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盆踊りの夜に彼女と

作者: 矢本MAX

誰にでもある、夏の日の甘酸っぱい思い出、そして出会った神秘的な少女。

あなたの心は、束の間、この不思議な時間の中へと入っていくのです。

「盆踊り、見に行こう」と言い出したのは、同じクラスの古谷太一だった。

奴は、クラスメイトの仁科みどりに気があり、彼女が盆踊りに参加することを知って、そんなことを言い出したのだ。一人で行くのが恥ずかしくて、僕を誘ったのだろう。浴衣姿のみどりを見たかったのに違いない。

盆踊りなんて小学生以来だ。あんまり興味はなかったのだけど、OKしたのは、僕なりにある種の期待があったからだ。夕方、太一が迎えに来て、僕たちは歩いて会場の広場へと向かった。

歩きながら、来年に迫った大学受験の話などをした。

空はまだ明るく、彼方から賑やかな音頭の調べが聴こえて来る。

お盆を過ぎると、夏休みも残りわずかだ。そう思うと、なんだか急に淋しく感じられた。

住宅街を抜けて、パッと視界がひらけたところに街の文化センターがあり、その駐車場が盆踊りの会場だった。中央の櫓から、おびただしい数の提灯が放射状に広がり、あたりを薄桃色の光で包んでいた。その光は、見慣れた場所を異空間のように変え、出店から漂うイカや焼きそばの匂いと相俟って、なんだかとても懐かしい気分になった。

 すでにかなりの数の見物人が来ていて、僕たちは人混みをかき分けるようにして、やっと最前列へと辿りついた。

「おっ、いたいた」

さっそく太一が仁科みどりを発見した。

彼の視線を辿ると、二重になった輪の内側に、赤い地に花柄をあしらった浴衣を着て踊るみどりの姿があった。制服や私服の時とは違う、華やかな美しさがあった。そしてその後ろに、紺地に蝶の柄の浴衣を着た浮島暦の姿も……。地味な色合いの浴衣が、そのスタイルの良さを際だたせていた。提灯の光の中に浮き出たように見える整った顔立ちは、ドキリとするほど美しかった。やっぱり来て良かったと、僕は思った。

 浮島暦は、今年の春に東京から転校して来た。どこか人形のように生活感のない少女だった。正直、一目惚れだった。彼女の風貌が、小学生の頃に夢中で観ていたアニメのヒロインに似ていたからかも知れない。だけど告白する勇気もなく、今に至る。

 僕たちは、踊りの輪がめぐって、彼女たちが眼の前に現れるのを、何度も何度も楽しんだ。出来ることなら、輪の動きに合わせて、追っかけたいくらいだった。望遠レンズ付きのカメラが欲しいと思った。どうせならビデオがいい。今宵の彼女の美しさを自分だけのものにしたかった。この時間が永遠に続いてほしてとも思った。だけど、終わりの時間はやって来る。午後九時で盆踊り大会は終了となった。来た時とは異なり、僕と太一はその場で別れて、別々に帰路に就いた。一人きりになって今夜観たことを反芻したかった。太一もきっと、同じ気持ちだったに違いない。

 膨らむ妄想を脳内再生しつつ、ニヤニヤしながら歩いていると、曲がり角からふいに暦本人が現れた。僕は反射的に「ごめんなさい」と謝っていた。彼女が、思い詰めたような、ちょっと険しい表情をしていたからだ。

「早坂君」と、こちらの眼をじっと見据えて暦が言った。「ちょっと話があるの」

 近くの小さな児童公園のブランコに、僕たちは並んで坐った。こうやっていると、まるで恋人同士に見えるだろうなと、ぼんやりと考えた。だけど空気は張り詰めていた。何を言い出されるのかとドキドキしていると「見たんでしょ?」と暦が口を開いた。

「あ、ゴメン。浴衣姿の君が素敵だったから」と僕は正直に答えた。

「そうじゃなくて、この間の登校日」

 そう言われてピンと来た。先週の登校日の放課後、僕は忘れ物を取りに教室に戻った。

 誰もいないと思った教室には、暦が一人でいた。

 告白のチャンスだと思った。

 だが、ドアを開けようとして、動作を止めた。

 彼女がシャープペンシルに似た機械に向かって何かを話していた。その声は、まるで小鳥のさえずりのようだった。びっくりしてカバンを落とした。ドアのガラス窓ごしに暦がこちらを見た。その眼が、万華鏡のように光った。

「夢でも見たかと思ったよ。君、宇宙人なのか?」

「そう、この星に留学生としてやって来たの。でも、それも今夜でおしまい。盆踊り、楽しかったわ」

「もう会えないのか?」

「残念だけど、みんなの記憶も消させてもらうわ。明日の朝になったら、すべて消えている」

 言って立ち上がると、暦は素早く僕の唇に唇を重ねた。「さようなら」の言葉が終わらないうちに、彼女の身体はまばゆい光に包まれて、消えて行った。


 二〇年の歳月が流れた。早坂暁彦は、引っ越しの整理をしていて、書いた記憶すらない文章を見つけた。確かに自分の筆跡だが、内容にも憶えがない。しかし、読むうちに、唇に柔らかい感触が甦って来た。ふいに、とめどなく涙が溢れてきた。

これは本当の思い出だったのでしょうか?

それとも、若き日の妄想だったのでしょうか?

真相を決めるのは、読者であるあなた次第!

それではまたこの、不思議な空間でお逢いしましょう。

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