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5. 味方と疑念

 真璃那が閉じ込められている部屋に足を運ぶ人物がいる。配膳役の女性だ。だが、これといって会話があるわけではない。むしろ、避けられている。


 4時間ほど前に、その配膳役が食事を持ってきてくれた。

 徐に扉が開き、女性が姿を見せた。その手には盆を持っていた。真璃那を見るや否や、すぐに顔を逸らす。真璃那を見ると、石にされると思っているかのようだった。


 彼女は、一歩、部屋に足を踏み入れた途端、盆を床に置き、早々に去った。床に置かれた盆に乗っていたのは、何時間も放置されたみたいに固くなったパンに、お茶を千倍くらい希釈したような味の薄い飲み物のみだった。


(あのパン固かったな••••••。飲み物も味なかったな••••••)


 何ができるわけでもなく、古びた2枚の布で体を包み、自分を抱きしめるようにして横になり、そっと目を閉じる。


(目を瞑っちゃえば、自分がどこにいるかなんて、わからないんだから••••••)


 部屋から一歩も出ず、誰とも会話せず、1人で過ごせる時間は、普段の真璃那にとってなら最高の1日だ。だが、異臭が漂い、陽の光もまともに入らない部屋、まともな食事も摂れず、外では騎士が監視、当然テレビもスマホもない。


(この世界に来て、どのくらいの時間が経ってるんだろう••••••)


 召喚された夜から、まだ半日ほどしか経っていない。

 だが、意識を失ってから部屋に運ばれた真璃那にとって、この世界に来てどのくらいの時間が経過しているのか、見当もつかなかった。


(いつまで、この部屋なのかな••••••、流石に、ここより酷い所に連れて行かれることないよね••••••。『闇堕ちヒロイン』の続き見たかったな••••••。それに——)


 指に髪を絡ませながら、そっと撫でる。


(お風呂に入って、髪洗いたい••••••)


 毛先を摘み、鼻の下へ寄せる。


(まだ大丈夫そうだけど、この部屋の臭いが染み付きそう••••••)


 不意に、子供のころの光景を思い出す。

 肩まで伸びた真璃那の髪に、母がやさしく櫛を通してくれる様子だった。綺麗に伸びてきたね、と自分のことのように嬉しそうにするその表情を忘れられない。


(••••••おかあさん)


 ギィィ


 木製の扉が開く音で、真璃那は瞼を開ける。いつの間にか、眠っていたようだ。

 目を醒ましたと気づかれないように、布の端からそっと顔をのぞかせる。見えたのは、盆が床に置かれるところだった。盆に添えられていた手の主を確認すると、どうやら別の女性が持ってきてくれたようだった。

 盆を置き終わっても、すぐに立ち去る素振りもない。

 

 真璃那は警戒しながら起き上がり、ゆっくりと盆の乗ったものを確認する。1度目の食事と同じパンと飲み物があるが、それに加えて苺に似た赤い実が3つ置かれている。


(この実だけ美味しそうに見えるけど、どんな味だろう••••••)

 真璃那は唾を呑んだ。

 

 真璃那は、盆から配膳役の女性に視線を送る。小柄で、肩まで伸びた淡い黄色の髪。それと同じく、丸くて綺麗な淡い黄色の瞳を持つ女性。

 ——可愛い。真璃那の頭に、その単語がよぎる。

 見つめていると、彼女と目が合った。


(っ••••••!)


 ばつが悪そうに、真璃那は目を逸らす。

(••••••どうしよう、目が合っちゃった。可愛いなと思って、ついガン見しちゃった)


「これ、少し私がいただいても?」女性が声をかける。

「え!?」思わず、声が出る。

 

「••••••あ、ああ。どうぞ、どうぞ」真璃那は慌てて答える。


 彼女は、果物に向かって、右手の人差し指を伸ばす。そのまま、人差し指を上から下へスッと振り下ろす。

 すると、ナイフで切り分けたみたいに、果実が2つに割れ、ほんのり果汁が垂れる。


 一連の動きに、真璃那は目を大きく開いた。


(い、今のなに!? なにが起きたの!? もしかして、魔法とか!?)


 切った果物の小さい方を彼女が掴み、そのまま口に運んだ。

 その顔は、味に満足しているようだった。


「しっかり、熟してて甘いですよ。貴女もいかがですか?」と、真璃那の様子を伺いながら、残りを差し出す。

「い、いいんですか••••••?」

 真璃那は、そっと果物を手に取り、口に運ぶ。


(んっ!!!)


 わずかな酸味のあと、熟成された甘みが口の中に広がり、食欲が刺激され胃が動き始めるのがわかる。


(美味しい——!)

 味の感想を共有し合うように、思わず目の前の彼女に目で合図を送る。そんな真璃那の様子を見て、安堵した様子で彼女が微笑み返す。


「美味しいですよね」と、女性が訊く。

「お、美味しいです……」

「よかった! 貴女の世界にも、似たような食べ物があったりしますか?」

「あります。パンもあります、これよりもっと柔らかいですけど」と、盆に置かれたパンを指さした。

「ごめんなさい。固かったですよね••••••。ちゃんと食べられるものを持ってくるようにしますね」と、心地良さを与える声で女性が言い、さらに続ける。


「わたしは、アンナといいます。アンナ・エスティアです。聖女様••••••貴女の身の回りのお世話をすることになります。顔と名前を覚えいただけると嬉しいです」


(アンナって、名前なんだ——。しかも、声も可愛い)

