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悪の芽  作者: 鶴永大也
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第四章・捜査チーム

    第四章・捜査チーム


 アメリカ情報軍が暴動の黒幕を突き止める難問を、花山院という男に任せることに決定した会議が終わってすぐに東京行きの飛行機に乗り、現在アシュトン・アンカースは千代田区にある帝国ホテルのロビーにいた。飛行機に乗るときにも感じたことではあるが、ホテルのソファの座り心地の良いこと。普段乗り込んでいるトラックや潜入用ステルスヘリコプターに比べてしまうと、その差に愕然とする。


 軍にいるとどうしても機能が優先され、快適は二の次ということがよくわかる。最近開発された小型の潜入用ヘリなんて、速度と隠密性を意識しすぎるあまり、隊員が座る場所なんてほとんど残っていなかった。一方でこう、ホテルのように、一人が座るにはあまりにも場所を取り過ぎているソファも、かえって落ち着かない。


(それにしても、さすがは五つ星ホテルだな)

 先程からアシュトンの視界に映るのは皆、身だしなみを整えた、お高そうな服を着た者たちばかりだ。外国人もたくさんいて、従業員は当たり前のように英語で案内をしている。

 さて、こんな居心地の悪い場所で長時間待つのは嫌だったアシュトンはしきりに時計を確認していた。大臣には日本時間午後一時にロビーで待つように言われており、今はもうその一分前だ。


(そもそも誰が迎えに来るのか、それと花山院の顔くらい事前に教えて欲しいものだ)

 もっとも、アシュトンのような破分隊員は人探しが得意分野だ。時に有象無象の人々の中から対象一人を見つけなければいけない、最新AIカメラと同等の仕事をすることがあるからだ。


 仮に顔がわからなくとも、自分を気にかけている相手がいたらすぐにわかるし、軍人やCIAなどの捜査官などがいれば、立ち姿や歩き姿ですぐにわかる。

 このときも、ロビーの端にあるエレベーターの扉が開いた瞬間から、一般人ではない男性がいることはわかっていたし、その男性が明らかにこちらに意識を向けていることもわかっていた。


「ハロー。アシュトン・アンカース少将ですね」

 大臣には関係者と会った場合、こう言えと言われていた。

「嵐の中、求めるものは?」

 もう少しかっこいい暗号もあるだろうに。男性はすぐに答えた。

「内なる平静。歓迎いたします。私はCIA捜査員のジェームズ・リードです。よろしくお願いします」

 そう言って彼は手帳を見せてくれた。この名前も偽名なのかもしれないが、そんなことを詮索はしない。

「花山院がお待ちです。行きましょう」

「よろしくお願いいたします」


 ジェームズ・リードは無駄話を好まない男のようで、エレベーターで移動している間、会話は一つもなかった。

 エレベーターを八階で降り、角の部屋まで歩いた。客室の扉一つとっても、高級ホテルであることを訴えてくるような重厚感のある扉に見えた。

 ジェームズがカードキーを使って中に入ったので、アシュトンも続いた。ようやく花山院に会える。そう思うと不思議と心が踊るのがわかった。それは、この男がどれほどのものか確かめてやろうという意地の悪い思いなのか、それともまだ信用できないなという警戒や疑惑からくるものなのか。いずれにしても良い感情ではないと、アシュトンはわかっていた。


 部屋は広かった。日比谷公園がよく見える。おそらくスイートルームだ。そしてジェームズとアシュトン以外に、部屋には既に三名いた。女性が一人、男性が二人。


「初めまして、清水真由美と申します。よろしくお願いいたします」

「アシュトン・アンカースです。よろしくお願いいたします」

 清水真由美、名前のとおり日本人だ。礼節を重んじる日本人らしく頭をさげて挨拶をした。歳は三十から三五ほどだろう。結婚は、指輪はしていないがおそらくしているのだろう。と、そこまで考えてやめた。これは、標的を前にしたときの反応だ。ここまで身構える必要なんてない。


