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4. 期待と戦慄

 シェリス・ライオネル——オルフェリア帝国、帝国騎士団長——の1日は、自然と目が醒める日の出前から始まる。

 

 早朝の走り込みは、帝国騎士へ入隊することが夢だった幼いシェリスが、今すぐにでもやれることだと考えて始めた習慣だ。騎士団長という立場になった今でも、初心を忘れず毎日欠かさない。


 素早くベッドから出る。顔を洗い濡れた顔を拭いた後は、軽装に着替え、体を起こすように軽く柔軟をしながら、食器棚からグラスを手にし、水を注ぐと一気に飲み干し、そのまま部屋を出る。


 シェリスは、街がまだ眠りについている中、1人で駆け回るこの時間が好きだ。自然が用意した、今日という1日に人々を迎え入れるための新しい空気を誰よりも早く体内に取り込んでいるような気分になれるからだ。


 タッ! タッ! タッ!

 スゥ••••••ハァ••••••。 スゥ••••••ハァ••••••。


 シェリスは軽快な足取りで、金色に輝く髪を揺らし、一定のリズムで呼吸を繰り返す。澄んだ空気が、肺の中へ流れ込んでいく。

 

(••••••ついに、今日か)


 フェルディナンド王国に、魔法使いを集め召喚魔法を発動する。異世界から聖女を呼び寄せるのが、まさに今日だ。

 『今や、他を圧倒する魔族の存在も確認されている。いつ我々人類が蹂躙されるかもわからない状況である。かつて、世界に安寧をもたらした聖女の力を借りるため、召喚魔法を使う時が来た』というハイン・フェルディナンドの言葉には賛同し、帝国騎士団所属の魔法部隊を派遣した。


 ——突如として、この世界に姿を現した魔族。魔法を自在に操り、靄のかかった得体の知れない姿をしている。


 かつて、国土の一部が魔族領であったこともあり、フェルディナンド王国は、魔族領と最も近くに位置している。

 先人たちの多くの犠牲の上で、フェルディナンドは今の領土と国力を得た。そのため、どの国よりも魔族に対する敵視が強い国だ。


 領土を取り戻すつもりか、はたまた復讐するつもりか、フェルディナンド近郊の大森林に魔族たちが度々姿を現す。王国は防衛として交戦している。


 これまで、多くの犠牲を出しながらも魔族を退かせてきた。だが、5年前——シェリスが入団して間もない頃——状況が一変した。圧倒的な力を持つ、1体の魔族に部隊は全滅させられた。

 不幸中の幸いだったのは、その個体がそれ以上攻めてくることもなく姿を消したことだ。


 この日を境に、フェルディナンド王国は隣接するオルフェリア帝国に軍事協定を持ちかけてきた。

 大陸で最も力のある帝国騎士団と協力関係を築き、例の個体との戦闘に備えたいというものだ。当然、他国にも協定を申し込んだようだが、魔族領と近接する国は、フェルディナンドに次いでオルフェリア帝国くらいのため、魔族が脅威で認識はあるものの、軍の派遣を出し渋っていた。

 帝国は魔族領とも距離が近いため、王国の要請に応えた。帝国騎士は

騎士の一部を王国へ駐屯し、魔族の出現を確認すると、王国騎士団と共に戦場に向かう。


 そして、1年前——シェリスが団長として初めての共同戦線——フェルディナンド王国国境付近の森に、他の魔族に共に件の個体が姿を現した。



****



 魔族の出現の知らせを受け、シェリスが帝国騎士を引き連れ現場に駆けつけると、すでに王国騎士たちは横たわり、戦闘不能の状態だった。 倒れた王国騎士たちの先に立つ影に、シェリスは視線を逸らせないでいた。

 シェリスの黄金の瞳に映るは、人の形にも鬼の形にも見える黒紫色の靄でできた影だった。


(あれを、野放しにしてはいけない••••••)

 魔力を感知できないシェリスでも、その影が放つ異様な圧を感じ、武者震いが止まらなかった。


 その影は、息をするように(あおぐろ)炎を操り、確実に騎士が手に持つ武器だけを焼き尽くした。まるで、我々人間をいつでも焼き消せると言わんばかりだ。

 聳り立つ火柱を纏い、シェリスたち騎士団を迎え討つ姿に、シェリスは人知れず、その魔族を『黝魔(ゆうま)』と名付けていた。

 

 次々と戦意を消失する騎士たちに紛れ、最後まで果敢に戦ったのはシェリスだった。

 

(対象物が素早く動き回れば、着火の狙いが定まらず、魔法の発動を遅らせられるはず——)

 

 そう考えたシェリスは、手にもった剣を周囲の木々の陰に隠し、蛇行しながら走り回り、着々と詰め寄る。

 黝魔(ゆうま)も対抗すべく、距離を縮めるシェリスの行く手を阻むように火柱を1つ、また1つ、次々と立てる。だが、火柱が立ち上がる気配を察知するシェリスは進路を変更し、黝魔(ゆうま)を翻弄する。

