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悪の芽  作者: 鶴永大也
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第七章・ボディガードと過去〜1〜

   第七章・ボディガードと過去〜1〜


 ウェンディ・キニーのボディガードをすることになったと、帝国ホテルに戻り、花山院たち捜査メンバーに言ったとき、花山院を除いて全員に驚かれた。

 花山院は表情一つ変えずに、こう訊いた。

「それは、アシュトンさんから提案したのですか?」

「いいや、彼女からだ。今日、テレビで暴動のことが発表されただろう? そのすぐ後に、ナイフを持った女が彼女を襲ったんだ」

「ほう。ナイフ、ですか」


 アシュトンは襲撃の流れを簡潔に説明した。今後もこういうことがあっては、調査する身としても不安なので、ボディガードという提案を受け入れた。

 アシュトンの話が終わると、ジェームズが言った。

「花山院はどう思う? 少し接近しすぎな気もするが」

「……それでも、彼女から何か情報を得られるかもしれないというメリットの方が大きいと思います。わかりました、ボディガードとして動いてください。しかし、報告は怠らないでくださいね」

 もちろんだと、アシュトンは短く言った。


「何か新しくわかったことはあるか?」

「わかったというか、今回、あのニュースが流れたことで一定の効果がありました。実はあのニュース、我々があのタイミングで、あの内容で流すように指示していたものなんです」

 テレビ局にそれなりのお金を渡し、花山院とCIAが編集したニュースを流してもらった。アシュトンはそんなこと聞いていなかった。


「急に決まったことです。それで、あのニュースを見て、ウェンディはどんな反応をしましたか?」

 まるで容疑者に尋問するかのように、花山院の鋭い視線がアシュトンを捉えていた。しかし平凡なことしか言えない。

「何も、遂に発表されてしまいましたね、と言っただけだ。Xらしき人物からメールがあったが、あのとき彼女は電子機器を操作してはいなかった」

「そうですか。実はあのニュースには嘘があるんです。暴動が起きている地点を五つ紹介していましたが、最後に紹介したモロッコのマラケシュは嘘です。そこで暴動なんて起きていません」


 Xが本当に暴動を自分の意思で引き起こしているのだとすれば、そこに何かしらの反応を示すはずだ。

(Xはこの犯行に何かプライドを持っているに違いない。自分が、自分しかできない。そういう類の矜持。そうでないと、こんな大犯罪はできない。犯罪だと思っていないからできるのかもしれない。いずれにしても、自分のしていることに対して、間違った報道をすれば、何かアクションがあると思った。実際にそれはあった。私が予想していたアクションではなかったけれど)


「その嘘の部分に、四人の容疑者の中で、真野庄助とアルデルト・ロバーツが反応しました」

 二人共、明らかにモロッコのマラケシュという部分に反応していたという。

「だったら、その二人が怪しいのか? 偶然かもしれないだろう」

「はい。偶然かもしれません。単にモロッコが好きだったから驚いた、という可能性もあると思います。しかし、だからと言って怪しくないというわけでもありませんし、反応しなかった二人が怪しくないということでもありません。Xが暴動を起こした地点を忘れているということも、考えられなくはありませんから」