 片方の男が言った。

「山本拓海です」

 彼の自己紹介はそれだけだった。

 次にテレビの前に座っていた男が立ちあがった。男にしてはかなり長い髪をしている。不衛生とも思えるほどだ。服も、あまりにも着崩れたというか、だらしのないシャツにぶかぶかのズボンという、スイートルームに似合わない、奇妙な服装をしている。


「初めまして。花山院葵衣です。連続暴動事件の捜査の指揮をとっています……」

 花山院はここでアシュトンの目をまじまじと見た。第一印象は最悪な男ではあるが、それでも相手の内心を洞察する鋭い視線だとアシュトンは感じた。


「破分隊のアシュトン・アンカースさん。来ていただいてありがとうございます。もう紹介はありましたが、隣にいる彼がジェームズ・リード、そして清水真由美さん。このお二人はCIA捜査官です。山本さんは、日本の監視カメラを借りるために警察にお願いしたところ、捜査員を一人参加させろと言われたので来てもらっています。お目付け役ですね。そしてアシュトンさん。この五人で今後は捜査を進めていくことになります。よろしくお願いします」


 どうやら自己紹介の時間ももったいないのか、もう捜査に戻りそうな雰囲気ではあるが、いやいや、アシュトンには気になることがあるのだ。これは今後の信頼関係のためにも訊いておくべきことだ。

「先に聞いておきたいのだけど、どうして破分隊を知っているんだ?」

 その存在は本来秘匿にされていることだ。CIAの二人が知っているのはまだしも、日本人が知っているのはどうしてだ。


(大臣やあそこにいた高官たちも、渋い顔をしていた。色々と知っておきたい)

 花山院は元いた場所に座ってから、すんなりと答えた。

「以前、アフガン化学テロを私が事前に防いだからです。そのテロはご存知でしょう? その後何度かお手伝いをしているので、破分隊ももちろん知っています。どうぞ、こちらに座ってください」


 彼は普段の、それこそ天気の話をするくらい滞りなく話した。アフガン化学テロというのはアフガンを拠点に活動していたテロ組織が科学工場を狙い、生物兵器を使おうと画策したときの話だ。国防省の中でも知っている者は限られている。

 アシュトンはローテーブルを挟んで花山院の正面に座った。


「さて、時間ももったいないので、早速進めましょうか。アシュトンさん、これからあなたに、幾つか質問をします。簡単なものばかりです。ご協力お願いします」

 まだ出会って二分と経っていないが、花山院からは相手への配慮や敬意というものを少しも感じなかった。使っている敬語は、ちょうど帝国ホテルに泊まるようなお偉い人が社交の場で使う笑顔と同じで、仮面だ。使いやすいから敬語を利用しているに過ぎない。

「まるで尋問だな」

「なかなか、良い勘をしてますね。はい、尋問の意味もあります。あなたを信頼するために必要なことです」

「……わかった」

「では一つ目の質問です。今回の暴動、どうして止まらないと思いますか?」


 国防省でも同じような質問を受けたなと思いながら、そのときとほとんど変わらないことを答えた。

 これまで殺してきた標的の中に黒幕がいないから。

 キルリストを作成しているのは?

 ペンタゴンの中にいる誰か。手足である自分たちにはその情報は降りてこない。

 キルリストがどのようなものなのか、ご存知か?

 アメリカ、もしくは世界の平和を脅かすような悪だと判断された者の名前が載るリスト。

 あなたがキルリストを作る側だとして、この暴動の黒幕をどうやって探る?

 暴動が起きた各地にいた人間を調べる。

 黒幕はどのような方法で暴動や紛争を誘発している?

