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バスは人出のそんな多くない商店街を通り過ぎる。神社の前を通り過ぎる。住宅地を通り過ぎて、川を越え、郊外に出る。しばらく田畑が続いていたが、ついには辺りは、黒い森となっていた。
バスが近づくにつれ、空気の振動だろう、枝から雪がサラサラと零れ落ちるのであった。
谷あいに村の灯りが見えてきた。バスは今まで走って来た県道を外れ、その集落への村道に進んで行く。やがて、そこの停留所で停車した。
下車した。標柱には、『赤湯川温泉郷』と書かれている。冷えた空気に、独特の匂いが、なんとなく温かく漂っていた。
見回す。いちおう観光地らしく、飯屋、土産物屋などが並んだバス道路だ。その路面をポツンポツンと薄黄色く照らす、素朴な意匠の街路灯の列だった。
私は外套のポケットに手を入れる。ひんやりとした冷気と共に観光絵地図を取り出すと、灯りを頼りに読み始めた。そこに綺麗な声が掛かった。
「案内いる……カナ?」
顔を向けると、あの美少年だ。小首を傾げている。
私は甘えることにした。
「羽化里八兵衛旅館に予約してるのだが……」
少年はパァッと顔を明るくさせ、
「こっちだよ!」
勇んで歩き出そうとした。
私は革のグローブを脱ぐと、左手を差し出したのだった。
理解したのだろう少年は頬を染めて、右手で私の左手を握る。
冷えた、細こい指。大事に握り返す。
「名前は?」
「夢香……南田夢香」
「ユメカ……?」
まぁ、今の世だからな。
「……いい名だ」
そうして二人、手を繋いだまま歩き出したのであった。