 

(間合い——)


 シェリスは、柄を握る手に力を入れる。だが、腕の力は抜き、しなるように剣を振る。剣身が黝魔(ゆうま)に向かって流れる。切先が触れる、その瞬間。シェリスの四方を囲むように火柱が足元から湧き上がる。

 体勢は変えられない。振るった腕は止まらない。切先は、シェリスの前方に湧き上がった火柱を切り伏せた。


 シェリスの目の前にいたはずの黝魔(ゆうま)は、跡形もなく姿を消していた。



****



(あの時、足を止めずにいられたのは、この習慣のおかげだな••••••)

 黝魔(ゆうま)の影が脳裏にちらつく。早朝の走り込みをしている時は、いつもあの時を思い出す。

 

(次こそは——)


 自然と手に力が入り、目付きが鋭くなる。

 その緊張を緩和してくれたのが、フェルディナンド王国の民だった。


「あ、シェリスだ!」

「シェリス様! おはようございます」

「おはよ〜!」


「おはようございます!」と、シェリスは軽く手を振りながら挨拶を返す。駐屯地から3キロメートルほど離れた場所に1つの街がある。フェルディナンド王国最北部に位置する街だ。そこからさらに北に進むと、魔族領との境になる森が広がっている。

 駐屯地は、その街と森の間に設置されている。


 シェリスが駐屯地に来たのは、黝魔(ゆうま)との一戦以降、5度目だった。帝国騎士団長であるため、普段は帝都にいることが多いが、3ヶ月に一度は団長自らこの地滞在する騎士の様子を見に来るようにしている。

 今回は、召喚魔法を発動させるという特別事案があるため、通常の期間を経ず、万が一に備えてフェルディナンドに足を運んだ。魔法を行使する前後1週間は滞在する予定だ。


 シェリスがフェルディナンドに滞在するたびに、街道を使い毎日10キロメートル走り込んでいる。その光景に見慣れた王国民は、シェリスを見つけるや否や声をかけてくれるようになった。

 

 元々、人当たりがよいシェリスだが、その見た目も人を惹きつけていた。

 サラサラとこぼれてしまいそうなほど、滑らかく細かい金色の髪。装飾品のように金に輝く瞳を持つ切れ長な目。冷たい印象を与える顔立ちだが、笑うと少年のようだと、周りからは揶揄われている。

 背が高く、シャツの襟から覗かせる鍛え抜かれた首から肩にかけて伸びる筋肉からは、勇ましさを感じさせる。

 老若男女問わず、シェリスには好意的である。


 日が昇り始める頃には、駐屯地に戻って来た。

 

(そろそろ、みんなも始めてる頃か)


 戻ったその足で、訓練場として使っている広場の方に向かう。宿舎からは、鎧の下に着用する軽装で、訓練用の木剣を手にし、同じく訓練場に向かう騎士たちと顔を合わす。

 騎士たちがシェリスに気づくと、一同は足を止める。続けて、シェリスの方を向き、左手は背後に、右手は胸元で拳をつくり、天から糸で引かれたように背筋を伸ばす。その後、手の甲を相手に向けたまま、拳を少し前に突き出し、相手に忠誠や誓いを立てるように動かす。

 帝国騎士式の敬礼だ。


「「「おはようございます! 騎士長」」」


 シェリスに向けて、声を揃えて挨拶をする。


「おはよう」と、皆に左手が見えるように挙げ挨拶をし、手を下ろす。すると、騎士たちは姿勢を崩しその場を去った。


 オルフェリア帝国騎士団——騎士が46名、魔法使いが5名の計51人で構成——シェリスが率いる帝国の精鋭部隊である。

 普段なら騎士を8名、魔法使いを2名を王国に滞在させているが、今回に限って騎士は倍の人数。魔法使いに至っては、全員を派遣し、召喚魔法に人員に割いている。


 シェリスの配下には、ヴォルフ・エーベルハルトという副団長がいる。年は、シェリスよりも4つ上。目付きが悪く、体も大きい。また、気性が荒く、好戦的であるため、騎士団を率いるには不向きだ。大剣を振り回し戦う戦法を取る武闘派だ。実力派は目を見張るものがあり、戦場ではシェリスを支えている。


 スタスタ……ザッ! ザッ!

 カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!