……例えば、元々民族同士の多少の亀裂がある場所で、片方の民族に成りすまして、もう一方の子供を殺す。政治的に追い詰める。


 花山院は人よりも瞬きの数が少なくて良いようで、このやり取りの間、ほとんど瞼が動かなかった。それくらい、集中していた。

「あなたの仕事は悪く言えば人殺しです。自分の仕事をどう思っていますか?」

「平和が何の犠牲もなしに成り立つとは思っていない。言いがかりをつけて戦争をするよりは、都合の悪い相手を暗殺で仕留める方がいい。そしてどうせなら、殺しの才能ある人間が担当するべきだ。つまり、誇ってはいないが、必要だと思っている」


 言い終えたとき、パークビューの大きな窓をカラスが二羽横切った。カラスはアシュトンにとって不吉な存在だった。夢で見る母の自殺現場にも、父を殺すためのサインをした病院の応接室にも、カラスが時々いるのだ。カッカッカと足音を鳴らしている。それはきっと、死を告げる音なのだ。

 そんなカラスなんて気にすることなく花山院は続けた。

「最後の質問です。私が黒幕を探し出し、その人が本当に黒幕であると皆に納得してもらうには、どうするべきだと思いますか」


 妙な質問だなと思ったが、アシュトンはいちいち考えようとはせず、すぐに答えた。

「こちらが把握している情報の中で、黒幕でしか知り得ないことを喋らせる。何日も監禁して、新しい暴動が起こるかを確認する」

 花山院はソファに左脚を乗せ、その膝を胸に近づけて縮こまるような姿勢を取った。そこからグッと手を伸ばしてテーブルにあったペットボトルの水を飲んだ。


「すごいですね。最後の質問に時間を置かずに答えるとは思っていませんでした」

 すると清水が言った。「彼を疑う必要はないということ?」と。

「はい。少なくとも私の中で彼は違います。強い味方になってくれそうです。最後の質問では、扇動というのは目に見えないので証拠をあげるのに困るという仮定をすぐに察して答えてくれました。CIAの捜査官としても働けるのでは? それにも関わらず、アシュトンさんは普段、何も考えていない振りをしている。私は嫌いじゃないですよ」


 プロファイルをしてもらったところ悪いが、アシュトン本人からしてみれば、CIAの捜査官なんてものは向いていないと断言できる。そんな積極的に国のためとか思って働ける精神はしていない。まだカイルの方が適しているだろう。

(いや、軍に入るとき、俺は軍に向いていないと思っていたな。自分の評価なんて、あてにならない、か)

 花山院が皆に確認を取った。これから正式にアシュトンをチームに迎え入れるが、異論はないですね、と。

 ジェームズ・リード、清水真由美、山本拓海の三人は頷いて返事をした。


「さて、いよいよ本題です。先ほどアシュトンさんが答えたように、黒幕を……ここでは黒幕ではなくXとしましょうか。その方が私的に話しやすいです。それで、アシュトンさんが答えたように、国防省も暴動の各地で見られた人間をXとしてキルリストに書いていたのだと思います。が、国防省は暴動に居合わせた数だけを重要視しています」

 つまりその人物が訪れた場所で暴動が起こったその回数だ。そこに注目してなにか間違いがあるのだろうか。


 花山院が説明してくれた。

「まぁ、国防省が間違っていたというよりも、国防省のやり方ではXにたどり着くのに膨大な時間を必要とすると言うべきですかね。重要なのは場所。特に最初の地、ブレーメンと二つ目の地、エチオピアのハラール。この二つの地点に暴動以前に居たということが何よりも重要です」

 当然浮かぶ質問がある。どうしてその二つだけを重要視するのか。花山院はこう答えた。

「Xがどんな方法で暴動を引き起こしているのかはわかりませんが、どんな方法にしても最初はテストが必要なはずです。自分がちゃんと扇動できるのかどうか。だから注視すべきは最初の二つ、三つまでの地点に居たか否かです」


