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第8章:蒼い魂、揺らぐ影の境界

 奇妙な立方体や球体が浮遊する裏側の世界で、春木翔は反転RainLilacと対峙していた。

 雨粒のような藍色の光が降り注ぎ、空間は上下左右の区別も曖昧になる。反転RainLilacは、破壊的な笑みを浮かべ、反転した大剣を振るいながら空中を舞う。その背後ではAzureRiddleの影がちらつき、現実と裏側を混濁させる裂け目が拡大している。


 「RainLilac、聞こえているなら、応えてくれ!」

 翔は必死に呼びかける。そこには、確かにRainLilacが取り込まれた姿が映っているはずだ。反転RainLilacの胸元には、鏡のような膜があり、その内側に苦悶の表情を浮かべるRainLilacが閉じ込められている。


 そのRainLilacは、苦しげに目を開く。瞳には涙が滲み、痛みに耐えるように歯を食いしばっている。

 「翔……ごめん……私、弱くて……」

 声は膜越しに歪むが、確かにRainLilacの響きだ。


 反転RainLilacは嘲笑を返す。

 「あら、言葉を発する余力が残っていたのね。でも無駄よ。あなたは器、本来の役目を思い出し、私と一体になって世界の裏側を顕現させる運命なのだから」


 翔は怒りと悲しみで拳を握りしめ、何とか足場を確保しようと躍起になるが、この世界の法則は狂っている。踏み込んだ方向が逆転し、重心がねじれ、思うように反転RainLilacへ近づけない。

 「くそっ、まともに戦えない……何か手は……!」


 その時、膜の中のRainLilacがか細い声で言った。

 「翔……私のこと、信じてくれる……? どんなに弱くても、どんなに誰かに仕組まれていても、私がファンと築いたものは、本物だって言ってくれたよね」


 翔は顔を上げる。その視線は膜越しにRainLilacを捉える。

 「もちろんだ! 君が歩んできた道は、本物だ。ファンが注いだ愛情だって、君の努力だって、誰にも否定できない!」


 苦悶に耐えるRainLilacは、瞳を震わせながら微笑もうとする。その笑みは弱々しくも、優しい光を帯びていた。

 「ありがとう……私、諦めない。たとえ私が器であったとしても、私が私であることは変わらない。ファンの声が私を作り、あなたが背中を押してくれた。それが私の魂なの!」


 反転RainLilacは苛立たしげに舌打ちし、剣を振りかざす。

 「綺麗事を! 貴女はもう私の一部、無力な器に過ぎないのよ。さあ黙りなさい!」

 剣の一振りで、空間が裂け、藍色の稲妻が奔る。


 しかし、その瞬間、RainLilacの内奥から淡い光が溢れた。膜の内側で、彼女が両手を胸に当てると、ファンの声が思い出のように空間を満たす。初期公演での不器用なステップ、手探りのMC、失敗を乗り越えた日々、ファンが残した応援コメント――そのすべてが微小な光粒となって膜を揺らした。


 「ああっ……!」

 反転RainLilacは苦痛に歪む。自分が取り込んだはずのRainLilacが、内側から抵抗しているのだ。

 「何をしているの! おとなしくしてなさい、器のくせに!」


 RainLilacの声は震えながらも強い意志を放つ。

 「私は器なんかじゃない。私はRainLilacよ! あなたが私を裏切り、私を操ろうとしたとしても、ファンの想いが私を裏切らない!」


 その言葉に呼応するように、虚空から薄青い花弁のような粒子が降り注ぐ。ファンアートで描かれた青い花が、ここに来て具現化したかのようだ。花弁は膜を彩り、反転RainLilacの身体に走る藍色の紋様がひび割れ始める。


 翔は驚きと歓喜が入り混じり、咄嗟に飛び込んで膜へ手を伸ばす。

 「RainLilac、頑張れ! 君なら、ここを打ち破れる!」


 だが、その一瞬、さらなる衝撃が空間を走る。

 粘性を持つような光の塊が現れ、RainLilacと反転RainLilacの間に割り込むように浮遊した。そこに刻まれる記号は見覚えがある、AzureRiddleの残した暗号群だ。

 「なっ……これは?」

 翔は声を失う。


 暗号群は高速で書き換わり、想定外のメッセージを吐き出す。

 「器ノ内部ニ更ナル意志アリ アイツモ今ヨリ侵食ヲ開始ス」

 意味を取り違える暇もない。膜の裏側、別の影が姿を見せる。それはRainLilacでも反転RainLilacでもない、新たな存在――第三の影と呼ぶべき異形が、不気味な笑い声と共に浮かび上がった。


 「まさか、もう一つの影どころじゃない、さらに別の存在が……!?」

 翔は愕然とする。


 反転RainLilacも驚いたように振り返る。

 「こんな……計画にない存在が現れたわ!」


 RainLilacは膜の内側で苦痛を耐えながら、目を見開く。ファンの想いで膨れ上がった世界と、AzureRiddleが用意した裏側、その狭間に今、誰も知らない第三の影が生まれつつあるというのか。


 これまでの仕組みを揺るがす、新たな脅威が出現。

 RainLilacは震えながらも、翔が外から必死に名を呼ぶ声を聞き、弱い笑みを浮かべる。

 「翔……私、負けないわ。たとえ影が増えても、秩序が崩れても、私の魂は消せない! 待ってて、私、ここから抜け出してみせる!」


 第三の影は奇怪な触手を伸ばし、裏側の空間をグシャリと握るような仕草をする。割れた亀裂から、現実の街並みが滲み出し始め、音が逆流し、異世界と現実が混線する異常事態が加速する。


 翔は怒りと絶望、そして最後の希望を胸に、ツールを握りしめる。

 「RainLilac、僕も諦めない。君を取り戻して、この歪んだ世界を正してみせる!」


 こうして第8章は幕を下ろす。

 新たな異形“第三の影”が出現し、裏側と現実がさらに錯綜する中、RainLilacは膜の内側で必死の抵抗を試み、翔は外側から救出への手がかりを探す。

 予想を遥かに超えた事態が巻き起こり、物語はさらなる危機と謎に飲み込まれていく。

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