6. 再会と焦燥
マリナは、この世界に来て2度目の夜を迎えていた。
(今日は、アンナさん来てくれるかな——)
あれ以降、アンナは姿を見せていない。配膳は、最初に食事を持ってきた女性がしている。
(——にしても、今日の夜も寒っ!)
この世界は、日が暮れると一気に冷え込む。夜の寒さは、マリナにとって、日本の冬の寒さと同じくらいに思えた。
(いい加減、毛布とか持ってきてよ••••••。こんな布で、よく風邪引かずに済んでるよね!?)
小刻みに震える体を温めようと、布と体の間に外気を入れないように布同士を隙間なく重ね合わせる。破いてしまわないように注意しながら、布を握り締め、暖をとる。
ギィィィ
不意に扉が開く。マリナには見覚えがない男——エドモン——がそこには立っていた。
鼻の下に髭を生やし、前髪は後退したのか額が広い。アンナと似た淡い黄色の髪と瞳をしている。パンツに腹が少しばかり乗っているが、意外にも脚は細い。
(だれ••••••このおじさん)
マリナが身構える。
「会話はできるらしいな。出ろ、ここから移動する」と、エドモンはマリナを見下ろしながら言い、踵を返す。
(出れるのは嬉しいけど、イヤな予感しかしないな••••••)
乱暴な言い方に不満を抱くも、いまのマリナに抵抗する術はない。エドモンに言われるがまま、マリナは部屋を出た。すると、両脇を埋めるように、扉横に立っていた騎士がマリナの側に立つ。そして、剣を抜き、そのまま剣先をマリナに向けた。
思わず、マリナは背中を丸める。両手の指を組み、脇を絞め、手を胸元に寄せ、身を縮ませる。助けて、と祈るような姿勢をとった。
(こわい、こわい、こわい。もう••••••なに!? イヤ! 本当に、わたしって聖女なの? 今から、どこに行くの••••••?)
マリナのことを気にも留めず、エドモンは前を進んでいく。
(——追いかけないと)
だが、剣を向けられたマリナの足は、思うように前に進まなかった。
歩みを進めないマリナに痺れを切らし、騎士は剣を揺らす。
「ひっっ!」切られると思い、マリナが声を漏らす。
「さっさと、来い!」
前方を歩くエドモンが振り返り、マリナに向かって声を荒げる。
マリナの足が無意識に前へ一歩踏み出す。
(——え、なに?)
エドモンがマリナの足に魔法をかける。マリナの足を糸で引くかのように、彼女を歩かせたのだ。
「手間をかけさせる。さっさと行くぞ、陛下がお待ちだ」
一同が足を止めたのは、厳かな大きい扉の前だった。
「ここだ。決して、無礼のないように」
エドモンの言葉に、マリナの頭には急に血がのぼった。
(••••••!? あなたたちこそ、ずっと無礼ですけど!? もう3日くらい、あんなところに閉じ込められてます! 夜の寒さ知ってるよね? ボロボロの布でよく耐えたと思わない!? だいだい、あの布さ、洗われてないよね? 臭いんだけど! 当然、あの部屋も臭い。扉の外から監視されてるし、何より部屋が臭い。着替えもないし、お風呂も入れないし、あと部屋が臭い。何より最悪なのが、髪がごわつき始めて、今までできたことない枝毛が見つかった! それに、髪に部屋の臭いがついた! ありえない、最悪すぎる! 部屋が臭い! 食事も、うっっすい飲み物1杯と、固すぎるパンです! まあ、ちょっとお腹にお肉付いてきたかなって思っていたから、お陰様でそのお肉が気にならないくらい痩せましたけどね! あと、おじさんもなんか臭いです!)
頭の中では、文句が溢れ出てくる。全て吐き捨てたかったが、口を固く閉じ、なんとか言葉に出さずに済んだ。 言葉にしてしまうと、向けられた剣が、体を突き刺してきそうだったからだ。
(ふぅ••••••。なんとか、耐えた)
扉が内側からゆっくりと開かれる。奥に広がるのは、マリナが召喚された時と同じ大広間だった。部屋の最奥の壇上で、ハインが偉そうな態度で玉座に腰掛けている。
(あれって、わたしを捕まえろって言ったきた——)
わずかな時間しか、顔を合わせていないが、マリナはハインをはっきり覚えていた。
エドモンに指示されるがまま、ハインの目前まで移動すると、強引に跪かされる。背後では、騎士が変わらず剣を構えたままだ。
「アンナ殿が言っていたことは、確かであったか?」ハインがエドモンに訊く。
「はい、意思疎通は可能です。こんな見た目ですが、一応は人間ですし、魔族のように言語の壁はありません」
(なによ、それ。どういう意味••••••?)