 いつの間にか花山院を見やすい位置に皆が座り、静かに聞いていた。彼の言葉には人を引き寄せる何かがある。

 しかしこれは一種の会議だ。一人だけが話すことを会議とは言わない。ジェームズ・リ―ドが意見を言った。


「一つ目、二つ目に居たとして、仮に他の現場にいなくてもリストアップするのか? それはあまりにも無理矢理な気がするが」

「まだ我々は、Xがどんな方法を取っているのかもわからないのです。もしかしたら、自身がその場にいなくとも簡単に成せる……言いたくはありませんが魔法的な何かがあるのかもしれません。もしそうなら、捜査は困難を極めますが。今は少ない手掛かりを頼りに調べていくしかありません。というわけで、現在、私が怪しいと思うのはこの四名です」

 そう言って四人の顔写真をテーブルに置いた。名前もセットになっている。


 一人目、マーク・ドイル。イギリス人。二十八歳。

 二人目、アルデルト・ロバーツ。オランダ人。四十一歳。

 三人目、ウェンディ・キニー。イギリス人。二十五歳。

 四人目、真野庄助。日本人。十八歳。高校三年生。


 以上四名を見て、アシュトンは当たり障りのない、とても捜査員とは思えないシンプルなリアクションをした。

「まさか高校生がいるとはな」

「そこに居たという事実だけを拾い上げた結果です。彼らが普段、何をしているのか。どんな性格をしているのか。そういったことは、まったく考慮していません」


 通常の犯罪捜査でも同じことだが、最初から犯人像を勝手に作ってはいけない。それはある程度捜査が進み、犯人の動機や犯行の傾向が見えてきて、ブランドが客を想像するように、高度なペルソナを構成できるようになってからすることだ。犯罪者は確かに男が多いし、染色体のY遺伝子に悪の遺伝子が含まれているのではという研究もあるくらいではあるが、女が犯罪をすることだって、当たり前に考えなければいけない。学生もまた然り。


 花山院にとって犯人は自分以外のすべて。最初はそれくらいの考え方で充分だった。

「さてと、今日の午後三時から早速聞き取りをすることになっていますので、準備をしましょうか。近くのホテルの部屋を押さえてあるので早めに行って準備をしておきましょう」

 花山院の指示に従い、CIAの捜査官や山本は準備に取り掛かった。花山院の決定ならば、一切文句を言わずに遂行する。アシュトンにはそう見えた。


 しかしアシュトンは違う。花山院とはここで会ったばかりだ。加えて、人を外見で判断してはいけないとわかった上でのことだが、彼はとても信頼できる人間には見えなかった。誠実とは離れた人間だ。

「ちょっといいか。皆さんからの俺への疑いは晴れたかもしれないが、俺はまだ、正直花山院を疑っている。ジェームズ・リードさんや清水真由美さんのように、CIAの捜査官でもなければ、山本拓海さんのように日本の警察でもない。ただ探偵と名乗るあなたが信用に値するのか、Xを追い詰めるだけの手腕があるのか、俺には疑問に思えるんだ」


 アメリカ軍を贔屓するわけではないが、特に情報軍の索敵能力、捜査能力は優れている。そして巨大組織だ。そんな軍がずっと尻尾も掴めずにいる敵を探れるのか。

 このとき、まずジェームズ・リードが反論してやろうと口を開きかけたのだが、花山院がそれを制していた。


「私を怪しいと思うのなら、それで構いません。むしろ、国防省の方々が破分隊の隊員をすんなりと送ってきたのも、私の監視のためという側面もあると思いますから。いや、場合によっては私がXと繋がりを持っているのかも、とまで考えている可能性がある」


「花山院、いくら私たちの国が愚かな考えを持っているとしても、それは考え過ぎだ」

「可能性の話です。それに、アシュトンさんが警戒心を持って、捜査に参加してくれるのは良いことです。というわけで、私への疑念はそのままで構いません。では、移動しますよ」

 部屋のキーや荷物はジェームズ・リードと清水真由美に任せ、花山院は一人、アシュトンの視線なんて気にすることなく部屋を出た。

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