ep.5 - 探す人(3)ちゃんと見てた
「ただいま……」
乾いた声が玄関に響いた。足取りは軽くはないが、きちんと靴を揃えて上がる音がする。
「こはる、おかえり」
結子が声をかけると、小さな返事が聞こえた。
リビングの戸口に現れたのは、小柄な女の子だった。ツインテールの位置が左右で少しずれていて、ランドセルの肩紐も斜めになっている。目は大きいが、まぶたが少し赤い。泣いていた形跡がある。
「この人は、ココを探してくれてる人。桐島さん。探偵さんだよ」
こはるは無言のまま、桐島をちらと見た。警戒というより、迷いと戸惑いが入り混じった目つきだった。
「こんにちは、こはるさん。俺のことは“ココを探すおじさん”って思ってくれていいよ」
桐島は、声の調子を落としたまま、微笑むでもなく笑わないでもない、あいまいな表情でそう言った。
「……おじさんって、探偵なの?」
「うん、でもスパイじゃない。変装も滅多にしない。人を殴ったりもしないよ。探すのが、仕事だ」
その答えに、こはるは小さく「ふっ」と息をもらした。
「じゃあ……ココ、見つかるの?」
「見つけたい。だから、こはるさんの話を少し聞かせてほしい。……ココのこと、教えてくれるかな?」
こはるはほんの少しだけ黙ったあと、ランドセルを床に下ろし、ソファの端にちょこんと座った。
「ココはね、朝はいつも、においを嗅いでるの。お花のとこ」
「ローズマリーの鉢?」
うなずく。
「それから……鳩を見てた。いつもはあんまり追いかけないのに、あの日だけ、門の方までトコトコ行って……でも、すぐ戻ってきた」
「戻ってきた?」
「うん。でも、わたしが玄関に行って、お母さんに『行ってきます』って言ってる間に、いなくなってたの。門、閉めたと思ったんだけど……」
こはるの顔が曇る。
「わたしが悪かったのかも」そう言いかけて、唇を噛んだ。
「門は、古い?」
「ちょっとだけ、ぎぃって鳴る」
「そっか。じゃあ、その音がしなかったら……開いてたのかもしれないね。こはるさんが悪かったわけじゃない。ココだって、たまには冒険したくなったのかもしれない」
こはるは、黙って桐島を見た。それは、信用の入り口に立った子どもの目だった。
「それからね……ココは、この前、お隣の人にクッキーもらってた」
「お隣って、どっちの?」
「……青い自転車がある方。クッキー、好きになっちゃったのかも。わたしがあげちゃだめって言ってたのに……」
「ありがとう。いいヒントだよ。じゃあ、ちょっとそのお隣にも、聞いてみようかな」
こはるはこくりとうなずいた。結子が後ろからそっと娘の肩に手を置く。
「……すみません、いろいろ。この子、あの日のこと、ずっと一人で考えてて」
桐島は立ち上がり、メモ帳を閉じた。
「考えてたんじゃない。ちゃんと見てたんだよね、こはるさんは」
それは、かつて、見ていた"つもり"だった自分への、皮肉のようにも聞こえた。