8.最初が肝心!
私はリクル君に案内されて王城の中へと入っていく。
王城内は広く、騎士や使用人たちが廊下を歩いている。
リクル君に気付くとすぐに立ち止まって、丁寧な姿勢で挨拶をする。
「お帰りなさいませ。殿下」
「ああ。父上は戻っているか?」
「いえ、まだお戻りにはなられておりません」
「そうか。なら予定通り戻ってくるのは明後日以降か……」
リクル君は立ち止まって考えている。
「よし。セルビア、先に部屋へ案内しよう」
「部屋?」
「お前がこれから住む部屋だ」
「え、ま、まさかここに住むの?」
驚き過ぎて声が震える。
王子様に対して馴れ馴れしく接する姿に、使用人の男性はビクッと反応する。
睨んでいるわけじゃないけれど、疑うように私を見る。
思わず私は口を塞ぐ。
「不満か? ここ以上に住みやすい場所もないと思うがな」
「い、いやその……だって王城は普通、王族だけが住める場所だから」
「古い考え方だな。俺も父上も気にしない」
リクル君はそうでも私は気にするんだよ。
今だって四方から、なんだこいつは……みたいな視線が刺さっているし。
やっぱり異国にいきなり来て、王子と一緒にいること自体が不自然なんだ。
「す、住む場所は自分で見つけるよ」
「当てでもあるのか?」
「ないけど……」
ついでに言うとお金もない。
「だったら遠慮するな。うちなら家賃もかからないし三食付きだ」
「うっ……」
心が揺らぐ。
なんて嬉しい条件なんだ。
宿泊代はかからないし、ご飯もついてくる?
自分で作らなくてもいいの?
「他にも大浴場、広い遊び場、ベッドも柔らかいぞ」
「くぅ……」
なんてそそる様な情報の数々。
まぁ王城なんだし最高級の暮らしができるのは当然なのだろうけど。
一般人の私にとって、どれもこれも夢のような暮らしだ。
正直、かなり住みたい。
ただ……周囲の目が気になる。
それを軽くアピールするように、私はキョロキョロと周りを見る。
気づいたリクル君がため息をこぼす。
「またそれか」
彼はやれやれと首をする。
そのままずっと待機している使用人に声をかける。
「ちょうどいい、城中のものに伝えておけ。彼女はセルビア、俺の友人であり、この国のビーストマスターだ」
「ビーストマスター!? そうなのですか?」
「ああ、見えないだろうが事実だ。だから彼女へは俺たちと変わらない待遇をするように。他の者にも伝えておいてくれ」
「は、はい! 畏まりました!」
彼は深々とお辞儀をしてその場から去る。
慌てながら、急ぎ足で。
ビーストマスターという単語を聞いた途端、彼の私を見る眼が変わったのがわかった。
どの国においても、ビーストマスターの存在は大きいようだ。
「これでお前に好待遇を与えても違和感はないな」
「そ、そうなのかな?」
「ビーストマスターっていうのは、国にとって力の象徴みたいなものだ。いるかいないか、それだけで国としてどう見られるか変わってくる。そういう存在がお前なんだよ」
言葉では何度も聞いた。
ビーストマスターの称号に込められた意味も。
わかっているつもりだったけど、私はあまり称号に見合った待遇を与えられていなかった。
平民だったから嫌われて、宮廷の中に仕事という名の蓋で押し込まれて。
だから実際、この称号がどれほど価値あるものなのか実感が湧かない。
「自覚しておけ。自分がいかに特異な存在であるかを。そしてお前は今日から、この国のビーストマスターなんだ」
「……うん」
リクル君に連れられ王城内を歩く。
向かった先の一室が、私がこれから暮らす部屋。
扉を開け、中に入る。
広くて、綺麗で、豪華だった。
「ここに住んでいいの?」
「ああ、好きに使ってくれていい」
この広さを一人……確実に持て余す。
私が今まで暮らしていた部屋の四倍は広い。
「荷物だけ置いておけ。まだ行く場所がある」
「次はどこに?」
「宮廷、お前が仕事をする場所だ。同僚たちにお前を紹介しないとな」
「同僚……」
嫌な思い出が浮かぶ。
共に働く仲間に、私はあまりいい印象を持っていない。
理不尽な仕事量を押し付けてくる上司に、助け合いなんて言葉を知らない同期。
後輩はできても、私に近寄りすらしない。
広い宮廷の中で、私は一人で仕事に明け暮れていた。
私の話を聞いてくれるのも、嬉しそうに近寄ってきてくれるのも、テイムした魔物たちだけだったよ。
そんな暗い顔をしていると、リクル君が優しい声で言う。
「心配するな。お前が思っているようにはならない」
「え?」
「会って話すのが一番早いな。ほら行くぞ」
「う、うん」
私たちは部屋を出る。
王城と同じ敷地内に、二階建ての建物が建っている。
宮廷、それは王家が直接管理する者たちが仕事をするための場所だ。
一般の職種とは異なり、王国のために働く者たちが集まる。
選ばれしエリートだけが得られる宮廷付きの名は、多くの者たちにとって憧れとされている。
最初から宮廷で働くために教育された私にとっては、あまり関係のない話だけど。
普通の人にとっては、宮廷で働くことは人生の目標になることもある。
「ここだ」
案内された部屋は、宮廷でも一番端にある。
飼育場と連結していて、すぐ横からは生き物たちの声が聞こえる。
壁越しで姿は見えないけど、魔物の気配が多い。
魔物は強力かつテイムがしやすいから、どの国でも重宝されている。
トントントン。
リクル君がノックして呼びかける。
「俺だ。入るぞ」
中の返事を待たずして、彼は扉を開けた。
「いらっしゃいませ、殿下」
「おはようございます! ウチらに用事っすか?」
「ああ、紹介したい人がいてな」
私たちを出迎えてくれたのは、若い男女のペアだった。
緑色の短髪に眼鏡をかけた男性と、オレンジ色のサイドテールに元気いっぱいな女性。
二人は私に注目する。
「紹介しよう。彼女はセルビア、今日からここで働いてもらう」
「よ、よろしくお願いします!」
私は深く頭を下げる。
何事も最初が肝心とはよく言う。
礼儀正しく、少しでもいい印象を残せるように。
頑張って笑顔を作った。