7.新天地へ
ここから連載版の新エピソードです!
ノーストリア王国。
人口は約三十万人で、国土はセントレイク王国の半分。
大陸の北に位置する小国であり、歴史的に非常に古い国とされている。
その歴史は数千年……現代のように調教師の存在が国力に直結するようになった以前から存在しているとか。
私も歴史に詳しいわけじゃないから深くは知らない。
ずっと宮廷で働いてたから訪れるのも初めてだった。
古い体制、文化が残る国だと噂で聞いていた程度だったけど、そのイメージは実際に訪れて払拭されている。
なんてことはない。
穏やかで、私の生まれ故郷と変わらない普通の国だった。
「王都まではしばらくかかる。その間に休んでおけ」
「うん」
ガタンゴトン。
私たちは馬車に乗り、国の中心である王都へ向かっていた。
自然豊かな国の景色を窓越しに眺めながら、ふと彼の横顔を見つめる。
イーストリア王国第一王子リクル・イシュワルタ。
第一王子……。
王子様……。
「リクル殿下?」
ぽろっと口から漏れた音に、リクル君がぴくっと反応する。
彼は私の顔を見た。
ものすごく、嫌そうな表情で。
「なんだ今の呼び方は……」
「え? だ、だって王子様だったんだよね? 今までは知らなかったけど、これからはそうお呼びしたほうがいいかと思いまして」
話し方も友人のような口調は適さない。
一国の王子とよそ者が親しくしている姿を、王城や宮廷の方々が見たらどう思うだろう?
何事も最初が肝心だ。
ここはしっかりとした態度を見せて、自分を真っ当な人間だとアピールしないと。
とか、頭の中で理屈を考えている。
リクル君の表情は未だにとても嫌そうなままだった。
「やめろ気持ち悪い」
「き、気持ち悪い!?」
「お前に畏まられるとなんだか無性にムカムカするんだ。昔のままでいい」
「で、でも周りから変な風に見られるかもしれないよ?」
「気にするな。俺は王子だからな?」
い、いや……だから敬ったほうがいいって話をしているんだけど……。
彼は呆れたように笑う。
「ふっ、文句がある奴は直接俺に言ってくればいい。お前はこれからうちで働くことになるが、その前に俺の友人でもあるんだ。堂々としていろ」
「友人……もう十年も会っていなかったけど」
「時間は関係ないさ。大事なのはお互いがどう思っているか、だろ? 少なくとも俺は今も、お前のことを親しい友人だと思っている。だからこうして、再会できて嬉しかったんだが?」
彼は素直に、まっすぐに自分の胸の内を語ってくれた。
恥ずかしげもなく、堂々と。
そんな風に言われたら、私だって応えたくなる。
正直に、どう思っているのか。
「私も嬉しかった。ずっと会いたいと思っていたから……私にとって仲のいいお友達って、今も昔もリクル君一人だけだったよ」
「そうか」
彼は笑みを浮かべながらつぶやく。
「光栄だよ」
こちらこそ、だ。
知らなかったとはいえ、王子様と友人になれるなんて普通はありえない。
再会できたことも、独りぼっちになった私に手を差し伸べてくれたことにも……。
ちゃんと応えよう。
◇◇◇
馬車を走らせて約八時間。
整備された一本道を進むだけで、退屈な旅路ではあった。
退屈を紛らわすように、私たちは昔話に花を咲かせた。
いつの間にか眠くなって、私はころんと意識を失ったのだろう。
トントン。
肩を叩かれて、ゆっくりと瞼を開ける。
「起きろセルビア、もう着いたぞ」
「……ぅ、あ……」
彼の顔がすぐ近くにある。
一瞬、状況がわからなくてぼーっとした。
すぐに理解して慌てて顔を遠ざける。
「リクル君!?」
「今さら俺に驚くなよ……」
「ご、ごめん。着いたって?」
「ああ。外を見ろ。ここが俺の国だ」
馬車から窓の外を見る。
広がる景色に、私は口を大きく開ける。
想像していた王都の街並みと大きく違うのは、色だ。
「白くて眩しいっ」
「はははっ! 最初はそうなるよな」
建物がどれも白い壁で作られていた。
朝日が反射して白い光が目に飛び込む。
思わず閉じてしまうほど、眩しさに包まれる街並みを人々が歩く。
時間的にも今はちょうど活動を始めた頃だろうか。
子供から老人まで、様々な年代の人たちが街を歩いていた。
「どうしてこんなに真っ白なの?」
「諸説あるが、一番言われているのはこの国の成り立ちに女神が関わっていることかな」
「女神が?」
「ああ。その女神が純白の美しい髪をしていたんだと。それに合わせて街並みを白く彩ったんだ」
私はなるほどと思いながら頷く。
歴史が古い国だし、成り立ちに女神が関わっている可能性はある。
今は世界が別れてしまって、私たちが生きる人間界に女神が降りてくることなんてないけど。
この国が誕生したとされる数千年前、世界が別れる前ならば、女神と人間が同じ大地に立っていた。
彼の話を聞いて、改めてこの国の歴史の深さを感じる。
そんな由緒正しき国、王族が住まう城に私を乗せた馬車は入る。
王城も当然のごとく、白くて眩しかった。
「到着だ」
リクル君が先に馬車から降りて、私に手を差し伸べる。
その手をとってゆっくりと降りる。
「ここが……」
リクル君が住まうお城。
そして、私がこれから時間を共にする場所でもある。
私の新天地だ。