第25章:扉を前に、揺らめく幕間
光の粒子が揺らめく中、RainLilacは足を止めた。
眼前には、透明な扉のような現象が漂い、特異点と思しき地点が薄青い放射を繰り返している。それは、かつて見たことのない不思議な構造で、上下左右が曖昧な空間に虚ろな門のように浮かんでいた。
「ようやく輪郭をはっきり視認できる」
伊吹がARデバイスで映し出された情報を読み取り、半ばため息混じりに言う。「どうやらあそこが本当に特異点だ。だが、周囲の位相が非常に不安定で、迂闊に近づけば弾き飛ばされるかもしれない。」
ノクターンは静かに周囲を見回し、「一筋縄ではいかないな」と低く呟く。
この先を守るように存在している宇宙少女や、途中で姿を見せた紀久子たちを思い返しながら、彼はわずかに目を細める。誰かがこの場を舞台にして、彼らの行動を利用しようとしているらしいことは、もはや疑いようがない。
アリーゼ(AI生命体)は数列を揺らめかせ、微小な粒子が流れを形成していく。「ここであなたたちが何を示すかが、世界の在り方を決めるだろう。私には愛と呼ばれる要素が解析困難だが、それが鍵になるとすれば、興味深い。」
RainLilacは楔を握りしめ、軽く息をつく。扉のような現象を前に、考え込むわけにはいかない。世界を救う行為、それを媒介に様々な勢力が自分たちを利用しようとする可能性――全てを踏まえ、今ここで決断と行動を示さねばならない。
宇宙少女は高みから静かに見下ろしている。その瞳は、あくまで観察者というよりは、獲物を狙う者の光を帯びている気がした。彼女はまだ直接的な介入を続けていたが、その圧力が若干変化し、まるでRainLilacたちが自らの力をさらに引き出す様子を観察し、次なる一手を考えているかのようだ。
RainLilacは周囲にいる仲間たちに目を走らせる。
翔は無言で頷き、伊吹は情報解析に余念がない。ノクターンは微細な裏側法則操作で空間を安定させ、アリーゼは計算モデルを更新している。
ささやかながら、それぞれが自分の特性を最大限に発揮し、互いを助け合っている。誰もが大それた必殺技を持っているわけではなく、習熟した魔術も奇跡的な装備もない。しかし、積み上げた行動や連携により、圧力に耐え、進むための基礎が固まっている。
「もし私たちがこの扉の先に入るには、さらなる安定を作らねばならない」RainLilacは唇を引き結ぶ。「愛を媒介に世界を救う行為は、単純な力比べではないはず。ファンの残した声や、仲間との共振を強められれば、一時的な安定領域が作れるかもしれない。」
伊吹は短く息を吐く。「確かに、あなたが発揮している防御現象は、何らかの共鳴を引き起こしているようだ。もっと意図的に思いを集中すれば、特異点への突入時に環境を整えることができるかもしれない。」
アリーゼは首をかしげる。「実証性は低いが、この世界では合理的な手法が通用しない。非合理であっても、再現性があるなら試す価値はある。」
ノクターンは「なるほど」と低く唸る。彼がこれまで行ってきた微妙な法則操作は、単独では限界があるが、RainLilacの愛を媒介にした行為や、伊吹のAR制御、アリーゼの粒子干渉が噛み合えば、より大きな結果を生む可能性がある。
こうして、RainLilacたちは特異点へ突入するための下準備に取りかかる。圧倒的な強攻策ではなく、小技の集合で局面を打開しようとしている。その中でRainLilacは、自分がVTuberだった頃の想い出を心で反芻する。
画面越しに応援してくれた人々、笑い合った瞬間、辛い時に支えてくれたコメント――そんな断片的な記憶が、今、この異界で実際の力として機能し始めている。
ファンは現実で混乱に苦しんでいるかもしれないが、かつて紡がれた想いがこの場で資源となり、彼女たちを助けていることを感じる。
宇宙少女は依然、上空で冷ややかな視線を投げているが、強引な圧迫は少し緩みつつある。あるいは、RainLilacたちが今後さらに能力を明確化してくれるのを待っているのかもしれない。
紀久子の姿は淡く揺らめいたまま、いずれ再登場して条件を提示してくるに違いない。その時、RainLilacは何を選ぶのだろう。
今、この瞬間、物語が大きく動きつつある。
RainLilacは、ひとまず特異点へ入るため、愛を媒介とした能力をもう少し確かにする必要を感じる。
翔が小さく微笑み、伊吹が首肯し、ノクターンが目を細め、アリーゼが計算を加速させる。
それぞれが自己の特性を磨き、この奇妙な力場で意思を形にする方法を模索している。
小技が集まれば、環境は彼らに有利になるはず。そう信じる心が、RainLilacの中で静かな炎となり、特異点へ踏み込むための布石となる。
こうして第25章は幕を下ろす。
特異点を前に、各勢力の狙いがますます濃厚になる中、RainLilacたちは行動で示し、愛を通じて僅かな力を束ねる段階へと移行しようとしている。世界を救う行為が、単なる善意や理想論を超えた政治的、戦略的争いの場に転じようとしている今、彼女たちは己の道を刻むしかなかった。