 シェリスが訓練場に着くと、勇ましく地面を蹴る音と共に、訓練用の木剣がぶつけ合う姿が見えた。ヴォルフに対し、4人の騎士が剣を向け模擬戦を行っている。離れた位置で、他の隊員が同じような座組で模擬戦を始めようとしていた。

 

 この訓練は、1対多数で行うものである。

 魔族は個々で戦うことが主流である。その魔族に対し、騎士は複数名で対峙する。予期せぬ動きをする魔法に適応するため、状況に応じ攻守を入れ替えながら戦えるように多数で編成を組んで挑む。


 一方、1名側はあらゆる方角からの攻撃に対応するためや、敵が複数名いた場合、生還できるように身のこなし方を訓練する。


 本来ならば、魔法使いも参加して行うものだが、召喚魔法を発動するため全員が出払っている。


(召喚魔法を機に、これから魔族との戦いが本格化するだろう——。これに応えるように、みんなの動きは悪くない)

 

「てめぇら! 切っ先に殺意が足りてねぇぞ!!! 木剣だろうと、訓練だろうと、目の前の敵を殺す気でやれぇえぇ!」


(——特に、ヴォルフだな)


 ヴォルフが、騎士たちの攻撃を去なしながら、喝を入れていく。ヴォルフ1人を相手に、4人がかりでも歯が立たない。

 騎士達が弱いわけでも、連携が取れてないわけでもない、副団長と一般騎士との間にそれだけの実力差があるのだ。


「私も、相手をしよう」

 シェリスの言葉に、ニヤリと真っ先に反応を示すヴォルフ。模擬戦をやっていた騎士たちに視線で合図を送り、木剣を手に歩み寄るシェリスに向かって殺気を飛ばす。


 ヴォルフを含め、騎士5人でシェリスを囲んだ。シェリスの背後を取る騎士に向かって、瞳の動きだけで、シェリスに攻め入ることを合図する。それをシェリスは見逃さなかった。


 ヴォルフから指示を受けた騎士が動き出すと同時に、シェリスは予備動作なく振り返る。シェリスが向かうとされる先に、全員の視線が注がれる。重心を前方に移動し、剣を構え、シェリスに斬りかかる体勢に入る。

 だが、シェリスの狙いは背後の騎士ではなくヴォルフだった。姿勢を低くし、音も立てないほど素早く踵を返す。咄嗟に視線をズラされるヴォルフ。攻めに入ろうとしていたヴォルフは、瞬時に守り姿勢を整えようとするも、流れるようなシェリスの動きにタイミングを合わせることができなかった。


 シェリスが振るった木剣が、ヴォルフの木剣を簡単に弾き飛ばす。他の騎士もなす術なく、全て討ち落とされる。

 視線の誘導と他を寄せ付けない俊敏な動き。それがシェリスの特徴だった。戦闘スタイルをわかっていても尚、反射的にシェリスの動きを追ってしまう時点で、勝機を見出すのは至難の業だ。


「——次っ!」シェリスが他の団員たちに言う。

 その後も、誰1人としてシェリスの動きについていける者はいなかった。

 

 一通り訓練を終え、シェリスが団員を集合させる。


「今夜、例の計画が実行される」

 シェリスのこの言葉だけで、ヴォルフをはじめ、騎士全員の表情が訓練時よりも引き締まる。


「召喚魔法の発動後、魔族たちも動き出すに違いない。我々の戦いは、これから始まる。いつでも出撃ができるように待機しつつ、休めるうちに休むように。以上!」

 シェリスが言い切ると、シェリスに向かって団員達が敬礼する。


(召喚後、真っ先に聖女の命が狙われるだろう••••••。なんとしても、お守りしなければ)

 シェリスは、静かに闘志を燃やし自室に戻った。 


 自室に戻ると、シェリスは書類に目を通していた。

 騎士団の活動資金に関する資料、武具の在庫、団員たちの日報など、騎士団長ともなると確認する書類が意外と多い。書類の中には、召喚魔法の発動に参加している魔法部隊からの報告書も含まれていた。


 気分を変えようと、窓を開ける。すると、冷たい夜風が金色の髪を揺らす。


(——静かだ)

 揺れる髪を掻き分けようと、毛先に指が触れようとしたとき、いま目の前にあった手が一瞬にして消し飛んだと錯覚するような衝撃が走った。


 魔力に疎いシェリスたちでもはっきりと感じられる。

 張り詰めた空気が押し寄せてる。息が詰まる。大男に首を絞めつけられているような、そんな感覚だった。


 バタバタバタッ!!! バタバタバタッ!!!

 団員たちが慌てて宿舎を駆けずり回っている。鎧や武器を装着しに向かっているのだろう。


 シェリスも部屋を出る。

 得体の知れない恐怖がシェリスを襲う。脳裏には、人の形にも鬼の形にも見える黒紫色の靄でできた影の姿を浮かんだ。


(我々は••••••一体なにを召喚したというんだ••••••)


ここまで、読んでいただきありがとうございます。

まだまだ拙い文章ですが、このまま次章も読んでいただけると嬉しいです。

ご意見、ご感想もお待ちしております。

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