 もっとも、その可能性はとても低い。おそらく覚えているだろう。その上で、ニュースなんて気にしないから、無反応だったのかもしれない。

「だったら、あの報道でわかったことは、ほとんどない。ということだな」


 今までどおり、Xがどんな人間で、そもそもどこにいるのかも、わからないまま、捜査を進めていくしかないわけだ。

「いいえ。得るものはありましたよ。あの報道のおかげで、Xは間違いなく日本にいる。ということがわかりました」

「……日本のテレビ局にメールが送られて来たからか?」

「はい。なんならあの報道は、まだ日本でしか流れていませんから。Xは日本で、あの報道を見たということになります」


 メールを送って来たことを考えると、やはりXはこの犯罪にプライドを持っていると考えるべきなのだろう。モロッコの嘘に気づいていないとは思えない。

「そうか……だがそれなら、なおさら、ウェンディ・キニーは違うだろう。俺は目の前で見ていたからな。彼女は電子機器に触れていなかった」

「電子機器、というより、スマートフォンに触っていたのはあの中で、真野庄助だけです」


 アシュトンは真野を担当している山本を見た。彼は頷いていた。

「はい。タイミングも、かなり怪しかったです」

 そう、あまりにも上手いタイミング過ぎるのだ。花山院はそれが引っかかっていた。


(メール、ではなく、例えばモロッコのことを調べていたのかもしれない。ましてやXなら、メールを送るのに自分のスマートフォンを使うことはないだろう。山本さんにお願いして、携帯電話会社に履歴を見てもらうか……まるで自分がXだと主張するような動き。偶然かもしれない。いや、偶然だと考えるのがむしろセオリーだ。それでも、私たちは偶然であることが確定するまで調べるけれど。真野庄助を、Xだと思わせようとしている、真のXがいる。私にとってはその方がしっくりくる。ブラジリアの捜査員はまるで催眠術を受けたかのようだった。真野庄助一人を操るのは、考えられないことじゃない……もっとも、どうして私たちが、真野庄助に目を付けたことを知っている。という問題があるのだが……これなら私も、ウェンディ・キニーではなく、真野庄助を見ておくべきだったか)


 すっかり夜に浸かった遠くのビル群を眺めながら、花山院は呟くようにして言った。

「あのとき、電子機器を触っていなかったとしても、それで容疑が晴れるわけではもちろんありません。予めメールを書いておいて、ボタン一つで送信できるようにしていたのかもしれません。そうすれば、私たちが発見できない可能性は考えられるでしょう」


 もっとも、ボタン一つで送信というのは、どこのテレビ局が放送するかも、そもそも放送自体するかもわからない状況下では不可能なのだが、花山院はアシュトンたちを納得させるためにそう言った。

「もちろん、四人の誰でもない、私たちの知らない誰かが普通にメールを送ったのかもしれません。私とアシュトンさんがブルーノーツで見たあの男も怪しいと思っています」


 暴動の報道をしたことでわかったことは、これくらいだ。それ以上に花山院は、ウェンディがホテルで襲われたということに注目していた。

(例えば彼女がXではないとしても、彼女を邪魔だと思う人間がXという可能性はあるか。もしくは、Xと彼女は協力関係にあったが、必要なくなったので消そうとした。Xは、どうやら催眠術らしきものを使える。そう考えると、不可能ではない。まぁ彼女を襲った女から話を訊けばわかるか。もちろん、タイミングも何もかも、すべて偶然でしたと考えることはできるけれど)


 その真偽を探すためにも、アシュトンがボディガードとしてウェンディの側にいるのは悪くないかもしれない。

「アシュトンさん、今後、ウェンディ・キニーについて監視する際、テレビや新聞を読んでいるときの反応に、より注意を払ってください。また、電話の相手も、できれば確認してください」

 いちいちそんなことをボディガードが聞けるのだろうかと不安になったが、アシュトンはきっぱりと「わかった」と言った。


 報道により、Xが動き出したと考えて間違いないだろう。そうなった以上、より警戒して任務に当たろう。

 そんな想いの元、アシュトンはウェンディ・キニーのボディガードになったのだが、アシュトンの熱意を嘲笑うかのように、何も起きなかった。


 ボディガード一日目。デパートで買い物。大学の図書館で心理学の本を読む。

 二日目。池袋で映画を鑑賞。美術館でアートを鑑賞。

 三日目。気まぐれで京都に行き、清水寺や金閣寺などの歴史遺産を巡った。

 四日目。一日中、ホテルでくつろいでいた。


 現在は五日目。そろそろ、何か実りのある調査報告をしたいと思っていたのだが、どうやらこの日も大きな動きはなさそうである。

 暴動のことを取り扱ったニュースは時々見られたが、思っていたような大きな反応はなかった。情報軍に訊いてみたのだが、海外でも同じような状況のようだ。


 一部の過激なネットユーザーが、特に意味もなく騒いでいる。国民の大半はそう思っているらしい。今回ばかりは、そのネットユーザーが正しいというのも知らずに、皆が、その少数を馬鹿にしている構図だ。


(この状況を、Xはどう思っているのだろう。望ましい状況なのか、それとも違うのか。もっと反応しろ、今、世界は危機的状況なのだぞ、と訴えたいと思っているのか?)

