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第24章:割れた光路、潜む企図

 特異点までもう数歩――そう感じた瞬間、雨粒のような微光が閃き、RainLilacレインライラックは息を詰めた。

 足場が不安定なのは相変わらずだが、さっきまで微かに揺らいでいた世界が、さらに脈打つような振動を刻み始める。まるで、大きな心臓が足元に眠っていて、その鼓動が表面に響いているかのようだ。


 しょうはRainLilacを支えるように腕を伸ばし、崩れそうな欠片の間を渡る。

 「感じるか、この鼓動……何らかの力が今、目覚めかけているようだ。」

 彼の声は低く、それがFearなのかHopeなのか判然としない。だが、少なくともRainLilacは、翔の存在が自分を落ち着かせていることを自覚していた。愛と呼ぶには大仰だが、互いを支え合う気配は確かだ。


 伊吹いぶきはARデバイスを握りしめ、その画面を凝視する。「数値が奇妙に安定し始めた……特異点が輪郭を帯びているのか?」

 彼は乾いた笑いを零す。「見て、あそこ……」

 指差す先に、半透明な閃光が集約され、扉めいた歪みを形成している。透過的なゲートのようなものが浮かび、そこが特異点への最終関門であるかのように感じられた。


 だが、その直前で揺らめく人影が二つあった。

 一つは宇宙少女。先ほどからの干渉者で、念波や力場でRainLilacたちを試してきた。もう一つのシルエットは、かつて未来から現れた紀久子きくこが淡く姿を映している。

 紀久子は、半ば霧の中から出てきたような不確かな輪郭で、強い現実感はないが、声が響く。


 「あなたたちはここまで辿り着いたわね。」

 紀久子は優しく微笑むが、その微笑は何重もの狙いを隠しているようで、RainLilacは緊張を強める。

 「未来で伝承された物語を、私の視点で改善するために、ほんの少し手を加えてきたの。……あなたたちが再生する世界、その結末を、私なりの理想に近づけるためにね。」

 穏やかな口調だが、その言葉はRainLilacたちが単なる偶然でここまで来たわけではないことを示唆する。彼らは何度も歪んだ経路を誘導されてきた可能性がある。


 「あなたが世界を救う行為を利用する気なの?」伊吹が息を詰める。彼は紀久子へ何か特別な感情を抱いているかもしれないが、今は苛立ちが勝る。「俺たちは駒だとでも言うのか?」


 紀久子は目を伏せ、「あなたたちを駒とは思わないわ。私も私で、この世界をより良い未来へ導きたいだけ。でも、理想を実現するには、あなたたちの行動と成果が必要なの。」

 その言葉には矛盾した慈愛と計算が感じられる。RainLilacは息を飲む。(私たちが愛を媒介に世界を安定化させても、誰かがその結果を都合よく操作しようとしている。未来を改編するための布石として利用されるのか。)


 宇宙少女が静かに笑う。「つまり、ここは利害が交錯する場。私も私で、この星から得られる特定の情動エネルギーを手に入れ、己が目的を遂行したいの。」

 彼女は微かな力場を放ち、空間に亀裂を走らせる。「あなたたちが奇跡を起こした後、その力が分配される前に、私が一部を回収する。それに異論はあるかしら?」


 RainLilacは楔を握り締め、顔を歪める。

 ここで物語は大きく動く。単なる崩壊阻止ではなく、再生後の世界で何が起こるか、各勢力が分け前を狙っている。自分たちは世界を救うために奮闘してきたが、その成果を別の目的に転用される危険がある。


 ノクターンは目を細め、「つまり私たちが特異点で愛を媒介に再生行為を行えば、あなたたちはその余波から自分の利益を得るつもりなのか。ずいぶん都合がいい話だ。」

 彼の声には不快感が混じる。観測者として興味本位で見ていたが、ここまであからさまな介入をされては黙っていられない。


 アリーゼ(AI生命体)は小さく首を振る。「非論理的な愛の力が有益な資源となるなら、私も解析後の出力を何らかの形で取り込みたい。この星の再生は、誰にとっても試料なのかもしれない。」

 その発言は冷酷で、RainLilacたちが苦労して救おうとしている世界が、実験台や資源として狙われていることを示唆する。


 伊吹が叫ぶ。「やめてくれ! 俺たちが必死に生き延び、世界を救おうとしているのに、なぜその成果を私利私欲のために利用する必要がある!」


 紀久子は淡く笑う。「あなたたちにとっては崇高な行為でも、他者にとっては単なる手段。悲しいことかもしれないが、これが現実よ。」

 その一言は、RainLilacの胸を刺す。しかし彼女は俯かない。辛くても、前に進むしかない。


 ここで圧力が再び高まり、宇宙少女が念波を強める。小さな破片が弾丸のように雨あられと降り注ぐ。RainLilacは心で祈るようにファンの記憶に呼びかけ、ほんの少しずつだが防護力が増す。翔が振り向き、その微弱な防御現象に気付き、言葉少なに安堵の表情を浮かべる。


 ノクターンが重力方向を傾け、伊吹がAR演算で細かな障壁をイメージし、アリーゼが数列を凝縮して干渉する。それらの組み合わせが、巨大な攻撃を完全には防ぎきれずとも、凌ぐだけの効果を発揮し始めた。

 微妙な合奏が生まれている。強大な必殺技こそないが、彼らは環境と自分たちの特性をフルに活用して、徐々に押し返している。


 この瞬間、RainLilacは感じる。もしこの協力関係を深め、愛を媒介する力を強めれば、さらなる奇跡を起こせるかもしれない。だが、同時に、自分たちが生み出す奇跡が、他者に利用される可能性も頭をよぎる。(再生後の世界で、私はどう責任を取ればいい? 全てが平和になるわけではなく、そこから新たな利害対立が始まるかもしれない。)


 紀久子は視線を伏せ、「いずれまた話しましょう。今はあなたたちがどう前進するか見極めたい。」と告げ、薄霧のように姿を薄れさせる。

 宇宙少女はなおも圧力を加えようとするが、RainLilacたちは少しずつ慣れ、流れるような連携で耐え抜く。わずかな欠片が跳ね返され、その光景は、これまでの逃げ一辺倒から、微弱な対等性を匂わせ始める。


 こうして第24章は幕を下ろす。

 特異点手前で、様々な勢力の狙いが姿を見せつつある。彼らの思惑が絡み合い、愛を媒介にする行為が新たな争奪戦を招くかもしれない。

 RainLilacたちはまだ迷走中だが、微弱な力が芽吹きはじめ、環境を活用して意図的な抗いを行うようになった。世界再生の前に、試される意志と知恵が、今まさに交錯する時を迎えている。

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