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1. 召喚と畏怖

 黄金色や黒紫色が混ざった、全身を包み込む光の柱は徐に消え、綾月真璃那あやつき まりなの瞳に映るのは、見覚えのない場所、そして見知らぬ顔の人たちだった。

 真璃那を襲ったこの現象は、大学から帰宅し、リビングでひと休みしようと、ソファに腰掛けようとした矢先のことだった。


(これって、やっぱり——)

 真璃那は、首を上や左右に振り、反射的に周囲をぐるりと見渡す。


 淡黄色から金髪と明るい髪色と瞳をした男女が、真璃那を中心に円を成して立っている。人数にして20人ほど。

 苦労や経験が刻まれた深いシワが目立つ顔をした男性もいれば、未来の希望を宿し輝きを放つ瞳を持った女性など、幅広い年齢の人で構成されている。


 首が痛くなりそうなほど高い天井は、弧線を描くようにして伸びている。天井近くにはめ込まれた窓からは、月明かりが差し込む。壁面は絵画が飾られ、金の装飾を纏っている。柱には模様や人物が彫刻されており、いかにも格式高い聖堂のような建築物のようだった。


 真璃那は、その内陣に位置する場所の地べたに座っている。


 加えて、国の紋章を刻まれた鎧を身につけ剣を腰に下げた騎士が、中にいる人たちを護衛するような配置で立つ。

 真璃那から離れた位置には長椅子があり、そこに座っているのは身分が高いのか、ギラギラと光る装飾品を着け明らかに武闘派ではない——税でその身を肥やしているような——見た目の人が数名いる。


 情報の多さに沸騰しかけた頭を冷やすため、胸に手を当て深々と空気を吸い込む真璃那。

(落ち着け••••••私。こういう作品、なんども見たことあるでしょ)


 真璃那を囲んで立っている者たちは、呆然と立ちすくみ、次第に心の声を漏らし始める。


「嘘だろ••••••」

「どうしてこんなことが••••••」

「••••••やだ、こっちを見た」

「私たち、殺されるんじゃ••••••」

「なんてことだ!」

「これは聖女を召喚する魔法だったはずでは」

「••••••とんでもないものを呼び寄せたのでは」


 不安な心境を吐露する。その言葉1つ1つは、真璃那の容姿を見て、各々が感じたものだった。


 真璃那の髪は、絹のようにやわらかく、闇を宿したような純度の高い黒色。窓から差し込む月明かりを反射し、綺麗なツヤの輪が浮かんでいる。その黒髪は、わずかな乱れもなく、華奢な体の腹までスッと伸びている。

 自然な曲線を描く睫毛に挟まれた瞳は、黒水晶のように丸く綺麗なものだ。

 

 そんな真璃那を、警戒と畏怖を宿したいくつもの金色の瞳が取り囲んでいる。


(私が、なに••••••?)


「それを私に近づけさせるなぁぁあ! 何をしている!? さっさと私を守らんかぁあ!」と、威厳と恐怖を乗せた太い男の声がその場に響き渡り、騒然する場により一層の緊張を走らせた。


 その男の声に、真璃那はビクッと体を揺らし、声の主を探す。主は、すぐに見つかった。

 一際派手な装飾が施された服装に、如何にもな冠を頭に乗せた、金色の髪と瞳をもち、指で撫でられるほど顎髭を伸ばした男——名はハイン・フェルディナンド、フェルディナンド王国の国王——だ。


 男の指示のもと、騎士達が一斉に剣を抜くと、それまで真璃那を囲んでいた男女と入れ替わる形で、陣形を整える。


「捕縛しろ!」先ほどと同じく太い男の声が響く。


(え••••••!? 待って、うそでしょ••••••!?) 


 真璃那が問いかけようと口を開け、息を吸い込む。その瞬間、真璃那の両手首と両足首に金色を放つ光の輪が出現した。そして、それぞれが互いに惹かれ合うように引き寄せられ、最後は4つの輪は溶け合い1つの大きな枷となって、真璃那の身動きを封じた。


(ちょっ••••••と、なに!? 今のは、もしかして魔法!? それより、なんで捕まって••••••)


 真璃那は怯え揺れる瞳を取り囲む人たちに向けると、全て吸い込みそうなその真っ黒な瞳を見て、人々もまた怯え始める。


(なんなのよ••••••一体)