マリナの存在を気にせず、ハインとエドモンは会話を続ける。
「で、コレは戦いに使えるんだろうな? アンナ殿はなんと?」と、再びハインがエドモンに訊く。
「危険、と。ですが、はったりの可能性もあります。コレからは、たいした魔力を感じられません」エドモンが答える。
「ほぉ。オルフェリアに連れて帰り、実験動物にでもするつもりか? まあ、よい。いざとなったら、使えるかもしれん。それに••••••」
ハインが玉座から立ち上がる。
「魔族が動き出した。おそらく、召喚魔法を嗅ぎつけたのだろう。兵を用意しろ。帝国にも要請を出しておけ。ついでに、コレをあの塔に連れて行け。使えるかどうか試す、良い機会だ」
「御意」
エドモンが、再びマリナに向け魔法を放つ。
両手首、両足首に金色の光りを放つ輪が浮かび上がると、光の輪が互いに引き寄せ合い、両手足を縛る1つの大きな枷と変化する。
(これ••••••あのときの——)
召喚された時のことを思い出す。同じ目に遭いたくない、そう思いマリナは声を上げる。
「自分で歩きます!」
それを聞いたエドモンは、両足につけた枷を解除する。
「立て」と、吐き捨てると、エドモンは再び前を歩く。
マリナは、縛られた両手を床につけ、体を支えながら立ち上がる。そのまま、憎たらしいエドモンの背中を追いかけた。
広間を出る前に、マリナの足が止まり、そして振り返る。途端に、マリナが纏っていた空気が一変した。背後に立っていた騎士たちが、突然変わったマリナの雰囲気に呑まれ、息を忘れる。
(——フェルディナンドの民よ。わたしも、その顔を忘れないわ)
その真っ黒な瞳に、ハインの姿をしっかりと刻み込んだ。
「さ、さっさと、行け! 行ってくれ! 私の前から、その姿を消してくれ!」ハインが声を荒げる。
その姿は、まるでマリナに対し命乞いをしているようだった。
口角をあげ笑みを浮かべたまま、マリナの足は再び歩み始め、大広間を後にした。
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(まったく! 無駄話ばかり!! なんなのこの国は!!! しかも、今日に限って——)
アンナは、足を地面に叩きつけながら歩いていた。
この日の報告書をシェリスに送るろうとするたび、王国の人間に声をかけられ、そのたび無駄話を聞かされるのみだった。
(マリナさんへの配膳が遅くなっちゃった••••••。お腹空かしてるだろうな。いつも量が少ないし)
手に持った盆を見る。相変わらず、味の薄い茶に固くなりすぎたパンだけが乗っている。
アンナは、2日ぶりにマリナの部屋に向かう。
(早くオルフェリアに行けるように、シェリス様が動いてくれるといいんだけど••••••)
アンナが異変に気付く。
(——おかしい。いつもなら、この位置からでも、マリナさんの魔力を感じれるのに)
マリアの部屋は、今アンナがいる場所から、階を2つ上がった突き当たりに位置している。
アンナは盆に乗った食事を落とさないように、階段を一気に駆け上がり、マリナの部屋のある階に辿り着く。
(見張りがいない——!?)
部屋の扉を勢いよく開けると、そこにいるはずのマリナの姿がない。
(——やられた)
アンナは目を閉じ、マリナの魔力を感知しようと試みる。だが、溢れんばかりのマリナの魔力だが、距離があるのか、アンナでは感じ取れない。
(この国は、いったい何を考えているの!? 魔族が動き出したという情報もある。——まさか)
手に持っていた盆を落とし、アンナは慌ててその場を去った。
ここまで、読んでいただきありがとうございます。
まだまだ拙い文章ですが、このまま次章も読んでいただけると嬉しいです。
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