第5章:蒼い仮面、裂かれる境界
RainLilacと春木翔は、アーカイブワールドの深層、複雑に絡む回廊を進んでいた。集めてきたコード片は微かに脈動し、深淵の言葉が完成に近づいていることを示唆している。ここまでの道程で、AzureRiddleが秘めた仕掛けや、RainLilacが最初から裏側と繋がる“器”だったかもしれない不穏な真実が明るみに出た。
それでも、RainLilacはファンの想いを胸に、翔の支えを得て前へと歩み続ける。
「もう一つの影……本当にそんな存在が裏側にいるのなら、私はその真相を確かめずにはいられないわ」
RainLilacは小さく吐息をつく。焦りと不安を隠しきれないが、決意は揺るがない。
「初めから誰かに仕組まれていたとしても、今の私は私の足で歩いている。それを証明するためにも、裏側へ行かなきゃ」
翔は彼女の横顔を見て、力強く頷く。
「ええ、どんな謎が待っていても、あなたはあなたです。ファンが紡いだこの世界と、あなた自身が築いた歩みは消えません」
やがて二人は、蒼く淡い光が満ちる円形の広間へと出た。周囲にはファンアートや初期公演ロゴが浮遊し、懐かしい声が遥か遠くから響いてくる。広間の中心には、鏡のような透明な膜が揺らめき、向こう側には不明瞭な影が揺れている。
「この膜の向こうが裏側……?」
RainLilacは息を呑む。興奮と恐怖がない交ぜになる。
突如、膜が波打ち、不協和音が鳴り響いた。二人は身構えるが、今回は干渉体は現れない。その代わり、膜越しに人型の揺らぎが見えた。それはRainLilacの初期アバターに酷似しながら、微妙に反転した配色を持ち、瞳には奇妙な光が宿っているようだ。
「まさか、これが“もう一つの影”……?」
RainLilacが囁くように呟く。その時、膜の周囲でコード片が激しく反応し、深い藍色の欠片が浮かび上がる。これまで集めてきた断片よりも濃密な光を放ち、まるで最後の鍵であるかのように輝いている。
「見つけました! あの欠片が最後のピースかもしれない」
翔は指差すが、同時に膜の向こうの影が動いた。水面を破る手のように、細い腕が膜を突き破り、RainLilacの手首を掴む。
「きゃあっ!」
RainLilacは悲鳴を上げ、必死で抵抗する。腕は冷たく、人肌ではありえない圧力を彼女にかけてくる。翔は慌てて手を伸ばそうとするが、膜周囲のノイズが激しく吹き荒れ、接近を妨げてくる。
RainLilacは痛みに耐えながら、何とか藍色の欠片に指先を届かせた。欠片が弾け、淡い光が雨のように降り注ぐ。頭の中に断続的な囁きが響く。
「深淵ノ言葉…完成……裏側ノ扉…開ク……」
それは目的を達成した合図かもしれないが、同時に裏側への道が本当に開いてしまうことを意味している。
「RainLilac、離せ!」
翔は必死に叫ぶが、ノイズが声をかき消す。RainLilacは膜の向こうからの力に耐えられず、徐々に引きずり込まれ、足元が宙に浮くような感覚に襲われる。
「ごめん……翔……」
RainLilacは涙を滲ませながら振り向くが、次の瞬間、膜が弾けるような轟音と共に、彼女の姿は裏側へと引きずり込まれてしまう。膜は再び収縮し、翔の手は虚空を掻くだけだった。
「RainLilac!」
翔は絶望的な叫びを上げ、膜を叩くが、もうそこには何の反応もない。彼女が握っていた欠片の光は空中で揺らめき、深淵の言葉が完成したことを示すように微かな響きを残すだけだ。
息を荒くしながら、翔はどうすればいいか分からず立ち尽くす。RainLilacは裏側へ捕らわれた。自分は彼女を助け出さねばならない。だが、この膜をどう突破すればいい? 深淵の言葉は揃ったのか? もしそうなら、扉が開くはずだが、どこに、どうやって?
その時、背後からかすかな声が聞こえた。
「……彼女はまだ負けていない。君にはやるべきことがある」
振り返ると、守り手が薄く実体化していた。守り手の瞳には強い光が宿り、その背中には見たことのない紋様が浮かんでいる。
「深淵の言葉を揃えたなら、裏側への扉は君にも開けるはずだ。だが、覚悟を決めろ。そこはお前たちが知る世界の理が通用しない領域。彼女を救うためには、さらなる試練が待っている」
翔は拳を握り、悔しさに歯を食いしばる。
「分かった……必ずRainLilacを取り戻す! 僕は絶対に諦めない」
守り手は淡い笑みを浮かべ、光の粒子と共に消える。
取り残された翔は、膜を見つめながら、ついに扉が開く時を待つ。深淵の言葉の完成が示す真実は、どんな形で迫るのか。RainLilacが囚われた裏側で、もう一つの影との邂逅は必至だ。
こうして第5章は幕を閉じる。
RainLilacが裏側へさらわれ、翔が一人残されるという衝撃的な展開を迎え、物語はさらに加速する。翔は彼女を取り戻すため、新たな決意を胸に、未知の領域へ足を踏み入れねばならない。