「さっさと気絶させろ。殺しはするなよ、せっかく召喚したんだ。使い道はあるはずだ」


 ハインの命を合図に、真璃那を縛っていた光の枷から稲妻が発生し、一瞬にして体を駆け巡った。


「きゃっああぁあぁぁ…………」


 素肌を何度も鞭で打たれたような衝撃が全身を駆け巡り真璃那の脳を揺らす。抗いたくても、指一本とて動かせないまま、真璃那は意識を奪われ地面に伏した。


「殺してないんだろうな?」ハインが訊く。

「もちろんです、陛下」

 真璃那を捕縛し、彼女に電撃を与えた魔法使いの男が答える。


 ハインは真璃那の様子を確かめるため側へ寄ると、怒りを宿した手を真璃那に向けて伸ばし、髪を掴んだ。毛先まで手入れが行き届いた黒水晶のようなツヤのある黒髪だ。


「なぜ、こんな物が召喚されたのだ」ハインが周囲に視線を送る。


 今にも斬りかかって来そうなハインの眼差しに、その場に居合わせた者の背筋に緊張が走る。

 真璃那が召喚されたのは、このハインが治めるフェルディナンド王国である。

 

「黒い髪、黒い瞳••••••! これだけの金と人を使い、我々人類の未来を託す聖女を召喚はずが、呼び寄せたのはこれか?」


 みな、口を固く閉ざしたままだ。

 ハインは掴んだままの真璃那の髪を睨みつけたあと、乱暴にその髪を振り払った。


 ハインは、側近の男に視線で合図を送り、呼びつける。

「さっさと、幽閉しろ」ハインが言う。

「お••••••恐れながら、陛下。我が国の魔法使いだけでなく、他国の協力もあって成し得た召喚魔法です。このモノは、曲がりなりにも貴賓扱いになるはずです。他国の魔法使いもこの場に居合わせております。最悪、外交問題に••••••」

 肩身の狭い思いで、側近の男はハインに歩み寄り、小声で提言する。


「予定が変わったのだ、お前もわかるだろう? 召喚したこれの姿を見れば、誰であれ納得する。さっさと連れて行け」


 ハインの言葉に対し、側近の男は返す言葉がなかった。真璃那の黒髪と黒瞳は、それほどまでの意味をこの世界では持ち合わせていた。

 側近の男は静かに首を垂れると2名の騎士を連れ、ハインの指示通り速やかに真璃那を牢に閉じ込めた。



****



 鼻の奥をツンと刺激する臭いで咽せ返り、真璃那はバッと目を醒まし上体を起こした。

 

 派手な大広間から一転、真璃那がいるのは湿っぽい空気を漂わせた4畳ほどの部屋だった。木材が腐ったような臭いが充満し、天井近くに子猫1匹が通れるサイズの小窓が1つ、布団代わりとして乱暴に敷かれた古びた布が2枚。


 さらに、部屋の隅にはA5サイズくらいの板が不自然に置かれている。真璃那はつま先で板を少しばかり横にずらす。板の下には穴が空いており、わずかな隙間から気絶しそうなくらいの悪臭が一気に立ち込める。真璃那はあまりの臭いに思わず鼻を摘み、慌てて板を戻し穴を塞ぐ。状況からして排泄用の穴だ、と真璃那は理解した。


 古くなった木製の部屋の扉まで近寄ると、わずかに割れてできた隙間を覗き込んだ。外には、先ほど見た騎士が扉を挟むようにして2名立っている。


 真璃那は、静かに室内をぐるりと一周し終えると、気持ち程度の布に腰を下ろした。


「••••••」

真璃那は小さく口を開くも、今の状況に対して何も言葉を出せず噤んだ。

 

 夜は明けており、窓からはわずかに日の光が差し込んでいる。小さすぎるこの窓では部屋全体に光は届かない。真璃那は背後の壁に目をやると、そこには十字を刻んだ跡が残っていた。


(前にも、誰かがここに居たんだ••••••)


 背中に冷たい汗が流れ、真璃那は膝を抱え身を縮める。

 自身の呼吸音だけが聞こえる静かな部屋で、次第に自分の置かれた状況が脳で鮮明になっていく。


(閉じ込められてるよね••••••? これから、どうなるのかな••••••。あの十字書いた人は、どうなったのかな••••••)


 身を守るように、膝を抱える腕の力を強める。真璃那は、心にできた靄が、どんどんと大きく、濃くなっていくのを感じた。


(こんなの夢じゃないと困る••••••)


 真璃那は瞼をぎゅっと固く閉じる。瞼の裏では、真璃那にとってほんの10分くらい前まで過ごしていた自宅のリビングが浮かび上がる。


(••••••帰らせて)

 真璃那は心の中で、何度も繰り返し、つぶやいた。


ここまで、読んでいただきありがとうございます。

まだまだ拙い文章ですが、このまま次章も読んでいただけると嬉しいです。

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