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ep.8 - ログは残っている(3)不自然な揃い方

 窓の外は、静かに雨が降っていた。

 粒は細かいが絶え間なく、ガラス越しの景色をじわりとぼかしている。昼を過ぎても空は明るくならず、街全体がひとつの薄い膜の中に包まれているようだった。


 カウンターの奥、怜はブレンドを淹れていた。

 抽出の合間、ちらりと視線を上げると、桐島はいつもの席にいた。背もたれにもたれ、腕を組んでいる。

 その姿勢は変わらないのに、どこか考えごとが染み出して見えるのは、照明の影のせいだろうか。


 やがてコーヒーをトレイに乗せて運ぶと、桐島は軽く片手を上げて受け取った。

 怜は向かいの席に腰を下ろし、言葉を待つ。


「今朝までに、残りの三人には会ってきた」

 ブレンドに口をつける前に、桐島が低く切り出した。


「前原、大村、岸──全員、“隠しリンクなんて知らない”って答えたよ」

 言いながら、思い返す。三人とも、まるで事前に口裏を合わせたように、同じ答えを選んでいた。


 前原千佳は、終始にこやかだった。

 「隠しリンク? そんなのあったんですね。こわっ。陰湿なことする人、いるんだなぁ」

 驚いたようには見えたが、過去を振り返る素振りはなかった。まるで記憶の中に“残していない”かのように──その無邪気さの裏側が、かえって引っかかる。


 大村隼人は、真面目な人間だった。誠実で、受け答えにも嘘はない──そう見えた。

 だが、言葉の端々に“正解を探すような間”が混じっていた。

 「掲示板には、あまり……」「誰かに頼まれて……いえ、はっきりとは……」

 それは責任を避けるというよりも、“自分が間違えないように”している印象に近かった。巻き込まれまいとする、慎重な態度。


 岸亮太は、対照的に飄々としていた。

 「おれのコードじゃないよ。ああいうの入れるなら、もっと丁寧にやるし」

 笑いながら断言し、誰を責めるわけでも、庇うわけでもない。余計なことは言わず、余計な責任も取らない。そういう賢さがあった。


 ──全員、知らないと答えた。

 だが、その“揃い方”が不自然だった。違和感は、まだうまく言葉にならないまま、桐島の中で燻っている。


「中川さんは?」怜が訊いた。


「まだ本人とは話せてない。けど、井出を通して、明日、会う約束は取り付けた」


 桐島はカップを置き、わずかに息を吐く。


「他の連中に聞いた限りじゃ、中川だけ、明確に距離を取ってたそうだ。やり取りも少なくて、実質的な参加は、ほんの数回だけ。“見てただけ”に近い」


「ログイン履歴とも合ってますね。深夜に短時間だけ、っていうのは、他人の動きを見てたみたいな……」


 怜の言葉に、桐島は目を細めた。


「……その可能性はあるな。井出が“偶然見つけた”って言ったが、それを“貼った誰か”が見に来てたとすれば──あの深夜のログインは、偶然でも編集のついででもない」


 言葉の余韻が、モニターの光のように机の上に留まる。

 外の雨音が、カフェの静けさをより濃くしていた。


 怜は、そっと言った。


「……自分の目でも、確かめたい気がして。よければ明日、一緒に行ってもいいですか」


 その声には、感情をぶつけるような強さはない。けれど、底の方で火を灯しているような、静かな意志が滲んでいた。


 桐島は一瞬だけ怜の顔を見て、それからゆっくりとうなずいた。

 それは命令でも、頼みでもなかった。ただ、自然な流れとして二人の間に落ち着いた。


 「……ああ。頼む」


 怜が立ち上がろうとしたとき、背後から声がかかった。


「怜はリュールの備品なのよ。貸し出すなら、ちゃんと“貸”にしておくから」


 振り向くと、帳簿を整理していた詩織が、いつのまにかこちらに目をやっていた。

 口元には笑みを浮かべていたが、その奥には、確かな思いやりが宿っていた。


 桐島はわずかに眉を上げたが、言葉にはしなかった。

 その無言は、詩織の思いを受け止めたようでもあり、言葉にせず返す返事のようでもあった。

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