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ep.4 - 雑貨店で起きたこと(6)受け取る人のいる場所

 午後の光が、少し傾きかけていた。

 カフェ・リュールの窓から射し込む陽射しが、静かにカウンターの木目をなぞっている。


 桐島は、いつもの席にいた。何も言わず、ただブレンドの湯気を目で追いながら、耳を澄ますように店内の音を拾っている。


 怜は、カウンターの奥でグラスを拭きながら、ふとその背中に声をかけた。


「……えりかさん、昨日来ましたよ」


 桐島は少しだけ視線を動かした。けれど、何も言わない。


「ブルーのワンピースを着てて……たぶん、新しいやつです。いつもより少し明るい色で、夏らしくて、似合ってました」


 怜は手を止めずに、昨日のえりかの言葉を桐島へ伝える。


「“何かされたわけじゃない”って、自分に言い聞かせてた。でも、桐島さんがちゃんと記録してくれて……“感じていいもの”だったんだって、やっと思えた」


「──そう言ってました」


 少しのあいだ、二人のあいだに静かな沈黙が流れた。

 窓の外では、風にあおられた木の葉がかすかに鳴っている。

 

 怜はその音を聞きながら、もう少しだけ続けた。


「……誰かがちゃんと“見てた”って、それだけで、人は救われるんだと思います。証拠にならなくても、否定されなかったことが。“気のせい”じゃなくて、“ちゃんと誰かが受け取ってくれた”ってことが」


 語調は穏やかだった。けれど、その奥には、確かな敬意がにじんでいた。


「ありがとうございます。……桐島さんが“見た”ことに、意味があったって、僕は思ってます」


 桐島はカップに口をつけたまま、微かにうなずいた。それが、唯一の返答だった。


 怜は、それ以上言葉を重ねなかった。

 ただ静かに、昨日の午後の情景を思い返していた。



 えりかが店を出たとき──淡いブルーのワンピースの裾が、陽射しを透かして揺れていた。その背中が、光を受け止めるように歩いていく様子を見て、怜は心の中でそっと思った。


 きっとこの人は、これからも「フレーケン」と一緒にあるんだ。

 誰かからもらった“好き”を、今度は誰かに渡す人として。


 視線ひとつで、人は少しだけ変われる。そう思えたのは──目の前にいる、この無口な男のせいだった。


 怜は、最後にそっと言った。


「……桐島さんの“見る”って、強いですね」


 返事はなかった。けれど、カップを置く音が、いつもより少しだけ柔らかかった。

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