 真璃那は、アンナを見ているうちに、元の世界で過去に見ていたアニメのことを思い出す。


(少し前に見た『やっぱり、魔法しか勝たん〜第一王女だけど王族辞めて、自由気ままに魔法極めます〜』に出てきた女主人公に声も雰囲気も似てる気がする! 空気をあまり読まない御転婆娘だけど、自分の信念のために全てを捨てられる芯のあるキャラで、私は好きだったんだよね——)

 アンナに似た主人公が登場する作品について、一通り思い出した後、ハッと我に返る。


「えっと••••••私は、マリナです。マリナ・アヤツキ」

「では、マリナ様とお呼びしますね」と、ニコッと笑い、その頬にはえくぼが浮かんだ。


 コンッ。コンッ。

 部屋の外から、騎士が扉をノックする。


「そろそろです」と、睨むような目つきで、アンナに退室を促す。


 アンナは徐に立ち上がると、マリナに向かって一礼し、手を振りながら部屋を出る。

 無意識に、マリナも手を振り返しながら、アンナを見送った。


 この部屋の空気のように湿っぽくなっていたマリナの心を換気するように風が吹いた。


(初対面なのに、こんなに喋っちゃった! しかも、手を振り合うなんて。これは、もう友達、友達なのでは!? それに)


 アンナが口走った『聖女様』という単語を思い出す。


(やっぱり、私って聖女なんだ——! でも、だったらどうしてこんな部屋に)


 これまで見てきた物語に出てくる聖女と比べ、扱いが違いすぎること、そして召喚された時のハインの言動を思い出す。


『近づけさせるなぁぁあ!』


(あの人。明らかに、私を見て怯えてたな••••••)



****



(——黒い髪に、黒い瞳。間違いなく本物だ。魔力量も底が知れない。でも、マリナ様は——ただの普通の女の子にしか見えなかった)

 アンナは、マリナが収容されている部屋を出た。


 目の前には、フェルディナンド王国の魔法部隊部隊長である男——名前はエドモン——が立っていた。

()()と話してどうでしたかな? アンナ殿」と、エドモンが訊く。


()()、ではなくマリナ様です。意思疎通はできます。食べものは、マリナ様の世界と、こちらの世界とで似たものがあるようです。それよりも、あの部屋、あの食事、彼女の待遇について帝国として苦言を呈さずにはいられません」語気を強めてアンナが言う。


 だが、エドモンは鼻で笑うだけだ。

 その様子に、苛立ちを覚えながらアンナは続ける。


「我が国も、彼女の召喚に関わってます。故に、彼女は我々の貴賓でもある。対応を改めていただきたい」


「確かに、貴国に協力いただいたことは感謝しております。ですが、ここはフェルディナンド。たとえ、協力いただいた帝国のお方であっても、我が国のやり方には従ってもらわねば困りますな。それに、貴女も見たはずだ、アレの姿を。扱いには十分に、注意せねばならんのですよ」と、鼻息を荒げ、アンナに迫るように話すエドモン。


 眉間に皺を寄せ、不快さを露わにしながらアンナが返す。

「わかりました。エドモン殿が仰るように、従いましょう。ですが、我が騎士団長にも報告書は送らせてもらいます。私の仕事ですので」


「ええ、もちろんです。どうぞ、お好きになさってください」

 エドモンのどこか余裕のある言い方に、アンナは嫌な予感がした。


「それで、アンナ殿からみて、()()は魔族との戦いに使えそうですか?」

 

 その問いに、アンナは口を閉ざした。


「どうなんです? 魔力量は? 魔法も使えそうですか? どうなのです」


 エドモンの問いに、呆れて返す言葉もないアンナ。


(ふざけているの? ——確かに、多くの人類は魔力を持たず、魔法を扱える者はほんの一握りだけ。そんな中で、私やエドモンは魔法を行使できる。エドモンは、この国の魔法部隊を率いている。なのに——)


 アンナは、先ほど出てきた扉の方を凝視する。ベールが風で揺れるように、真っ黒な魔力の波が上へ伸び、天井をすり抜けている。


(通常、体内に収まっている魔力が、部屋の外にまで溢れているというのに、何も感じないの••••••?)

 夥しい魔力量を目の当たりにするも、アンナは落ち着いていた。

 

 アンナは、これだけの魔力を放つ人間に会ったことがなかった。マリナを召喚した直後、息をすることさえ躊躇うほどに感じた恐怖が体を支配した。

 召喚から時間をおき、聖女の元へ向かい言葉を交わすことを決めるも、足がすくみ、自室から一歩を踏み出すのにかなりの時間を要した。

 それでも、アンナは帝国騎士の一員であり、その誇りと勇気を胸に、マリナの元へやってきたのだ。

 

 だが、実際に会ってみるとどうだ。アンナの中で、何を恐れていたのかと疑いたくなるほど、マリナは普通だった。

 

 フラグラの実——苺に似た熟した赤い果実——を切り分けた時に見せた瞳の輝き。その瞳の正体をアンナは知っている。初めて魔法に触れた子供が興奮した時に見せる瞳だ。それに、フラグラを実を頬張る姿から、言葉を交わさずとも、味の良さを伝えようとしているのが伺えた。

 アンナが部屋から出る時には、名残惜しそうに友を見送るように手を振り返してきた。

 

(マリナ様——マリナさんを魔族との戦いに巻き込んではいけない。早く、あの部屋から出してあげないと)


 エドモンに向かって、アンナがはっきりと伝える。


「このままだと彼女の身が危険なので、貴国なんかには預けておけません」

ここまで、読んでいただきありがとうございます。

まだまだ拙い文章ですが、このまま次章も読んでいただけると嬉しいです。

ご意見、ご感想もお待ちしております。

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