 そんなことを考えていると、ウェンディに話しかけられているのに気づかなかった。

「ねぇ、聞いてます? 今日のディナーはご一緒にいかがですか?」

「ディナー?」


 答えるのに僅かではあるが躊躇った。それはまた、近づきすぎだと、ジェームズたちに言われそうだと思ったからだ。

「いいですよ」

 それでも、一緒に食事をして、有益な情報を得るチャンスにかけてみよう。

「ありがとうございます。ずっと一人で食事というのも、味気ないですから」


 場所もメニューもすべてウェンディが整えてくれた。ホテルの高級レストラン。フランス料理店。

 フランス料理というものに対するアシュトンのイメージは、おそらく多くのアメリカ人と同じなのだが、大きな皿で、量は少ない気取った料理、というイメージだ。


 コース料理というのもアシュトンは好きじゃなかった。いちいち食べているところをチェックされるのも好きではない。

 作法は問題ない。破分隊で仕込まれている。

 食事を始めてすぐに、ウェンディが話し出した。


「行儀が悪いと思われるかもしれませんが、やっぱり私は、食事中、話し相手が居てくれた方がいいです。楽しめますもの」

「あなたなら、相手には困らないでしょう」


 小さな料理をつつきながら、アシュトンは適当に会話を返した。作法はわかっているが、食べにくい。料理には食べやすさも重要だと思っているアシュトンにとって、やはりフランス料理は相性が悪い。


「ですが、話の合う相手はなかなかいませんから。それに、お金や容姿につられて寄って来る男の大半が、つまらないものです」

「まぁ、お金を持っていることと、その人自身の価値が比例することは稀ですから」

「ええ、まったくそのとおりです。私は、真にわかり合える相手とだけ仲良くなりたいと思っているのです。今は、自慢ではありませんが、この容姿やお金で、友人は多くいます。しかし、この二つがなくなったらどうでしょうか。友人として重要なのは、私の人生が冬のとき、近くに居てくれるかなんです。今のように、春の時期に友人がたくさんいるのは当たり前です」


 何かの拍子でお金もなくなり、時が経って美しさもなくなったとき、つまり人生の冬に、それでも変わりなく接してくれる人が、真の友人ではないだろうか。

 アシュトンは考えてみた。そんな友人、自分にはいただろうかと。

「私も、友人とはそうあるべきだと思います。しかし、そもそも、私とウェンディさんとでは、話が合わないと思いますが。私と話しても、つまらないでしょう」

「調査の話を聞けたら、それだけで面白いです」


 いつの間にか彼女は、アシュトンたちの調査にすっかり興味を持っているようだ。残念ながら、ほとんどのことは機密情報なので、話すことはできない。

 メインディッシュが運ばれてきたとき、ウェンディがこんなことを言い出した。

「今度、日本周辺を巡るクルーズに行こうと思っているのですが、あなたもいかがですか?」

「クルーズですか。ボディガードの任が切れていなければ、もちろん行きますが」

「違います、そういう仕事ではなく、バカンスとして一緒にどうかと思って」

「はぁ、バカンスに……」


 どうしてそんな誘いをしてくるのかと、アシュトンは訝しく思った。先にも言ったが、一緒に行ってくれる相手なんて、すぐに見つかるだろう。

 それ以前に、日本には会いたい人がいると彼女は言っていた。その人と……そうか、その人の分の枠がなくなってしまったのか。


「私で良ければご一緒しますよ。どうせボディガードの任も切れていないでしょうから」

「ありがとうございます。一人でクルーズなんて寂しいでしょう?」

 彼女はそれが本当に嬉しかったのか、とても可愛い笑みを浮かべてくれた。あくまでボディガードだ。アシュトンはもう一度それを胸に刻んだ。


「さぁ、冷めないうちに食べましょう」

 ウェンディに言われて、アシュトンはようやくメインディッシュに手を付けた。意外と満腹感があることに驚いた。量が少ないイメージのあったフランス料理だが、人の満足感を刺激する仕組みでもあるのだろうか。

 アシュトンはフォークとナイフを器用に使いながら、クルーズのことを花山院に何と報告するべきかを考えていた。


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