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ep.5 - 探す人(2)張り詰めた日々の隙間に

 住宅地の一角に建つ、白い壁の木造二階建て。新しさの残る家は、ぱっと見には手入れが行き届いているように見えた。

 芝生は短く刈られていたが、よく見れば、土の乾きと雑草の頭がちらほらと顔を出している。鉢植えのローズマリーも、枝先に萎れた葉が混じっていた。


(きっと、手が回らないんだろうな)


 見栄えだけは保とうとする、そのぎりぎりの境界線に、桐島はどこか覚えがあった。


 チャイムを押すと、まもなく玄関のドアがそっと開いた。


「……探偵の桐島さんですか?」


 苗村結子(なむらゆうこ)は、少し乱れた髪を片耳にかけ、すまなそうに笑った。声に張りはあるが、目の奥に疲れが見える。

 夜勤明けの看護師特有の、あの空気。張ってはいるが、張りきれていない。


「はい。お時間、ありがとうございます。ココの件で、お話を伺いたくて」


「どうぞ……夫はまだ仕事で。今日の夕方も帰れないって連絡があったので」


「承知しています。少し、失踪時の状況を整理できれば」


 通されたリビングは、きちんと整っていた。子供用のクッションと、薄いピンクの犬用ベッドが目に入る。

 その一方で、カーテンの隅に引っかかった埃や、壁際の読みかけの絵本が、目を凝らせば見えてくる。



 桐島の視線の端に、ふと、過去の光景がかすめた。


 朝、スーツの裾を引っ張ってくる小さな手。

 キッチンの流しに置きっぱなしになった食器。

 夜勤明けで帰ってきた妻の代わりに、コンビニ弁当を温めながら、息子に「母さん、今日は休みだから起こすなよ」とだけ言った、自分の声。


(張り詰めていたのは、あの頃の美和(みわ)も、奏人(かなと)も、きっと同じだったんだ)


 そのことに気づかなかったわけじゃない。ただ、忙しさを言い訳にして、都合よく手を放しただけだ。


 ──衣擦れの音が、ふと聞こえた。

 視界の端で、結子が姿勢を直す気配がある。

 桐島は軽くまばたきをし、意識を現在へと戻した。


「……すみません、ぼんやりしてしまって。ココがいなくなったのは、いつでしたか?」


「……一昨日の朝です。私が夜勤明けで帰ってきて。娘のこはるは学校へ行く準備をしていて……ココを庭に出していたんです。リードはちゃんとつけていて、門も閉まってたと思ってたんですけど……」


 結子の声が少しだけかすれる。


「門が、開いてた?」


「はい。たぶん、娘が……鍵をかけるのを忘れたんだと思います。ココがいないって気づいたのは、こはるがランドセルを背負う直前で……私は眠気もあって、最初、夢かと思って。でも、ベッドにも庭にもいなくて」


「すぐに探した?」


「近所を回りました。でも、時間もなくて……夜にはまた職場に行かなきゃならなくて……」


 その口調の端々に、「私のせいじゃない」と「私のせいかもしれない」が同居しているようだった。


 桐島は、返事の間合いに迷うことなく、ただ静かにうなずいた。


「こはるさん、今は学校?」


「もうすぐ帰ってくると思います。……会ってもらえますか?」


「もちろんです。あの子が、何を見ていたか、思い出してくれるかもしれません」


 結子が一瞬目を伏せた。


「……夫も、忙しくて。でも……こんなことになって、家のこと、もっとちゃんとしなきゃって……」


 その言葉は、桐島の胸に妙に刺さった。

 自分は、こんなふうに言えなかった。


 手帳を開いた桐島の手の動きは、ほんの少しだけ、重くなっていた。

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