だが――それは“表の顔”にすぎない。


僕には秘密がある。

誰にも話したことのない、裏の顔。


――僕は、有名な作曲家だ。


ネット上では『KANADE』と名乗って活動している。

投稿した楽曲は毎回数百万再生を超え、ボカロPランキングに載るのも珍しくない。

依頼で提供した楽曲は、歌い手の代表曲となり、オリコン入りしたこともある。

一部では「業界を変える天才」とまで呼ばれている。


モニターの画面には、今もひっきりなしにコメントが流れていた。


「鳥肌立った」

「KANADEさん、やっぱり神」

「天才すぎて嫉妬する」


僕が生み出した音楽が、見知らぬ誰かの心を揺さぶり、涙を流させる。

その事実は、確かに誇らしい。だが、……僕にとっては、そんなことは二の次だった。


僕が欲しいのは、名声でも崇拝でもない。

ただひとつ、「お金」だ。


僕は音楽を愛している。

けれど、それ以上に“金”を愛している。


僕は自分の技術、実力を誇りに思っているし、自信を持っている。

だから僕は、自分を安売りすることはない。

依頼料は相場より高めに設定する。

あまり有名でない相手や、将来性を感じない者には絶対に曲を提供しない。

時間は有限である。伸びる見込みのない相手に提供しても、こちらの得にはならない。

僕が曲を渡すのは、投資に値する相手だけだ。


「さて……今日も稼ぎ口を探すか」


背筋を伸ばし、軽くストレッチをしてから、僕は仕事用のSNSアカウントを開いた。

通知欄には未読のメッセージがひとつ光っていた。


「案件か……? 良い話だといいが」


最近は有名になった弊害か、胡散臭い依頼も増えてきている。

「これから有名になるから曲を作ってくれ」

「私が歌ってやるんだから光栄に思え」

……そんな勘違いした連中のなんと多いことか。


そして、一件一件断ることのなんとめんどくさいことか。

“時は金なり”。その時間があれば、新曲をひとつ仕上げられるというのに。


ため息を吐きつつ、メッセージを開くと――


『曲を作ってほしい』


案の定、そんなシンプルな依頼文がそこにあった。

だが、差出人の名前を見て、僕は思わず息を呑んだ。


皇城渚すめらぎなぎさ


「……は?」


信じられなかった。


皇城渚――。

いま最も勢いのある女性VTuber。デビューからわずか半年で登録者数は50万人を突破し、“次世代の歌姫”と呼ばれている。

透明感のある歌声は聴く者の心を掴み、飾らない人柄とコミュニケーション力で一気に人気を集めた。

すでに投稿している歌ってみた動画は数百万再生を超え、一部のファンからは「現代の天女」とまで呼ばれている存在だ。


僕も何度か彼女の歌を耳にしたことがある。

作曲家として冷静に分析すれば、音域の広さ、声の伸び、安定したリズム感――どれも突出していた。

ただのアイドル崩れや声真似配信者とは違う、本物の“歌声”だった。


「……本物か?」


目を疑いながらも、画面に映るメッセージを読み直す。


『曲はそちらにお任せします。依頼料についてはできる限り、あなたの言い値で対応します。

ただし、最高の楽曲をください』


――完璧だ。


僕の興奮は一気に跳ね上がった。

「できる限り言い値で」という一文が、僕の心を瞬時に掴む。

こういう太っ腹な客は滅多にいない。

どれだけ有名な人の依頼でも、条件で揉めることは多々ある。

これこそ、僕が求めていた“金になる依頼”だ。


キーボードを叩き、指が震える。


『最高の楽曲を作ることを約束しましょう』


送信ボタンを押すと同時に、胸の奥から熱が込み上げてきた。

心臓の鼓動が速くなる。

これは単なる取引以上の意味を持つ。そんな予感すらする。


すぐに音楽ソフトを立ち上げ、メロディを打ち込み始めた。

頭の中には、まだ見ぬ彼女の歌声が響いていた。

澄んだ声で旋律をなぞり、僕の創る世界に色を添えていく。


金のためとはいえ曲作りにおいて絶対に手を抜かない。

それが僕のルールだ。


気がつけば、指が止まらない。

メロディは雪崩のように溢れ、コード進行が自然と浮かび、音が連なっていく。

理性を超えて、音楽が僕を支配していた。


モニターの青白い光に照らされながら、僕は決心する。


今回は特別に頑張ろう。

相手のために……

そして何より……


「僕の――富のために!!!」


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